オリジナル小説サイトです。新刊書籍 王宮書庫のご意見番 恋するきっかけは秘密の王子様 発売中  異世界の本屋さんへようこそ! 全3巻 & 既刊 愛してると言いなさい全4巻 アルファポリス様より発売中です。よろしくお願いいたします
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 こんばんは、安芸とわこです。
 拙作 異世界の本屋さんへようこそ! 1巻がアルファポリス様より9月中旬文庫化となります。
 まだ未読の方がいらっしゃいましたら、この機会にお手に取っていただければ無上の喜び。どうぞよろしくお願い致します!
 尚、書き下ろし番外編も収録されております。
 絡みの足りなかった蓮とルーエン・ディーの小話です。少しでもお楽しみいただけると嬉しいです。
 
 ではまた。
 頑張れ、ニッポン!!
 オリンピックが終わるまで寝不足が続くでしょう。
 引き続きよろしくお願い致します。
 安芸でした。
 
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【2016/08/20 03:40】 | 異世界の本屋さんへようこそ!
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紅葉
安芸さま、こんばんは!
「本屋さん」の文庫本化おめでとうございます。
書き下ろしって、未公開なお話でしょうか。もしそうならば読みたいです~。




Re: 紅葉様
安芸とわこ
 こんばんは、紅葉様! コメントありがとうございます。
 わざわざ文庫化のお祝いをいただきまして、大変嬉しいです~。
 はい、文庫本用の書き下ろし短編です。絡みの少なかった蓮とルーエン・ディーのラブコメ小話です。
 読んでいただければ喜びます。笑。
 カバージャケットも色使いが変更されていますので、お近くの本屋さんでお試しくださいませ。
 ではでは、また。
 引き続きよろしくお願い致します。
 安芸とわこでした。

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愛してると言いなさい
*小説家になろう様より移行しました。
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「今日一日、ベニオはなにもしないでね! 家事は全部僕がやるから」

 ある寒い冬の日。
 いつものように召喚されてリゼの家を訪れた紅緒は、出迎えたリゼに、開口一番こう告げられた。

「ベニオは好きなことをして寛いでいてくださいっ」

 ほとんど強引に長椅子に腰かけさせられる。

「たまには僕に任せてよ」

 やる気だ。なぜだかわからないけれど。
 紅緒は戸惑いながらも、コクリと頷いた。

「じゃあ……せっかくだから、お言葉に甘えようかな」
「あ、でも、外には出ないでね。なんだか雪が降りそうだし、そうじゃなくても、僕の眼の届くところにいてくれたら嬉しい」
「はいはい」

 紅緒はクスクス笑いながら、リゼがエプロンを身につけて、腕まくりする様子を眺めた。

「頑張って、リゼ」

 ひと声かけると、リゼはぱっと笑って、胸を叩いた。

「はいっ」

 どうして急にこんなことを言い出したのかな? と紅緒は不思議に思った。
 だが理由はともかく、せっかくリゼが働く気で張り切っているのに水を差すのも悪い気がしたので、深く追求するのはやめておいた。
 いつのまにそこにいたのか、小さな黒猫に指を舐められた。愛猫のチビクロだ。

「チビクロ」
「にー」

 ぱっちりした黒眼を輝かせて、しなやかな尻尾をはたはたと振るしぐさが愛らしい。

「……遊ぶ?」
「にー!」

 紅緒は猫じゃらしを持ち出して、リゼの邪魔にならないよう、厨房の食卓の席でチビクロをかまうことにした。
 リゼは片付けからはじめて、窓拭きを含む、本格的な掃除を開始した。
 それが済むと昼食を拵え、食器を洗い、洗濯、薪割り、蝋の補充、買い物と甲斐甲斐しく働いている。
 紅緒は思いがけず空いた時間を、有効活用することにした。

 久々に新しい器でも作ろう。

 そこで、きれいになった居間に大きな敷物を広げ、椅子と足踏み式轆轤(ろくろ)を運んだ。作業着に着替え、髪を結び、粘土とヘラ、手拭き布などを用意する。
 リゼは外の浴室掃除にかかっている。チビクロは少し離れた長椅子の上で丸くなり、時折こちらを窺っては、眼を瞑ったり、欠伸をしたり、ヒゲをひくつかせたりしていた。

「よい、しょっと」

 紅緒は鏡盤と呼ばれる回転台の中央に粘土の球を置いた。椅子に座り、粘土に手を添えて、足で速度を制御しながら鏡盤を回転させはじめる。しばらく粗い粘土を手で下と内側に押して、潰し、こねて、掌になじませる。柔らかくなるまで続ける。

「あれ、珍しい。なにか作るの?」

 リゼが戻って来た。白い吐息。外は寒かったのだろう。吹き込んだ風が暖炉の炎を揺らした。

「うん。サラダ用の少し深い器。いまのより大きめのものが欲しくて」
「僕も手伝う」
「いいよ、ゆっくりしていて。ずっと動いていたから疲れたでしょう?」
「手伝いたいんだ」

 と言って、リゼはいそいそと椅子を持ってきて、紅緒の背後に座り、後ろから手を伸ばして紅緒の手に重ねる。リゼの胸にすっぽりと抱きこまれるような恰好だ。

「じゃあ……そっとね、指に力を入れないで」

 回転する粘土に手を這わせて穴を開けていく。広げたところで、不意にぺしゃっと潰れた。

「失敗」
「失敗だ」

 小突き合う。
 次はもっと慎重に形を整えて、いい感じに穴を広げ、底を作ったところで、またも歪んだ。

「ンもう、リゼが変に動いたから」
「だって君の髪が首筋にかかってくすぐったくてさ。ごめん、もう一度」

 呼吸を整えて、手に手を重ね、粘土に触れる。形が徐々に丸みを帯びていく。穴を開けて、丁寧に広げ、底を作り、壁面を滑らかに、厚みを均等に仕上げる。

「よし、上出来」
「もう終わり?」

 紅緒は素生地のそれを乾燥棚に運んだ。
 物足りなさそうなリゼの声に、紅緒は笑い、新しい粘土玉を準備した。

「もう一枚作ろうか?」
「うん!」

 暖炉の火がパチパチと爆(は)ぜる。たまに風に叩かれた窓がカタカタ鳴った。轆轤がまわる音。穏やかな沈黙。チビクロが長椅子の上でうつらうつらしている。このこじんまりとした家の隅々まで、優しい静けさがみちている。
 リゼが紅緒のうしろで心から寛いだような呟きを漏らした。

「なんか……こういうの、いいね。幸せな感じ」
「おおげさ」
「おおげさじゃないよ。本当だよ」

 紅緒はリゼの手に覆われた自分の手を、そろそろと放した。ゆっくりと回転が止まるのを待ち、成形した全体像を眺める。

「んー……ここらへんが不格好だけど、ご愛嬌かな」
「完璧じゃない方がいいよ。少しくらい歪な方が器に味が出るし、愛着も湧くと思う」
「そうだね」

 リゼの言うとおりだ。
 紅緒はこれも慎重に乾燥棚に運び、先程のものと並べた。

「のんびり乾燥させて、暖かくなるまで待って、春になったら焼こうか?」
「火は僕が熾(おこ)すよ」
「うん」
「楽しみだね」
「楽しみだな」

 リゼと声がぴったり同調した。なんだかおかしくなって、二人で顔を見合わせて笑い転げる。

「じゃあ、ごはん前にベニオはお風呂に入ってきてください」

 いつのまにかお湯を沸かしていたらしい。
 紅緒は自分の粘土にまみれた姿を見て、さっぱりしたいな、と素直に思った。

「リゼは?」
「僕はあとで入るよ。ゆっくり温まってきて。その間にごはんもできるから」
「じゃあ……お言葉に甘えようっと」
「にー」

 いつのまにか、チビクロが眼を醒まして、足元に擦り寄っている。

「チビクロも私と一緒にお風呂に入る?」

 紅緒が屈むと、愛猫は嬉しそうにすぐさま腕から定位置の左肩へ駆け上がった。
 だが、ひょい、と伸びたリゼの手で、ただちに首根っこを掴まれてしまう。

「お・ま・え・も・あ・と・だ!」
「にーっ!」

 チビクロは抗議してジタバタしたが、リゼに放す気はないようだ。ぎゃあぎゃあと、いつものように騒々しく揉めはじめる。
 紅緒は仲良く喧嘩するリゼとチビクロを横目に、ひとり入浴にいった。
 ぽかぽかと温まり、さっぱりして戻ると、リゼがちょうど夕食の支度を終えたところだった。

