オリジナル小説サイトです。新刊書籍 王宮書庫のご意見番 恋するきっかけは秘密の王子様 発売中  異世界の本屋さんへようこそ! 全3巻 & 既刊 愛してると言いなさい全4巻 アルファポリス様より発売中です。よろしくお願いいたします
 こんばんは、安芸です。
 
 第二章完結。言葉の足らない二人です。
 次話より最終章開始。
 最後までどうぞよろしくお願いいたします。
 
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ゼクス・十


「誰のことだ」

 ゼクスは問い詰めた。
 我ながらひどく冷やかな物言いだった。抑えきれない嫉妬が、殺意めいた激しい感情が声に滲みでていた。

「誰ですって?」

 エミオンは一瞬固唾をのんで身を強張らせたが、ゼクスが睨むと睨み返してきた。

「ああ。誰のことだ」

 愛しいのに、憎らしい。

 そもそも最初にだまし討ち同然に婚姻を結んだのは自分だが、こんなにも堂々と浮気を告白され、他の男のために流す涙を見せつけられるとは、どんな地獄だ。

 いや、それよりなにより、問題は――。

 ゼクスはエミオンの細い腰を更にグッと引き寄せ、華奢な手首を締めつけた。押し殺した声で続ける。

「……いったい誰を引き止めたいと言うのだ。あなたが動かしたい心とは、止められない思いを捧げる相手は、断ちたくても断てないほど想い焦がれている男は――誰なのだ。言え!」

 殺してやる。

 それが無理でも、エミオンの眼の届く範囲から排除してやる。社会的地位を、存在そのものを抹消してやる。息の根を止められた方がましだと思うくらい痛めつけてやる。

「……っ」

 ゼクスは衝動的にエミオンを掻き抱いた。噛みしめた奥歯から「フーッ」と息を吐く。怒りにかられた心臓が猛烈に音を立てて脈打っている。同時に、エミオンの鼓動もはっきりと感じた。熱く、確かな、生きている証。

 ――こんなにも好きなのに。
 ――この腕の中にあなたはいるのに。
 ――なぜ私ではいけない。どうして。

 ゼクスは激しい慟哭を迸る激怒に転じて吠えた。

「どこの誰であろうと、あなたを泣かせる奴は許せぬ……! 私自ら、あなたが流した涙の数だけ血で償わせてくれる。罰を与え、嫌ってくらい後悔させてやろう。あなたを傷つけた罪で厳罰に処してやる。だから――…なぜそんな不審そうな眼で私を見るのだ」

 エミオンはいかにも怪訝そうな様子で眉間に皺を寄せていた。
 ゼクスがイライラしながらエミオンを注視すると、エミオンは疑念の塊のような視線をゼクスに浴びせてきた。

「……なにをおっしゃっているのかわかりません。動かせない心をお持ちなのは私ではなく殿下です。断ちきれない想いに悩まされて、足踏みして、私を巻き込んで……! なにが、許せないですって? 誰を罰するですって? 私を泣かせているのは殿下でしょう」
「なんだと?」

 ゼクスはエミオンの言葉に眼を丸くした。唖然とし、硬直する。

「退いて」

 エミオンは身動ぎしてゼクスの腕を振りほどこうとしたがびくともしなかったので、恐ろしい眼でキッとゼクスを睥睨した。

「放してください」

 反射的に従うと、エミオンは自由になったその手でゼクスの胸をドン、と叩いた。

「なにを勘違いしているか知りませんけど! 私は殿下に泣かされているんです! 私を傷つけているのは殿下なんです! ひどい、ひどい、ひどい人!」

 エミオンは「わーっ」と子供のように泣きじゃくりながらポカポカとゼクスの胸を叩き続けた。力の入らない拳の攻撃など痛くも痒くもなかったが、エミオンの眼からとめどなく流れる涙の一滴一滴にゼクスは心臓に杭を打ち込まれるかの如く全身に激痛が奔った。
 しばらく、ゼクスは一方的に責められるままになっていた。

 ――まったくもって、わけがわからない。
 ――勘違い? なにが? どこからどこまで?