「わあ、おいしそう」

 食卓の上には、野菜のリゾットと具だくさんのポトフ、サラダが並んでいた。
 既にチビクロは所定の位置にちょこんと座っている。
 リゼは紅緒のために椅子を引いてくれた。

「さ、どうぞ。温かいうちに召し上がれ」

 その言い回しはいつもの紅緒の真似たもので、思わず笑いが込み上げた。

「はい、いただきます」

 まずはリゾットから。スプーンを口に運ぶ。
 向かい側に着席したリゼは、ちょっと緊張した面持ちで紅緒の反応を見ている。

「ど、どう?」
「とってもおいしいです」
「よかった! たくさんあるからいっぱい食べてね。デザートも作ったんだ」

 ほっとしたように笑うリゼは満足そうだ。
 和やかな雰囲気で食事が進む。他愛のない会話。ふとした沈黙。外はいつのまにか雪景色。
 二人で長椅子に寛ぎ、暖炉の火を見るともなく見つめる。食後のお茶をゆったりとした気分で楽しみながら、紅緒はリゼに声をかけた。

「ね」
「ん、なに?」
「……今日は、どうしてこんなに色々、頑張ったの?」

 言おうか、言うまいか。
 少しの逡巡を示し、リゼは口角を結ぶと、無言で腕を伸ばしてきた。軽く肩を抱き寄せられる。
 ややあって、

「……この前、君が来たとき、なんだか元気がないように見えたから。訊いても答えてくれないし、なんでもないふりをしていたけれど、疲れているみたいで、気になって。……僕でなにかできないかなあって思ったんだ」
「……私を元気づけようとしてくれたの?」
「たいしたことできなくて、ごめん」
「そんなことない」

 紅緒は胸が詰まった。思いがけないリゼの心遣いが嬉しかった。
 優しいまなざし。
 労わりの心は気持ちを柔らかく宥(なだ)めてくれる。

「そんなことないよ……ありがとう、リゼ……」

 感謝の言葉を伝えて、空になったカップを小卓に置く。
 紅緒は身動ぎし、両腕をリゼの首に絡めた。
 リゼはポンポン、と背中をあやすように優しく叩いてくれる。

「……元気、出た?」
「元気出た」
「よかった」

 リゼが笑う。紅緒も笑った。チビクロは天井の梁から尻尾を垂らして、「にー」と鳴いている。

「お茶のおかわりは?」
「もらおうかな」
「了解。ちょっと待ってて」

 リゼは立ち上がりかけて、思い直し、口を寄せてきた。
 耳元に、照れたような、はしゃいだような、幸せに弾む声で囁かれる。

「……たまにはこんな一日も、いいね」
 紅緒はくすりと笑って、頷いた。


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【2016/08/10 05:57】 | 愛してると言いなさい
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 春になったら連れて行こうと思っていた。
 そのために早くから計画を立て、準備を進め、休みの申請をし、暖かくなるのをずっと待っていたというのに――。

「仕事?」

 呆気にとられてダナンは訊き返した。
 就寝前のひととき、鏡台の前で髪の手入れをしていた妻ジーチェが漏らした一言に愕然とした。

「しかし、君は明日から十日間の長期休暇の予定を許可されていたんじゃないのか」
「ええ。でもひとり急病で倒れて、もうひとり実家が火事に遭ったという知らせがあって急に一時帰省することになったんです」
「誰か他に都合のつく者がいるだろう」
「皆、忙しいので。私は特に予定もありませんでしたし、人手が足りなくて困っているのを見過ごすわけにも参りませんので、明日一日だけお休みして、明後日から代わりに出ることにしました。あの……いけませんでした?」

 がっかりした。

 驚かせようと黙っていたのが裏目に出た。
 ダナンが眼に見えて落胆し肩を落としたのを見て、様子が変だと気がついたのだろう。ジーチェは気懸りそうな表情でこちらを窺っている。

 こんなことなら、はじめからきちんと話しておけばよかった。

 と、後悔しても後の祭りである。
 ジーチェは悪くない。責めるのはお門違いだ。たとえすべての計画が音を立てて崩れようとも、また一からやり直せばいいだけの話だ。

 だが……。

 考えた末、やはりどうしても諦めきれない思いが先に立った。



 翌朝、朝食を済ませるなりダナンはジーチェをデートに誘った。

「あなたもお休みでしたの?」
「君に合わせてね」

 するとジーチェは申し訳なさそうに肩をすぼめた。

「言ってくださればよかったのに」

 まったくだ。

 とは言わず、ダナンはジーチェのために外出用のマントを取って肩にかけた。

「時間がもったいない。行こう」
「どこにです?」
「いいから私について来なさい」

 ダナンは厩舎に立ち寄って自分の愛馬を引き出し、ジーチェを前に乗せて、魔法研究所へ赴いた。所長のローザンを掴まえて手短に事情を説明し、理由をデートから視察に変更することで転移魔法陣の使用許可を得て、早速目的の地へ送ってもらう。

 情緒もへったくれもあったものではないが、この際細かいことには眼を瞑ろう。

 転移先は北エバアル魔法研究所施設内。
 はじめ不審そうにうろたえていたジーチェだが、施設の外に出て空気を嗅ぐなり気がついたようだ。

「ここは……でも、どうして」

 戸惑うジーチェを急かして相乗りし、ダナンはまっすぐに草原へと向かった。
 都市部を離れるにつれ景色はどんどん緑が多くなっていった。人家がまばらになり、のどかな田園地帯を越えて――やがて芽吹いたばかりの広大な草原に出た。

 青い草波が風にそよぐ。
 どこかの牧場の家畜の群れがのんびりと草を食み、牧羊犬はふわふわ舞う蝶にじゃれかかり、頭上では翼を大きく広げた鳶が旋回していた。

「しっかり掴まっていなさい――ヤッ!」

 ダナンは愛馬を疾走させた。風を切り、雲を追いかけるように。
 風景が飛ぶように過ぎていく。
 雄々しい馬蹄音だけが響く中、風の匂い、土の匂い、草の匂いが入り混じって鼻をつく。
 懐かしさで胸がいっぱいになる。

「ジーチェ!」
「はい」
「君とはじめて会ったのは、ここだった」
「はい」
「懐かしいな。ここはなにも変わらない。空と草と風と光と……」

 ダナンは手綱を引いてゆるやかに停止させた。
 馬を下り、ジーチェと手を繋いで草原に寝転ぶ。額に手を翳して太陽の光を遮りながら漂う雲を眺めていると、時間が逆行し、昔に戻ったような錯覚を覚えた。
 横を見る。
 驚いたことに、ジーチェと眼が合った。
 そのまましばらく見つめ合う。
 愛するひとと共にいられる幸福を心底嬉しく思った。ありていに言って、感動した。一生こんなふうに手を繋いでいけたら、山あり谷ありの人生だろうと、二人で努力して、ゆっくり乗り越えていくことができるだろう。

「……君が、好きだ。はじめて出会ったときから、ずっと……」

 ダナンはジーチェに微笑みかけた。
 春の暖かな陽射しに包まれるジーチェは最高に美しい。

「どうしても、君と巡り会えた春の青い草原を訪れたかった。本当はゆっくり時間をかけて来ようと思っていたのだがね……まあ、それは次の機会にしよう」

 時間を見る。そろそろ帰途につかなければ日が暮れてしまう。
 ダナンが起き上がろうとすると、ギュッと手に力がこもって引き止められた。

「……どうかしたかね?」
「……もう少しだけ」

 不意に、ジーチェが甘えた瞳でダナンを見つめた。ドキッとする。他人行儀に構えたところが微塵も感じられない、無防備なまなざしだ。
 この滅多に見られない表情と寛いだしぐさにダナンが魅せられてぼーっとしていると、ジーチェは小さく笑って告げた。

「私もずっとここに戻ってきたかったんです。――あなたと二人で」

 それから秘密を囁くように、そっと一言、付け足した。

「あなたのことが大好き、だから……一緒に」

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【2016/08/10 05:56】 | 愛してると言いなさい
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 夕食後、さきほど届いたばかりの注文した品を片手にカトレーがアルディのもとを訪ねる途中、偶然飛び込んできた会話に耳を澄ます。
 男性専用の娯楽室前を通ったときだった。七、八名がたむろして雑談している。

「なぁ、デューイ家の令嬢だけどさ、最近ぐっと大人っぽくなったと思わないか」
「思う。前はただお人形さんのようにかわいいだけだったけど、いまはこう、はっとするほどきれいだよな」
「同感です。眼元とか細い襟足とか、思わず視線で追うほど色っぽい。やはり男ができると見違えるほど変わりますね」
「あ、じゃ、あの噂って本物? カトレー・ヴァン・クローデルが執拗に言い寄ってものにしたって……」
「俺が小耳に挟んだ限りじゃあ二人は友人以上、恋人未満。つまり、俺達にもまだ手を出す隙はあるってわけだ。うひひ」
「あなた下品ですよ。私は結婚を前提とした婚約者だと聞きましたけど?」
「一旦付き合って別れたって話じゃないのか。いや、それともまだ続いているのかな」
「続いていますとも」

 カトレーは娯楽室の扉に手をかけたまま、にっこりと微笑した。
 いきなり現れたカトレーに度肝を抜かれたのか、一瞬でその場にいた全員が口を閉じて寒々しい愛想笑いを返してきた。

「カ、カ、カトレー殿。い、いつからそこに……」

 カトレーは居合わせた顔ぶれを瞬時に記憶照合し、下位の華貴族と上位の豪貴族であることを把握した。上位の大貴族である彼の機嫌を損ねていいことはなにもないと理解しているためか、これ以上の失言をさらすまいと誰も下手な逃げ口上を並べなかった。ただ気まずそうに眼を泳がせて、どう保身したものかと互いの様子を窺っている。

「歓談中、首を突っ込んで悪かったね。私の名前が聞こえたものだから、つい」
「は、はは……」
「なにか噂に誤解があるようからはっきりと言っておくけど、アルディ・ドォワ・デューイ嬢とは結婚を視野に入れてお付き合いをさせていただいている。どんな手出しも無用に願いたいものだ」
「も、も、も、もちろんですとも!」
「もしもアルディ殿になにかあれば――」

 あえて言葉を区切り、カトレーは声を低く落として冷たく凄んでみせた。

「この私が黙っていないと憶えておくがいい」

 完璧な笑顔で恫喝を締め括るとカトレーはさっさと踵を返した。
 暇な宮廷人共をまともに相手になどしていられない。あれだけ脅しておけば噂はあっという間に広まり、アルディに余計なちょっかいをかけようという輩もこれまで以上に減るだろう。

 だが、やや大人げなかったかもしれない。

 そう自省する一方で早く手を打たなければ面倒な事態になるという危機感もあった。
 カトレーはぐいと肩を怒らせた。自然と歩幅が広くなり、足も速まる。手中のものが俄かに重みを増した。
 急ぎ足で向かいながら、噂になるのも仕方ない、と嘆息を吐く。最近のアルディはとみに美しい。頻繁に会っているカトレーでさえドキッとする瞬間があるのだ。たまに見かける程度であれば噂になるのも道理である。

 特に、笑った顔は……。

 罪なくらいきれいで、まともに見てしまえばコロッと恋に堕ちるに違いにない。事実、その手の輩が既に片手の指では足りないくらいの数に上っていることをカトレーは把握していた。

 気が焦る。これは嫉妬だ。
 懸念はわかっている。横から他の男に奪われることがないとは決して言い切れない以上、早く既成事実をつくってしまいたいのだ。
 いっそダナンのように式はあとでも婚姻届だけ先に出してしまうのも有効な策かもしれない。それとも大々的に婚約披露パーティでも開いて……。

 思考がだんだんと危険な方向に及びはじめたとき、アルディの部屋に着いた。手の中の品を懐に隠す。身なりを確認し、ノックする。

「はい。どなたですの?」
「私だ、カトレーだよ」
「えっ。あ、あの、ちょっとお待ちくださいですの」

 慌てたようにバタバタする音が聞こえてくる。
 ややあって扉が開き、うすいピンク色の部屋着を纏い、髪を下ろしたアルディが姿を見せた。

「やあ」
「こ、こんばんはですの」
「話があってね。少しだけ時間をもらえないかな」
「ええと、あの」
「入ってもいい?」

 押しの強い声で言う。女性の部屋を訪ねるには遅い時間だが、相手は恋人だ。非常識というほどでもない。
 退くつもりがないことを察したのだろう、アルディは中に通してくれた。

「お話を聞く前にちょっとだけあっちを向いていてくださいですの」

 アルディは壁を指す。

「なぜ?」
「こっちを向いちゃだめですの! アルがいいって言うまで絶対に見ないでくださいですの!」

 見られて困るなにがあるというのだろう?

 年頃の女性だ、色々とあるに違いにない。
 カトレーは肩を竦めた。

「わかったよ。壁を眺めていればいいんだね?」

 せっかく二人きりだというのに、このつれない仕打ちにカトレーは苛立たしさともどかしさで愚痴をこぼしそうになった。
 だが年上としての矜持もあり、グッと不満を堪えておとなしく後ろを向く。
 しかし、待てども待てども、合図がない。
 しまいには腹が立ってきた。
 浮気を疑ったことはないが、絶えず恋文や花や贈り物が届くとは聞いていた。もしかしたら、その中に無視できないものでも混じっていたのかもしれない。

 たとえば、元婚約者からの手紙だったら――?
 そんなものを見られるわけにはいかないと、証拠隠滅に右往左往していたりするのかもしれない。

 途端に猛烈な嫉妬の炎が胸を焦がした。ばかげている想像だ、と思いつつも不安と焦燥がカトレーの思考を乱した。これ以上じっとしていられず、肩越しに振り向く。

「もういいかげん――え?」
「完成ですの!」

 眼に飛び込んできたのは、手編みの手袋。
 アルディがにこにこしながら両手で差し出している。

「……私に?」

 拍子抜けして、とぼけた声が出てしまう。

「はいですの!」

 アルディが小さな手を胸の前で合わせてはしゃいだ声で続ける。

「カトレー様には緑色が似合いますの。もうだいぶ寒くなりましたから使っていただけると嬉しいですの!」

 眩しいほどの笑顔が弾ける。
 感動で胸が震えた。こんなに嬉しい贈り物ははじめてで、眼頭が熱くなった。

「まいったな……」
「なんですの?」
「くだらない嫉妬でばかなことを考えて……自分が恥ずかしいよ。もう少しで君を傷つけるところだった。いや、なんでもない。本当に嬉しいよ、ありがとう。大切にする」