 やがて叫び尽くしたエミオンは啜り泣きはじめた。
 時折小さくしゃくり上げるエミオンをゼクスはそうっと抱きしめた。嫌がられやしないかと様子を窺いつつ、恐る恐る背中を擦ってやるとエミオンはゼクスに身体を預けてきた。

「……すまない」
「……なにを謝るんです」
「……わからないが、すまない」
「適当に謝るなんて最低です」
「適当ではない。理由はともかく、あなたを泣かせているのが私なら私が悪いに決まっている。煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」
「じゃあ、もういいかげんに……」

 ギクリとした。

 ゼクスはあわててエミオンの口を手で塞いだ。その先の言葉をどうしても聞きたくなかったのだ。

「『解放してくれ』とは、できないから、言うな。あと、『離縁してくれ』というのもだめだ」

 ゼクスは顔を伏せた。

「最低の夫で、すまない……」

 ゼクスはエミオンの頭を抱え込むように抱きしめながら詫びた。エミオンの怒りと悲しみの矛先はどうも自分に向けられているようだが、情けないことに原因がさっぱりわからない。
 ただ言えることは、自分は愚鈍で気が利かない仕事しか能のない男で、伴侶としては不十分なのだろう。愛想を尽かされても文句は言えない。

 ――それでも、離れたくない。離さない。たとえどんなに疎まれようと離縁はしない。

 ゼクスは床に視線を這わせたままポツリと嘆願した。

「なるべくあなたの傍にいないようにするから……許せ」

 言葉通りゼクスはエミオンから距離を取ろうとしたところ、いきなり袖を掴まれ、食ってかかられた。

「『許せ』? なにをです。なるべく傍にいないようにって……これ以上まだ私を一人にするつもりですか!」

 エミオンの充血した眼が火を吹いて激した声がゼクスに叩きつけられる。
 こめかみに青筋が浮かび、手は震え、なんだか恐ろしく憤っているようだ。
 エミオンはきつい眼つきのままベッドの上で膝を揃え、畏まってゼクスに向き直った。

「……なにか、私に言いたいことがあるんじゃないですか」
「……なにを?」

 エミオンの思惑をまったく読めずにゼクスが首を傾げると、エミオンはよりいっそう眼光を鋭くした。
はっきりと、問い詰めてくる。

「どうして離縁をお願いしてはいけないのです ?」
「……やはり、私と離縁したいのだな」
「違います。そうではなくて」
「違うものか。あなたは私と離縁したいのだ」

 いつそれを言いだされるかと、この二年、日々恐れていた。
 ゼクスは眼を瞑った。胸が破れそうだ。いや、いっそ心臓が止まればいい。そうすればこの叶わぬ恋の煉獄から逃れられるだろう。

 ――どうすればいいのか。
 ――どうしようもないのか。

 瞼を開ける。
 エミオンと眼が合う。ただそれだけで嬉しくて心躍る。子供のころはそれで満足だった。それで満足していればよかったのだ。

 欲を出さなければ。
 もっと傍にいたいと、望まなければ。
 あのとき、あの場で、出会わなければ。

 ゼクスはポツリとこぼした。

「……私になど好かれなければよかったな」
「え?」

 ゼクスは腰に帯びていた剣をスラリと引き抜き、エミオンの前に差し出した。

「殺せ」
 
 他に解決法はない。
 生きている限りエミオンを手離せない以上、これが唯一の策だ。

「あなたの手で、私を」
 
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【2013/06/29 01:09】 | 受難の恋
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なぜそうなる~!
遊佐
お互いに胸の内は告白しているのも同然なのに、猜疑心の塊、、、。ゼクス、なぜそこで剣を出す~?

でもだからこそこんなに長い年月すれ違ってきた二人ですものね。簡単にいく筈がない、そう分かっているのに、後一歩にやきもきですわ~。

あ、興奮してしまいました。安芸さま、更新お疲れ様です!なろうで当分深く潜られると言われていたので、この更新はすっごく嬉しいです(*^^*)

Re: 遊佐様へ
安芸とわこ
 こんばんは、遊佐様! コメントありがとうございます!