 カトレーは手袋を嵌めてみた。温かい。しっくりくる。手を開いて閉じてと二、三度繰り返し、感触を味わって、様子を見守るアルディに微笑みかけた。

「いいね。気に入った」
「よかったですの」

 ぱっと表情が明るくなる。アルディは嬉しそうに笑った。
 それからおもむろに小首を傾げて訊ねた。

「そういえば、カトレー様のお話ってなんですの?」

 カトレーは頷き、手袋を嵌めたままの手で懐から小さな箱を取り出し、アルディにそっと手渡した。

「君のこのすてきな贈り物には劣るけど……受け取ってくれないか」

 もっと気の利いた甘いセリフを言えばいいものを、だが口からこぼれたのは平凡極まりない言葉で、しかもあとが続かない。

「その……」

 うまく言えない。

 カトレーは噛みしめた唇に悔しさを滲ませた。アルディが相手だとどうしてこうも愚鈍な一面ばかりを見せる情けない男になり下がるのか。

「……開けてみてもよろしいですの?」
「あ、ああ、もちろん」

 アルディの細い指が箱の蓋を押し開く。
 中身は、赤い指輪。
 婚約者同士が嵌める対の指輪で、中央に赤い宝石、輪の裏に両名の名と家紋が刻まれている。
 なにか言ってくれ、と願うカトレーの心の悲鳴も空しく沈黙が返ってくる。
 間が重い。
 耐えきれなくなり、カトレーは口を切った。

「先に結婚は申し込んだものの、まだ正式に婚約していなかったろう。私としては、つまりその、今更と言えば今更だが、けじめとして君と結婚を前提としちゃ――っ」

 緊張のため、噛んだ。

 ……恰好悪い。

 内心、悪態をつく。ここぞというときに決められないとはどれだけ余裕がないのか、ほとほと自分に嫌気がさす。きっとアルディも呆れているに違いない。
 笑われるのも覚悟の上で恐々とアルディの表情を窺う。そろりと下に視線を向けて、カトレーは絶句した。
 アルディがしゃくり上げながら、大粒の涙を流して泣いている。

「ど……」

 声が詰まる。予想外の反応に硬直してしまう。唾を呑んで、カトレーは喉を整えた。

「どうしたのだね、いったい……」
「……ですの」
「え?」
「嬉しいですの。とってもとっても――嬉しいですの! カトレー様、大好きですの!」

 わあああああん、と感激の声を放ち、アルディはカトレーの胸に飛び込んできた。
 カトレーは面食らいながらもアルディを受け止め、泣きじゃくるアルディの背を撫でてあやした。

 号泣するほど嬉しいのか……。

 これほど喜ばれるとは思ってもみなかった。
 カトレーはアルディの涙を見て、変に気張っていた自分を愚かしく思った。
 なにも取り繕う必要などない。ただ自分の正直な気持ちをそのまま告げることが大事なのだ。
 この手袋のように。
 心から相手を想う気持ちがあれば、そう伝えるだけで十分なのだ。
 
 君が欲しいと。
 君と結婚したいと。
 一生共にいてほしいと願い出るのだ、いますぐに。

 カトレーはそっとアルディの手に触れ、片膝を床について視線を合わせた。

「遅くなってすまなかったね……もう一度、今度はきちんと伝えるから、私の言葉を聞いてくれないか……?」

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【2016/08/10 05:55】 | 愛してると言いなさい
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愛してると言いなさい
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「海に行きたいな」
「いいよ。連れて行ってあげる。いつがいい? いまでもいいけど」
「本当? じゃあ次に来たときにお願いします。私、水着とか浮輪とかビニールボールとか持って来るから、リゼは日除け用にパラソルとか用意してくれるかな」
「パラソルね。わかった」

 でも『水着とか浮輪とかビニールボール』ってなんだろう? 
 とはリゼは訊かなかった。野暮な気がして。だいたい海になにしに行くのだろう? 
 だがそんな疑問は些細なことだ。肝心なのは、

「楽しみだね」
 
 紅緒が嬉しそうに、にこっと笑う。ただそれだけでリゼはほっこり気持ちが丸くなる。

「はいっ」
 
 でれっと鼻の下を伸ばして返事をしながらリゼは早速パラソルの調達をしようと両手に広げていた魔法研究書をぱたんと閉じた。



「わあ、見えてきた! すごい。なんてきれいなエメラルドグリーンの海なの!」
「っと、それ以上身を乗り出しちゃ危ないってば。落っこちるよ」
 
 双頭の竜テスとサジェに乗り一番近くの海までの短い遊覧飛行だ。
 紅緒は眼を輝かせて興奮し、上気した頬やはしゃいだ姿がとてもかわいい。
 リゼはそんな紅緒に見とれながら目指す浜辺の上空に着くと竜をゆるく旋回させ、辺りにひとの気配がないことを見計らい斜めに滑空させ着地した。

「ありがとう、テス、サジェ。お疲れさま」
 
 紅緒が二頭にキスすると満更でもないようで竜達は「フシューッ」と鼻息を吐き長い尾をひと振りした。

「じゃあ私着替えて来るから、リゼは先にパラソルを用意してもらえるかな」
「うん、わかった。あ、着替えるってどこで? 遠くに行っちゃだめだよ」
「行きません。テスとサジェの陰に隠してもらうから平気」
「にー」
「おまえは行くな」

 すかさず紅緒のあとに続こうとした契約の猫の首をむずと掴む。まったく油断も隙もない。この見た目には無害の小さな黒猫はちょっと眼を離すとすぐに紅緒にまとわりつく性質の悪い奴だ。
 海は遠浅、浜辺はやわらかい白砂で、周囲に人家はまばらだ。
 リゼは早速パラソルを設置した。その下に寝椅子を二脚と小卓を並べる。それとは別に天幕も張り、食材や調理器具、煉瓦で囲った簡易竈はこちらに準備した。紅緒曰く、『バーベキュー』なるものをやるらしい。

「お待たせ」
「あれ、早かったね。ねぇベニオ、この鉄網はどう使う――」
 
 リゼは振り返って紅緒を一目見るなり「ぶーっ」と鼻血を噴いてひっくり返った。

「きゃあっ。リゼ、どうしたの、大丈夫?」

 ぼたぼたと血を垂らす鼻を押さえてリゼは浜辺で悶絶した。紅緒がびっくりした様子で駆け寄ってくるが、リゼは必死に「待った」をかけた。

「ぎゃーっ。寄らないで触らないで近づかないでー」
 
 我ながら情けない悲鳴を上げる。
 だがこちとら理性がぷつっと焼き切れる寸前だ。

「なんて恰好してるの、ベニオっ」
「え? 普通のビキニにパーカーを羽織ってるだけですけど……変? 似合わないかな」
 
 リゼは砂浜に四つん這いになりほとんど絶叫して言った。もう涙目である。

「似合うとか似合わないとか以前の問題だろう! なんっなの、その過激な恰好は! 脚もお腹も胸も腕も全部丸見えじゃないかっ。僕に食べられたいのっ? あああ、もう! 眼が潰れる! 堪えられない! もうだめだ! なんっておいしそうなんだ。涎が……っ。はっ。いかんいかん、いかんだろう、いかんだろうっ。うっ。鼻血が……って、はっ! おいこら、そこのクソバカチビ猫、おまえは見るなっ。テス・サジェも眼ぇ瞑っとけ! ベニオのこんな破廉恥な姿を誰にも見せてたまるか――いますぐ眼を閉じない奴ァ、俺がぶっ殺す!」