 ゼクス、このあとボコられます。笑。なぜなら剣の他にアレやらコレやら出すからです。
 そしてひきこもる前に更新出来たのは8割がた既に書いていたからuPできました。
 ちょうど第二章の最終話でしたので、区切りはいいかなあ、と。
 第三章開始までちょっと間が空きますが、またのご来訪お待ちしております。
 安芸とわこでした。

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 こんにちは、安芸です。
 第二章も残りは一話。
 最終章の三章は祝賀会。夜会です。燕尾服と白いドレス。きらめくシャンデリア、流れる音楽。踊る二人。
 最後までどうぞよろしくお願いいたします。
 安芸でした。
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エミオン・十

 エミオンは離れていくゼクスの後ろ姿を苦々しい顔で見送った。

「黙って行ってしまわれるなんて……お嬢様のお声が聞こえなかったのでしょうか。残念でございますね」

 チャチャが慰めの言葉を寄せてきたがエミオンは違う、と思った。
 聞こえなかったのではない。聞こえていたのに、無視したのだ。
 多忙の身でこんなに近くまで足を運んでおきながら、ひと声かけるでもなく立ち去る。気まぐれな風のように。

 ゼクスはいつもそうだ。
 ふと視線を感じて眼を上げると、彼が遠くからこちらを見ていることが何度もあった。
 そのくせエミオンが気づいたそぶりを見せると決まってすっと物陰に隠れ、身を翻す。
 なにも言わずに。

 なにか……言いたいことがあるならばはっきり言ってくれればいいのに。

 切なげに細められた黒い瞳――沈黙する唇。ゼクスほど寡黙な男をエミオンは他に知らない。どうしてああまで口数が少ないのか。それともエミオンの前でだけとても無口で、他では違うのだろうか。
 エミオンは胸苦しくなり、ギュッとドレスを掴んだ。
 場を取り繕うようなチャチャの声が明るく弾ける。

「まあ、おいしそうなイチヂクですこと。お嬢様のお好きなキュプリ産のものですよ」
「チャチャ」
「はい、なんでしょうか」

 チャチャはイチジクの籠を腕に持ち、小首を傾げた。

「……」

 エミオンはゼクスが消えた径の先を眺めながら呟いた。

「……ゼクス殿下には、他に想う女性がいらっしゃるのではないかしら」

 口にした瞬間に後悔した。たちまち苦い痛みが押し寄せる。
 ゼクスへの気持ちを自覚したあの日から、消えない猜疑心。何度打ち消しても胸に燻り続け、澱の如く溜まっていく。
 結婚を強いられ、名ばかりの夫婦となって二年。
 互いの心は見えないままだ。
 エミオンはこれ以上余計なことを言わない方がいいとは思いながらも、止められなかった。鬱屈した負の感情が堰を切って流れ出る。

「だってそうとしか考えられないでしょう。私はお飾りの妻にすぎないわ。こんな離れに軟禁されて、毎日毎日することもなく、お互いの顔を見るのは食事のときだけ。本来なら王子妃の外交職務や社交界への出席、お客様のおもてなし、慈善活動、そのほかにもいくらだってやることがあるはずなのに――なにもさせていただけないなんて、おかしいじゃないの。私を世間の眼に触れさせるのが嫌だとしか思えない。だったら、そうする理由はなに? 私を隠す真意はどこなの? ゼクス殿下の態度はまるで――」

 エミオンの手から日傘が離れる。エミオンは両手で顔を覆った。しゃくり上げる。
 以前、「誰にも渡さない」と告げられたことはあった。その類いの言葉は何度も聞かされた。
 だが、「必要だ」と言われたことはない。「必要」とされたことがない。

 こんなみじめなことってあるだろうか……。

 エミオンは悔しくて、情けなくて、苦しくて、辛くて、涙が止まらない。
 嗚咽とともに漏らした。

「――まるでどなたかを待っているようだわ。本命の恋人がどこかにいらっしゃって、私は替え玉……いつでも退けられるよう、いっときここに置かれているだけ……」
「お嬢様」
「あり得ないと思う?」
「はい」

 チャチャの返答に迷いはなかったが、エミオンの耳には空々しく聞こえた。

「あの……」

 尚もチャチャはゼクスを弁護しようという姿勢を見せたが、エミオンは胸の中のものを一気に吐き出した虚脱感でひどく疲れてしまった。

「部屋に戻ります。少しひとりにして」


 エミオンはベッドに突っ伏して気のすむまで泣いた。なにがこれほど悲しいのか、自分でもわからなくなっていた。ただ心が悲鳴を上げていた。寂しい――と。

 泣き疲れてそのまま眠ったらしい。
 眼を醒ましたとき部屋は薄暗く、灯りはひとつしか点いていなかった。
 横になったまま、ぼんやりと考える。

 ゼクス殿下の好きな人……。

 どんな方なのだろう。美しいだろうか。可愛らしいのだろうか。いや、容姿よりも心映えの優れた人なのかもしれない。
 その方には殿下も優しくされるのだろうか。他愛のない話をしたり、笑ったり、一緒に歩いたり、共に眠ったりするのだろうか。

「嫌……」

 そんなの嫌だ。
 嫉妬のあまり胸が引き裂かれそうだ。悲しくて悲しくて悲しくて、どうしようもない。
 エミオンは小さく呻いて膝を抱えて丸まった。蹲り、また泣く。

 切なくて、苦しい。
 自分の夫に片想いしているなんて、笑い話にもならない。

 いつまで。
 いつまでこんな日々が続くのだろうか。

「泣くな」

 突然、低い声がすぐ近くで聞こえてエミオンはビクッとした。

「私だ……驚かせてすまない」

 ゼクスは恐縮したように詫びた。
 まるで気がつかなかったが、ベッドの傍の椅子に居心地悪そうに腰かけている。

「……なぜ……」

 エミオンは茫然とした。涙でぐしゃぐしゃの顔のまま信じられないものを見るようにゼクスを見つめる。

「あなたの体調がすぐれないと聞いて、心配で……」
「心配……?」
「なにが、『嫌』なのだ?」
「え?」

 ゼクスは口ごもり、いったんエミオンから視線を外したものの、また眼を合わせて言った。

「そんなに眼を腫らすほど泣いて……なにが『嫌』で泣いているのだ? 私で解決できることであればなんでもする。言ってくれ」

 真剣なまなざしに射貫かれてエミオンは震えた。
 いまここで本当のことを告げたらどうなるのだろう。

 あなたが他の女性を想うのが嫌なのだと。私だけを見てほしいと。

 身を投げ出して縋りついて懇願して叶うのであれば――そんなことで心が手に入るのならば、ためらわないだろう。

 でも……。

 エミオンは顔を伏せながらゼクスに背を向けた。

「なんでもありません」
「私では役に立たないと?」
「そうではなく……誰にもどうにもできないことなのです」
「どうして」
「人の心なんて動かそうと思って動かせるものではないでしょう? 好きな気持ちは止められない……断ちたくても断ち切れない……引き止められるものならよかったのに……」

 行かないで、なんて言えない。
 傍にいて、なんて口が裂けても言えるわけがない。
 散々、嫌って、冷たくして、避けてきた。
 それなのに、いまさら。
 相手の心が自分にないとわかってから自分の気持ちに気づいてみたところで、遅すぎる。

 また涙がせり上がってきた。 
 エミオンは手の甲で涙を擦ろうとした。その手首を不意に掴まれ、気がつけば背後から抱きこまれるようにゼクスのたくましい腕の中にいて、怒りとも悲しみともつかない瞳に覗き込まれていた。
 


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【2013/06/23 11:42】 | 受難の恋
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 こんばんは、安芸です。生存報告です。

 思うように更新ままならず、な日々ですが、水面下では頑張っているんですよ~。
 最優先課題をね……。いまが一番時間がかかる詰めかな、たぶん。書き始めてしまえば、のたうちまわりながらでもなんとかなるはず。締め切り破るの嫌いだから。し・か・し。問題はこのプロットですよ、プロット。
 あー、我ながら頭が悪すぎるー! もっとかるーく、おもしろいものを生み出せるようになりたいなあ……。
 
 受難の恋は一年以内完結、できそうにないですね。残念。できるだけ、早めの完結を目指します。
 ひきつづきよろしくお願いいたします。
 安芸でした。

【2013/06/22 02:00】 | 日々あれこれ
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 こんばんは、安芸です。

 久方ぶりの受難~更新です。
 第二章もあと二話を残すばかり。
 どうぞよろしくおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。
<< 前の話


 ゼクス・九

「へぇ、珍しく顔色がいいじゃないか」

 エミオンの兄クアンがゼクスの執務室を訪ねて来るなりそう言った。
 手に抱えていた籠を差し出される。

「はい、ご所望のキュプリ産のイチヂクだよ」
「ありがとう。わざわざ届けてくれたのか」
「礼などいいよ。どうせ暇だし。それに母から妹夫婦の様子を見てきてくれと頼まれたほんのついでだから」