 リゼは散々喚き立て、すっくと立つと身につけていたマントで紅緒をぐるぐる巻きにした。

「暑いです」
「いいから。僕の正気を保つためにもそれ外さないで」
「せっかくリゼの分の水着も用意してきたのに」

 リゼはぎょっとして飛び退いた。

「えええっ。僕にも裸になれっての?」
「裸じゃないでしょ! 水着! 水の中に入るためのものだからこれでいいんです」
「……は? 水の中に入る? まさか海に? なんで?」
「泳ぐために決まってます」
「泳ぐ?」
 
 意味がわからない。
 訝しむリゼを紅緒は置き去りにした。鮮やかにマントを脱ぎ払い、太陽の光に白い裸身をさらして海へ駆けていく。波打ち際でちょっと足踏みし、水を掌に掬い空中に散らしながら波間にその身を躍らせる。
 リゼは息を呑んで見とれた。
 浮き沈みを繰り返し、楽しげにくるくるまわったり、遊泳したりする紅緒はきれいだった。

「リゼも来ればいいのに。気持ちいいよ!」
 
 その笑顔のなんて眩しさ――。

 リゼは額に手を翳し紅緒の伸びやかな肢体を眼に焼きつけた。身体の芯が疼く。熱が膨らみ、このままでは時間の問題でまずい事態になりそうだ。なのに視線がどうしても外せない。

「……まいったな。くそっ、なんであんなに無防備なんだ。少しは警戒心ってものがないのか? 大胆すぎるだろうが! 俺の理性の限界をどこまで試せば気が済むんだか……っ」
「リーゼー!」
 
 青い波間で手を振る紅緒は燦然と美しく、その甘い声は逆らい難く。
 リゼは白旗を掲げた。ふらっと一歩を踏み出すと、もう止まらない。ベルトを外す。ラミザイを脱ぎ捨てる。ブーツを放り出す。ざぶざぶと水を漕ぎ分けて紅緒のもとに向かう。すると紅緒は悪戯っぽい微笑を浮かべてすいっと逃げる。近づく。逃げられる。

「捕まえられるかな?」

 と挑戦的に片眼をぱちりと瞑られれば、退くわけにはいかない。

「よーし」
 
 リゼは開いた掌にぱしりと拳を打ち込んだ。
 そして千のきらめきが弾ける中、追いかけっこがはじまった。






















      おまけ



「そういえば、なんで急に海に来たいなんて言い出したの?」
「今日は海の日だからです」
「じゃあ、この溢れんばかりの食材は?」
「皆が来るかなと思って」
「皆?」
 
 ジュウジュウと煉瓦竈の上に置いた鉄網の上で串に挿した肉が焼ける音がする。辺りには香ばしい匂いが立ち込めて空き腹にはたまらない。

「もういいみたい。はい、どうぞ召し上がれ」

 肉汁を砂浜に滴らせ、こんがりと表面が焦げた肉にリゼはかぶりついた。

「いただきますっ。ん! 旨っ」
「にー……」

 猫舌のチビクロは冷めるまでお預けをくらっている。じれったそうにパタパタと尾を振る仕草を横目にリゼは肉の串と野菜の串を交互に頬張った。
 紅緒は水着にパーカーを羽織り、その上からリゼのマントを身体に巻きつけ素足にサンダルをひっかけていた。
 ひと泳ぎしたあと紅緒は手早く昼食の支度に取りかかり、いまは皿に盛った肉やら野菜やらをテスとサジェに届けにいって戻って来た。

「ねぇベニオ、皆って――あ?」
 
 突然、すぐ近くに魔法の気配を感じてリゼは結界を張ろうとしたが思いとどまった。馴染みのある気だ。次の瞬間、どやどやといつもの面子が魔法転移してきた。ジークウィーンを先頭に、カトレー、アルディ、ジーチェ、ラヴェルが揃い踏みだ。

「ベニオ!」
「こんにちは、ベニオ殿」
「お姉さまあー!」
「差し入れをお持ちしました」
「師よ、お捜しましたよー。いったいどうして気配を断っていたんです?」
 
 悪気なしにとことこと傍へやって来たラヴェルをぎろりと睨んでリゼは言った。

「……どこぞのバカ弟子が邪魔をしてベニオとの甘いひとときを台無しにするのを防ぐために決まっているだろうが」
 
 するとラヴェルは心外だ、とばかりに両手を浅く持ち上げた。

「あれ? お邪魔でした? 変ですねぇ。ベニオ殿からは時間の都合がついたらぜひ来てほしいと招待に与(あずか)ったんですけど。しかし師がどうしても帰れとおっしゃるならば引き上げますが?」
 
 帰れと言いたい。言いたいが、しかし。
 紅緒は楽しそうだ。
 
 リゼは嘆息して『二人きり』で『ロマンチック』な『甘い時間』を諦めた。
 紅緒は給仕を務めながらわきあいあいとしている。

「食事が済んだら皆でスイカ割りしませんか?」
「お姉さま、『スイカ割り』ってなんですの?」
「ええと――」

 こうなったらとことん遊び倒してやる……!
 
 リゼが半ばヤケクソ気味に今日の予定変更を覚悟したときだった。

「わ」

 と紅緒が砂に足を取られて躓いた。
 如才なくすぐ傍にいたジークウィーンが抱き止める。

「大事ないか?」
「ありがとうございます。あ」
「ん?」
 
 紅緒が身体を起こした拍子だった。はらり、とマントがほどけて肌から滑り落ちた。
 胸の形や腰のくびれも悩ましい水着とかわいい小さなお尻を半分だけ隠す短い丈のパーカー姿の紅緒があらわになって。

「……」
「おや」
「ぶほっ」

 たちまちジークウィーンが石化する。
 カトレーは尻上がりな口笛を吹いた。
 ラヴェルは咄嗟に掌で眼を覆ったが既にばっちり目撃したあとだ。

「見るなあああああっ」
 
 リゼの絶叫が青い空と海と白い浜辺に轟き渡る。
 
 俄かに浜辺は騒々しくなった。

 
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【2016/08/10 05:53】 | 愛してると言いなさい
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紅葉
久しぶりに読み返しましたが、この回のお話が楽しくて好きです。
水着に馴染みのない世界の人には刺激が強いですよね~。ワンピースもパレオもあるのにビキニをチョイスする紅緒ちゃんは罪作りですね。
ぶーっと鼻血を噴いて動揺、悶絶するリゼ可愛いです。


Re: 紅葉様
安芸とわこ
 こんばんは、紅葉様。ご来訪ありがとうございます。
 お忙しいでしょうに、わざわざいらしてくださって嬉しいです~。
 今回、小説家になろう様のダイジェスト化の取り扱いについての規約に則って移動をしたのですが、作業中は懐かしい気持ちでいっぱいになりました。
 そういえば、ジークウィーンの救済がまだだったなあ、なんて思い返してみたり。笑。
 あちらは今月中に引き下げますが、せっかくいただいた感想などを残すため、内容を差し替える予定です。
 その際はこっそり告知しますので、お暇なときにでも覗いてやってください。
 いつも温かいお心遣い、とっても感謝しております!
 ではでは、引き続きよろしくお願い致します。
 安芸でした。

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愛してると言いなさい
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 外野の喧騒をものともせず、マントルピース前の席では熾烈な争いが続いていた。