 クアンが軽口を叩きながら笑う。
 彼はいつもそうだ。相手の心の負担を減らすためいつも暇人をよそおい、気遣い無用と笑い流す。
 だがゼクスは知っていた。家長であるエミオンの父が体調不良のため伏せっており、ほとんどの仕事をクアンがこなしているのだ。

 忙しくて家を空けてなどいられないだろうに……。

 たとえそうでも疲れたそぶりや口に出さないところがクアンのクアンたるところだ。どうでもいいことはべらべらとまくしたて、訊かないことも教えてくれたりするが、愚痴や不幸自慢や蔭口などは一切言わない。
 長年の付き合いで彼の性格はわかっているのでゼクスも余計な点には触れず、ただこう答えるにとどめた。

「エミオン姫が毎年実家に届くイチヂクが食べたいと侍女に話したらしいのだ。取り寄せようにもそれがどこの産地のものなのかわからなくて……すまない、助かった」
「本人に直接訊けば早いだろうに。それともサプライズの贈り物かな?」

 クアンはパチリと片眼をつむった。ゼクスには真似できない小気味よい所作だ。

「それで? 妹とは仲良くやってる?」

 ゼクスが話に乗らず肩を竦めたのに対し、クアンは顔を曇らせ疑惑をぶつけてきた。

「……まさか、まだエミオンに隠れてこそこそ覗き見しているわけじゃあないだろうね」
「……誰から聞いた」
「誰でもいいよ」

 ダンだな。

 とゼクスは勝手にあたりをつけた。そんなことをクアンに漏らすような共通の知り合いは彼しかいない。

「……別に悪いことをしているわけじゃないからいいだろう」

 ゼクスは居直ってそっぽを向きながら呟いた。
 ふざけるんじゃない、とばかりに眼を吊りあげてドン、とクアンが執務机を叩く。

「いいわけないだろう。なんで自分の妻を陰からこっそり眺めて指をくわえていなければならないんだ。いいかげんにその根暗気質をどうにかしたまえ。君は正真正銘、妹の夫なんだぞ。もっと堂々とイチャイチャすればいいだろう。それともなにかね? まーだ不仲のままなのかね?」
「……」

 ゼクスは無言を通した。
 結婚して二年も経つのに手も触れられない関係だ、などと言えるわけがない。
 それどころか、気軽なおしゃべりすらままならないのだ。
 ゼクスは手元の書類を片付けながらぼそりといいわけした。

「……不用意に近づいてこれ以上嫌われたくない。エミオン姫だって私が傍にいない方が心休まるだろう」

 情けない話だが、事実だ。
 ゼクスの言い分にクアンは天井を仰いで嘆息した。呆れかえったようにゼクスを見つめる。

「母になんと報告しろと?」
「特に変わりないとお伝えしてくれ」

 嘘ではないが、しかし一部、正確ではない。
 エミオンはこのところ物憂げな様子なのだ。生来のはきはきした明るさに影が差し、元気がなくてしょんぼりして見える。
 ゼクスはなんとか励ましたくて、このたびもクアンに足労をかけさせてまでエミオンの好物を取り寄せたのだ。
 クアンはやれやれ、という顔で手を振り、暇を告げながら扉口で足を止めた。

「来月、王妃の生誕の祝宴には夫婦で出席するのだろう?」
「……一応、そのつもりだ」
「一応なんて言わずに出席したまえ。たまには皆の前に顔を出すのも職務のうちだろう。私と両親も共に招待にあずかっているからご挨拶させていただく。君とエミオンにも会いに行くつもりだ。どうか逃げないでいてくれよ」
「逃げるつもりなど――ただ私は」

 エミオンをできるだけ人前に連れ出したくないだけだ。

 醜い本音が顔にあらわれたに違いない。
 クアンはゼクスの苦々しい表情を読み取って薄く微笑したまま去った。
 ゼクスはイチヂクの盛られた籠を手にぶら下げて中庭へ向かった。この時間、エミオンは散歩に出ることが日課となっている。