「さーあ勝負だよ、リゼ。今日という今日は決着をつけようじゃないか」
「望むところです」
 
 かくてアビオンとリゼは“どちらが大酒豪であるか対決”に火花を散らし、ごく短時間にものすごい量を飲酒して、どちらも骨の髄まで酔っ払っていた。
 それでもまだぐいぐいと飲み続け、ふらふらになってもまだ飲み続け、贈り物交換時に一旦席を離れたもののまた戻って飲み続け、とにかく延々と飲み続けた。

「リゼ! 飲みすぎですっ」と、紅緒。
「おばあさまも飲みすぎです」と、ジークウィーン。

 紅緒とジークウィーンが止めにいったときにはリゼもアビオンもかなり出来上がっていて、深刻な泥酔状態だった。にもかかわらず、まだ飲むと言って聞かない。
 それどころか、至極陽気に絡まれて、強引に席に着かされる。

「あんたたちは飲まなすぎだね。この愉快な夜に素面だなんて身体に毒じゃないか、さあ飲もう飲もう」と、アビオン。
「そうそう、飲もう飲もう」と、リゼ。

 不本意にも紅緒とジークウィーンは新しいグラスを押しつけられ、なみなみと注がれた。
 そして煽られるまま、なし崩し的に新酒の相伴に付き合ううちに――立場逆転。
 ミイラ取りが、ミイラになって。

「ベニオ! 飲みすぎだよっ」と、リゼ。
「ジーク、そのぐらいでよしときな」と、アビオン。

 ところが熱に浮かされた調子で眼の据わった二人は席を立つ気配がない。

「まだ飲めますっ!」と、紅緒。
「ああ、まだまだいける」と、ジークウィーン。

 意見の一致を見た紅緒とジークウィーンはケタケタと笑いながら、互いに酌をしあって飲み放題。
 すっかり酔いの醒めたリゼは、なんとか紅緒を立たせようとしたが、頑として譲らない。

「よ、酔っているだろう」
「酔っていません」
「酔っているね……」
「この程度の酒で酔うほどやわじゃない」

 リゼとアビオンは二人が空にした酒瓶のラベルを眺めて嘆息した。

「……相当強い酒なんだけどねぇ。これ以上飲むと、明日は二日酔いではすまないよ」
「腰が抜けて歩けなくなるな……仕方ない、今日はこれでお開きにしよう。ベニオ、ベニオ、もう夜もだいぶ遅いから、パーティは終わりだ。いいよね?」
 
 返事はない。
 さきほどから、つじつまの合わない会話を延々と交わしている。

「だから、私は優しいひとが好きなんです。恋人にだけじゃなくて、家族とか、友達とか、皆大切にできるひとじゃなきゃ嫌なんです。わかります?」
「ああ、わかる。やはり女は器量ではない。度量が肝心なのだ。あとは健康状態だな」
「そうでしょう? でもやっぱり浮気は許せないので、誠実さも大事だと思います」
「無論だ。なにせ私の跡継ぎを産んでもらわねばならん、それもたくさん必要だ。健康で頑丈で図太くて元気のいいのが一番だ」
「できれば私のごはんをおいしいって言って食べてくれる旦那様が理想です」
「そうだな。まあ一応、身体の相性もいいに越したことはない。ああそうだ、忘れるところだった。そなたに贈り物があったのだ」
「もうお腹いっぱいです。でも一口ならいけるかもしれません」
「喰うな。受け取れ」
「ごちそうさまでした」
「拝むな。手を貸せ。嵌めてやろう」
「手錠ですか?」
「そうだ。外すなよ? 外すとおかしなサンタが来るからな」
「サンタは子供の味方です」
 
 もう無茶苦茶である。
 だがこの時点でまともに立っていられたのはリゼとアビオンの酒豪と豪語して憚らない二人のみで、他は紅緒とジークウィーンと似たり寄ったりの酩酊状態だった。
 リゼとアビオンが解散を告げて皆を退出させ、二人のもとに戻って来たとき、非常に危うい場面だった。

「きれいな手錠のお礼をしないといけません。なにがいいですか?」
「口がいい」
「口はダメです。口をあげてしまうとごはんが食べられなくなって困ります」
「そうだな。困るな。私も口はふたつもいらない。だからキスでいい。そなたから私にしてくれ」
「いいですよ? じゃあちょっと乗っかります。私は結構重いです。あと唇をひらいてほしいです」

 紅緒はふらっと椅子から立ち上がり、ジークウィーンの膝に座った。額にかかる前髪をちょいと除けて、頬骨を指でなぞり、眼を瞑る。キスというより、噛むというふうに唇を半開きにして覆いかぶさった。
 唇が触れる――その寸前。
 間一髪でリゼは二人の頭をひきはがした。ジークウィーンに身体を預けた状態の紅緒を引き離し、やや乱暴な手つきで抱き上げる。

「……な・に・を・し・て・い・る・ん・で・す・か」

 睨んでも、効果はなく。
 紅緒は焦点の合わないとろんとした眼であどけなく笑む。

「きれいな手錠をもらったので、お礼に王子にキスをするところです」

 リゼはちらっと紅緒の両手首を眺めた。
 青い宝石がきらめく、銀細工の二連の腕輪。

「外しなさい、そんなもの」
「だめです。サンタが来ます。サンタは子供の味方です。私は大人だから対象外です」
「……」

 もはやなにを言っているのかすらわからない。
 リゼは長い溜め息を吐いた。アビオンに顎をしゃくる。

「そっちの、あなたの孫を頼みます。明日使いものにしたいなら、一度吐かせてからベッドに放り込みなさい」
「ああ、そうさせるよ。今日は愉しかったと、ベニオ嬢にも礼を言っておいておくれ」
「あとで伝えます。いまはこの状態ですから、なにを言ってもむだです」
 
 アビオンはジークウィーンを遮二無二立たせて出ていった。
 リゼは紅緒をベッドに運んだ。
 履物を脱がし、サラエンを着たまま寝かしつけ、掛けものを首まで引っ張り上げる。枕の位置が気に喰わないらしく、「ううう」と歯ぎしりしていたので、ちょっと変えてやると、すぐに寝息をたてた。

「まったく……そんなに飲めないくせに無茶をして……」

 リゼは紅緒の枕元に腰かけた。チビクロがてくてくやってきて、ひらりとベッドに飛び移り、隅の方に丸くなる。ちらりと片目を開けてリゼの表情を探ったものの、「あふ」と欠伸をひとつして、尻尾を身体に巻きつけた。
 リゼはしばらく紅緒の寝顔を見つめていた。
 髪を撫でる。
 完全に意識が落ちたと思っていた。ところが、

「リゼ」
「は、はい!」

 なにも後ろめたいことをしていないにもかかわらず、リゼは飛び上がった。

「雪、降らせてくれてありがとう」
 
 紅緒は眼を瞑ったまま、むにゃむにゃと言葉を紡ぐ。

「メリー・クリスマス……あのね、リゼの枕のところに……私から、の、プレ……」
 
 途中で寝入ってしまう。

「枕?」

 探ると、銀のリボンのかかった白い包みがあった。
 中は藍色の糸で編まれた手編みの手袋で、嵌めるとぴったりだった。
 リゼは口元を綻ばせながら、スィーラの懐から光珊瑚と紅水晶の首飾りを出した。いつ贈ろうかと機会を狙っていたものの、突っ返されることも考えるとなかなか渡せずにいたのだ。
 優しい眠りを妨げないよう、そろそろと指を動かして、金の細い鎖をそっと紅緒の首にまわしてつけた。
 胸に花が咲いたよう。
 思った通り、よく似合う。

「……メリー・クリスマス、ベニオ」
 
 リゼは微笑しながら身を屈めて、ちゅ、と紅緒の瞼にキスを落とした。
 

 雪が世界を白く白く覆っていく。
 静かな夜 聖なる夜――この星のすべてのひとにさいわいあれ

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【2016/08/10 05:52】 | 愛してると言いなさい
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 乾杯のあとは、しばらく和やかな雰囲気だった。
 紅緒を中心に、皆が上機嫌のまま、はじめの一杯目を干した。
 リゼがターキーにナイフを入れて切り分ける。皆が舌鼓を打つ。料理はどれも好評で、味にも量にもうるさいアビオンを黙らせると言う快挙を成し遂げた。
 和気あいあいと食事が進み、デザートのケーキが運ばれてくる。

「わあ、変わった形のケーキですの! これは……丸太、ですの?」と、アルディ。
「ビュッシュ・ド・ノエルって言って、“クリスマスの薪(たきぎ)”という意味なの。これは切り株の形で、ココアとバタークリームのロール・ケーキです。はい、どうぞ」

 金箔縁の白いお皿に、苺ののった部分をアルディにあげると、アルディはさっそく三又のフォークで一口食べた。

「……おいしいですのーっ!」

 人数分切り分けて、ジーチェに配り歩いてもらう。
 紅緒は感激に眼を潤ませるアルディをクスッと笑う。

「まだたくさんあるから」
「ううう。太っちゃいますですのー……」
「いやいやいや、少しぐらいぽちゃっとしたところであなたの魅力は損なわれませんよ」

 どこからともなく降って湧いたラヴェルは、白いサラエンを若干着崩して身につけているのに、だらしなくみえない(片眼鏡の威力かもしれない)。

「あっちいってくださいですの」
「いやです」

 にこっ、とラヴェルが挑発的に微笑する。
 ひくっ、とアルディが剣呑な表情を纏う。

「私、お姉さまとお話していますの。空気の読めない男は嫌いですの」
「ゲームのお誘いに来たんです」

 言って、ラヴェルはカードの束を眼の前に翳した。

「勝負しましょう」
「お断りですの」
「おや、なにも二人きりでと申し上げているわけではないですよ?」
 
 ラヴェルはクリスマス・ツリー横の小卓をちゃっかりと確保していた。既に人数分の椅子が用意されている。

「皆で、です。もちろん、恥ずかしい罰ゲームありで」
 
 意外にも負けず嫌いなアルディの眼が、不敵な微笑をたたえるラヴェルを捉える。

「のりましたの」
「そうこなくては」

 そして意気揚々と対戦の場が組まれた。
 紅緒はパーティの主催者という立場を主張して、辞退。
 他に、アビオンとリゼはマントルピース前の席で額を突き合わせ、絶賛酒量を競う勝負の真っ最中であるため不参加。
 満腹で眠たくなったチビクロがうろんげに見つめる中、ゲーム開始。
 残った面子での恩情なき戦いは、一進一退の攻防のあと、白熱を極めて、最終戦。

「ふはははははははっ!! 正義は我にあり!!」と、ラヴェル。
「いやああああああっ!! 負けましたのー!!」と、アルディ。

 紅緒は「勝負ありです」とラヴェルに軍配を上げた。こほん、と咳払いして、ぽん、とアルディの肩を叩く。
「じゃ、行きましょうか。ジーチェ、手伝ってください」
「はい」
「え。い、行くって、ど、どちらにですの? ジーチェの手まで借りるなんて……ア、アルは怖いですのー! 助けてですの―、王妃様ああああー」

 カルバロッサは無情にも白いハンカチを振ってアルディを見送った。隣では、寸前のところでビリを免れたアワードが蒼くなってしきりに額の汗を拭いている。
 アルディが連れ去られたのは続きの間で。
 閉じられた扉の向こうからは、どたん、ばたん、どすん、ぼわん、とただならぬ物音と、悲鳴・雄叫び・泣き落とし、と三拍子揃った騒動がものものしく聞えてくる。
 そして唐突に、しーん、と静まり返った。
 だがなかなか出てこない。
 待ちくたびれて、カトレーはシャンパンのおかわりを求めて席を立った。
 未開封の一瓶を持ってきて、栓を抜く。国王夫妻のグラスにはまだ半分ほど残っていたので、空になっていたジークウィーンのグラスに注ぎ、ついで、ラヴェルのグラスを満たした。

「おや、お気遣いいたみいりますね」
「いやいや、これぐらい」
 
 二人はグラスを揺らして、きつく視線を交えた。
 先に口をきいたのはラヴェルだった。

「無駄に女性に優しいあなたのことです、てっきり、さりげなく勝ちを譲るものかと思っていましたがねぇ」
「……アルディ殿はそんな陳腐な小細工を喜ぶ女性ではないからね、余計な真似は控えましたよ。しかし、ああまでこてんぱんに負かす必要もないでしょう。おとなげない」
「なにごとにも、手加減できない性分でして。まして、他の男にちょっかいなど出された日にはもう、我慢なりませんよ」
「心外だな。今日はなにもしていないじゃないか」
「うっとりじっくりとっくり、頭のてっぺんから足の爪先まで眺めてからに、なにを言うんです。よほどその眼を抉ってやろうかと思いましたよ、ははははは」
「ははははは」

 乾いた笑い。どちらも一歩も退かず、二人は同時にグラスを呷った。
 そのとき、続きの間の扉が開いて、アルディが姿を見せた。
 途端、

「ぶーーっ!!」と、吹いたのはラヴェル。
「げぇほげぇほげぇほっ」と、噎せかえったのはカトレー。
「いやーっ。あんまり見ないでくださいですのー!!」

 半泣きになりながら、顔から火を噴く勢いで真っ赤になるアルディの背中をとんとんと叩いて、紅緒はクリスマス・ツリーの方へと促した。

「落ちついて。すごくかわいいし、ばっちり似合っているから大丈夫」
「恥ずかしいですのー! こんなの罰ゲームじゃないですのー」
「サンタクロース役は大事です。名誉だと思ってください」
「とても思えませんのー!」
「……っは、はっ、くそっ。息が……っ。待ちなさい、ベニオ殿」
「げーほげほげほげほっ、ぶほん、げほう、ごほっ!! ちょっ、ま、待った……っ! ま、待った、待ってくださいよ、ベニオ殿! アルディ殿のそ、そ、その、けしからん格好はいったいなんですかっ」

 カトレーとラヴェルはほぼ同時に制止をかけたものの、かたや直視をためらい半分背を向けて、かたや寸暇も惜しまぬ勢いで貪るように凝視する。
 紅緒はアルディの肩を抱いて言った。

「ミニスカサンタです」
「み、みにすかさんた?」

 袖なしの赤い上着と手首に白い羽ありの腕輪、ボンボン付きの白いマフラー、膝上十五センチの赤いスカート、赤いハーフ・ブーツ、赤と白の帽子。
 華奢なアルディはお世辞の必要がまったくないほど、かわいらしい。

「これから贈り物の交換会をします。皆様、クリスマス・ツリーのもとにお集まりください。贈呈者はアルディです。この恰好はサンタクロースを模したもので、サンタクロースは幸せを届けるひとのことです」

 ラヴェルはアルディのすらりとした脚線美から眼を逸らさずに、嫌そうに言った。

「……そんなきわどい恰好で?」
「き、きわどいと思ったらそんなにじっと見ないでくださいですのっ」
「いやあ、見るでしょう。見ますとも。なんたる眼の保養。いい脚だなあ。撫でてみたいなあ。いやあ、クリスマス万歳ですね! あいたっ」