 初夏のまぶしい陽射しの中、チャチャが日傘をさし、エミオンは白い帽子をかぶって白百合の花壇をそぞろ歩いていた。彼女の足元には先日贈った黒い毛並みの王犬が元気にじゃれついている。地面には濃い影が落ちて、暑気を孕んだ風がきまぐれに吹いてはエミオンの長い髪を掻き乱した。

「……」

 ゼクスは木陰からエミオンを見つめた。

 ――恋しい。
 ――なんてきれいなのだろう。

 思わず眼を細める。
 端麗な容姿に見惚れる反面、もの哀しそうな瞳に胸がズキッと痛む。
 ゼクスは、自分と出会わなければエミオンの未来はもっとずっと明るいものであったろうと考えて暗くなった。
 望まぬ結婚を強いて、ムリヤリ妻にしてしまった。
 そのことを悔いたことはないけれど、エミオンにしてみれば迷惑このうえなかったことだろう。

「大嫌いな男の妻になるなんて、な……」

 それだけではない。
 身の安全を図るという大義名分のもと、その実は他人に奪われることを恐れてほとんど軟禁生活を続けさせている。はじめこそ抗ったものの、そのうち諦めたのか、暴れなくなった。
 いまでは一日のほとんどを庭と部屋の往復で過ごしている。
 ふと、チャチャと眼が合った。

「……」

 ゼクスは籠を眼の高さまで持ち上げ、近くのベンチにそっと置いた。
 そのまま黙って踵を返す。
 耳の奥でクアンの声が甦った。

 ――君は正真正銘、妹の夫なんだぞ。

「所詮、名ばかりの夫だ」

 ゼクスは自嘲気味に呟いた。
 背後から名を呼ばれた気がしたが、おそらく幻聴だろう。エミオンが自分に用があるとは考えにくい。ましてや最近は、どうも避けられている節がある。

 切なくて、苦しい。
 自分の妻に片想いしているなんて、笑い話にもならない。

 いつまで。
 いつまでこんな日々が続くのだろうか。

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【2013/06/15 01:14】 | 受難の恋
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 こんばんは、安芸です。
 
 踊りの大会が終わりました。おかげさまで最終審査まで残ることができました!! あたたかな励まし、応援のメッセやコールをいただきました皆様、ありがとうございました! 心からお礼申しあげます!!

 以下、大会余話になります。
 お時間のある方のみおつきあいください。
 長かった練習の日々、特にこの一ヶ月は練習以外何もしていません。仕事して、踊って、寝る。その繰り返し。合間にプロット作成を挟んだものの、忙殺された毎日を過ごしておりました。私の所属チームは100名以上の大所帯で、いいひとばかりなのですが、審査が刻一刻と近づいてくるとフォーメーションの立ち位置がどうの、なんのかんのと些細な衝突もあるわけで、苦い気持ちになったり、面白くない気持ちにもなるわけです。それでも仲直りを繰り返し、譲り、譲られながら、本番に臨みました。それもこれも含めて、非常に楽しい5日間でした。
 
 最終審査に残る決定のお知らせがあったときは、本当に嬉しかったです。皆で泣きながら抱き合って喜びました。私も涙が止まらずチームリーダーのもとへとんでいったほどです。笑。残念ながら三位入賞までにはいたらなかったのですが、満足しています。皆で一つのものを創り上げる。心を一つに、が合言葉だったのですが、当然、一つになんて簡単にはなりません。てんでバラバラです。それでも、本気で、本気で、本気で向かえば形になるもので、素晴らしい作品が出来上がったのではないかな、と思います。

 日常生活で不特定多数と抱き合って喜ぶなんてありえません。共通の目的、過ごした時間、仲間というものがいてこそのもので、情熱も感動も共有できる関係を築くことができたことにこそ感謝したいです。そして支えてくれた多くの方にも心からお礼申し上げたいです。
 
 そしてこの感動を誰かに伝えたいと思ったら、私の場合は書くしか能がないわけで。
 群像劇が好きなのは、個人ではなしえないことも大勢の力があれば可能になるという希望を信じたいわけで、ひとりより二人、二人より三人、そんなふうにひとの絆を描くのが好きなのです。

 まだ昨日までの熱の余韻が残っているせいで語ってしまいましたが、お許しを。
 踊りの大会も終わり、あとは気楽なイベント期間です。明日から復帰――と参りたいところですが、気力・体力が極限まで落ちているので、少々の猶予をいただきまして、近々復活したいと思います。

 長い近況報告となりましたが、どうぞよろしくお願いいたします。
 安芸でした。


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【2013/06/10 23:16】 | 日々あれこれ
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お疲れ様でした!
遊佐
大会お疲れ様でした!
私が思っていた以上に大きな大会だったんですね。皆で切磋琢磨されて、最後には同じ感動に涙する、なんて素敵なんでしょうか。葛藤も苦しさも乗り越えれば、なお大きな喜びとなるんですね!と、書いていて自分の生活を反省したりしてます(^-^;

安芸さまの小説の更新が待ち遠しい~(お忙しいのに言ってしまった)この度の経験がどう物語に~そう考えただけでもワクワクします!

Re:遊佐様
安芸とわこ
 こんばんは、遊佐様! コメントありがとうございます!

 お久しぶりでございます! よかった~。忘れられていなかった~。なにせ一ヶ月以上もご無沙汰していましたので某氏より捜索願が出されたほどです。笑。
 
 踊りの大会はものすごーく燃えました。苦労も多かったですし満身創痍ですが、本当にやっていてよかったと思いました。励ましと応援エール、ありがたかったです。
 ようやく疲労回復し(月曜日からひたすら寝ていました)、いざ! と思いきや提出課題の締め切りが降ってわきましたので、そちらを優先してから皆様の前に戻りたいと思います。もちろん、エンダも読みにうかがいますともー! 準備はよろしいですかー!? 安芸は気合い入ってます。←なぜ。

 では近々また。
 安芸でした。
 

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 こんばんは、安芸です。
 いよいよ、大詰め。踊りの大会が目前に迫っています。
 今回はフロントで踊っています。この土壇場でもふりつけが変わるかー!!
 悲鳴をはなちながらもまわってますよー、飛んでますよー、そろってませんよー。
 本番までにはなんとか揃いたいものです。

 受難~の一年記念日? が迫ってきていますねー。一年かけずに終われるか!?
なんとか初志貫徹したいものですが、結果は神のみぞ知る……遠い目。
 
 そしてこんなに身体を酷使しているのに、体重が減らないのはなぜー!?
 むしろ、重い!! はじめてから確実に重くなってる!! 筋肉!?  脂肪!? どっちー!?
 筋肉であってほしいものです、はい。
 
 そんなこんなで、とりあえず生存報告でした。
 復帰報告をするまでもう少々かかるかもしれませんが、どうかその際はよろしくお願いいたします。
 しばらくごぶさたしています皆様方のもとへも参りたいと切に思っておりますので、平にご容赦のほどを。
 ではまた。いつも拙宅を訪問してくださる皆様に感謝を込めましてお礼申しあげます。
 ありがとうございます!

 安芸でした。

【2013/06/02 22:39】 | 日々あれこれ
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沢上澪羽
安芸様。

お体大丈夫ですか?
えーと、踊りの大会ってあれですよね?
毎年テレビでもやっている……
だと思っている沢上は、今年はしっかりテレビ見ていようと思っています。
てか、安芸様の顔分からないんだけど、それでもいいのです(^-^)
あの人かな? いや、この人? 
と、妄想逞しくして拝見しまーす。
それでは、頑張ってくださいね!!
晴れることをお祈りしております。

Re: 沢上澪羽 様へ
安芸とわこ
 こんばんは、沢上澪羽 様! コメントありがとうございます!
 ただいま練習から帰宅。直後にコメントを発見し、レスに参りました。

 すっかりご無沙汰しているのにご来訪うれしいです~。いや、もう、本当に皆様に忘れられるのではないかと戦々恐々としておりますよ。とほほ……。
 そうです、踊りの大会とはあれです。わかるひとにはわかるあれ。
 えっ。ごらんいただけるのですか!? 本当に!? じゃ、じゃあ、がんばっちゃおうかなっ。
 安芸の所属チームはGoがつきます。フロントで踊ってます。楽しく笑顔で仲間たちとこの山場を乗り越えたいと決意を新たにした今夜です。これからいろいろ支度して……何時に寝れるのやら。
 お天気は晴れそうです。よかったー。沢上澪羽 様の激励を胸に熱く舞ってまいります! 応援よろしくお願いいたします!!
 ではまた。感謝を込めてー!!
 安芸でした。

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