 殴られて、文句を言ってやろうとしたラヴェルは口を開けたまま硬直した。
 カトレーの理性が切れている。
 普段の温厚軽薄な上辺をかなぐり捨てて、尋常ならざる剣幕で、どす黒い微笑を浮かべていた。とてもではないが、逆らえば命はないだろう。

「……卑猥なまなざしはやめてもらいましょうか?」

 こくこくこく、とラヴェルは頷いた。
 カトレーはアルディを通り越して紅緒に呼びかけた。

「ベニオ殿」
「はい?」
「お見受けしたところ、それは女性用の衣装のようですが、男性用のものもありますか?」
「ありますけど」
「アルディ殿」
「は、はいですの」
「着替えなさい。早く」
「え? で、でも」
「早く。それ以上つべこべ言うなら、問答無用で私が脱がせるよ?」

 ぎろりと恐ろしい眼で睨まれて、アルディは一も二もなく続きの間に駆け込んだ。
 ジークウィーンは静かに激しく憤るカトレーの肩に手をおいて、わずかに口辺を持ち上げる。

「……滅多に見られないものを見たな」
「……からかうんじゃないよ、ジーク」

 取り乱した自覚のあるカトレーは渋面をつくり、体裁を取り繕うとしたが、うまくいかなかった。
 かくして、アルディはぶかぶかの男性用の衣装でサンタクロースに扮した。
 クリスマス・ツリーの周囲には各自持ち寄った贈り物が寄せ集められていた。色とりどりに包装されたそれらには、それぞれ番号札が置かれている。
 紅緒はクリスマス装飾を施した小さな木箱を用意していた。

「この中に、番号を記した木札が入っています。もし自分の贈り物の番号を引いたら中に戻してください。そうじゃなければ、アルディに木札を渡して引き換えてください。あ、自分がなにを贈ったのかは内緒にしてくださいね? 誰のどんなものがあたっても文句を言ったり、交換もなしです。心のこもった記念品ですので、大事にしてください。さ、では、まず王太后殿下、どうぞ!」

 だいぶ酔いもまわってきたあとの贈り物交換会は心躍る愉しさで、全員にいきわたった後、さっそく開けてみる。わっと歓声が飛び交う。気の置けない者同士の他愛のない会話は尽きることなく、夜は更けていく。

 アルディは窓辺に立って表を眺めていた。
 いつのまにか雪が降りはじめていて、外はうっすらと銀世界だ。

「……さっきは怒鳴って悪かったね」
 
 気がつけばすぐ傍にカトレーがいた。いくぶん居心地悪そうにしている。

「……気にしていませんの」

 二人並んで、しばらく無言で佇む。
 深々と降る雪に見入るふりをして、どちらも会話の続きをさぐっていた。

「……似合っていた」
「え?」
「君の……だが、あの恰好は二度としてはいけない。夫でもない男に脚を見せるなんて、私なら相手の奴らの眼を潰して縊り殺す。いっそ、生き埋めにしてもいいくらいだ」

 言葉を失うアルディと怒りを燻らせるカトレーの視線が交差する。

 なぜか、眼が離せない……。
 うまく、口もきけない……。
 なのに、動けない……。

「あ、ヤドリギの下」
 
 紅緒のなにげない一声に二人同時に我に返る。
 お互いになんとなく焦ってしまう。
 そこへ、続きの言葉が投げかけられた。

「カトレー様、アルにキスしてください」

 アルディは仰天した。思わず飛び退いて、窓にぶつかる。
 さすがにカトレーも面喰らい、紅緒に怪訝そうな一瞥を向ける。

「……キス?」
「そうです。ヤドリギの下に居合わせた男女はキスする慣例があるんです。『争いをしないで、愛に満ちた口づけを交わす』って。だから、それが婚約者同士だと永遠に幸せになれるって伝説もあるくらい」
 
 カトレーがおもむろにアルディを振りかえった。その眼に射竦められる。洗練された物腰でゆっくりと重心を移し、窓硝子に手をついて、カトレーは咄嗟に逃げようとしたアルディを腕の中に囲い込んだ。

「……キスしても?」
 
 ふるふるふるとアルディは首を横に振った。
 カトレーはぷはっ、と笑った。

「……君はまったく意地悪のしがいのある女性だな……」

 そっと唇が触れる。浅く、ついで、やや深く。両頬をしっかりと押さえつけられているため、口づけが真剣さを帯びた気配を察したものの、逃げられず。
 アルディが甘やかな刺激的混乱に泣きそうになったとき、ラヴェルの絶叫が轟いた。

「なっ、なにを、あなたたち、なにをしているんですか――っ」
「に!?」
 
 そうして間髪おかず、なにかが一直線に飛んで来た。カトレーがアルディを背に庇うように振り返り、吹っ飛んで来たものを手に掴む。

「……」
「……」

 チビクロだった。
 紅緒の愛猫は当然怒り狂い、毛を逆立てて、ふーっと唸り、すかさずラヴェルに猛攻撃を加える。
 ラヴェルは逃げまわり、挙句、テーブルにぶつかってよろめき、その拍子にまだ三分の一ほど残っていたケーキに頭から突っ込む羽目になった。
 罵声と怒声と笑声が入り混じる中、アルディも笑い転げていた。

「アルディ殿」
「はいですの?」
 
 ふと眼を上げると、すぐ傍にカトレーの端正な顔が迫っていて。
 跳ね上がる心臓とは裏腹に、身体は緊張のため身動きできなくなる。

「……さっきの続きを、ぜひまた今度二人きりで、お相手願いたいな」

 耳元で囁かれた声は低くしっとりと艶っぽく。
 なのに眼はおもしろそうに笑っていて。
 アルディはからかわれたと思った。

「絶対絶対、お断りですのーっ」

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【2016/08/10 05:50】 | 愛してると言いなさい
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「よし、完璧」

 紅緒は我ながらよくできた、とひとり悦にいった。
 クリスマス・ツリーはもみの木によく似た常緑樹で、高さ三メートルくらい。
 オーナメントは先端に星飾り、天使、リンゴの形をしたクリスマス・ボール、キャンディケイン、金・銀・赤・緑のリボンとたくさんのベルを飾り紐で結わえる。それから、色々な形の手作りクッキー(アイシングで絵を描いた)。
 電気が使えないので電飾がないのは少々寂しいが、これでも十分だ。
 一昨日、ほぼ一日がかりで室内にクリスマス装飾を施した。あちこちにリボンを結び、天使や星をちりばめた。窓辺にはヤドリギ(この下に立った人たちはキスすることができる)。
 今日は朝から厨房で奮闘し(ジーチェと宮廷料理長にも手伝ってもらった)、ごちそうと、特大ケーキが完成。ジーチェ以下、応援に駆り出された侍女たちは厨房からせっせと料理をワゴンに乗せて運び出していく。
 十時間かけてじっくり焼いた七面鳥もこんがりとおいしそうに焼き上がった。オーブンから慎重に取り出して、大皿に盛り付けてから、リゼを呼ぶ。

「これはテーブルの中央に運んでね。ひっくり返さないように気をつけてください」
「わかった。あ、そこのシャンパンも全部僕が持っていく。ベニオは先に支度していいよ」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えようかな。ジーチェ! そろそろ着替えに行こ」
「いえ、せっかくですが、私は使用人ですし、やはり辞退致します。場違いだと――」
「そんなことないです。ジーチェにはいつもなにかとお世話になっているし、内輪のパーティなんだから、あまり気を遣わないで。今日は親しいひとたち皆で楽しく過ごしたいの。ね?」
「……では、せめてお飲みものの給仕を務めさせていただくということでしたら……」
 
 これ以上の押し問答は時間の無駄だなあ、と紅緒はひとまずジーチェの提案を呑むことにして、二人で急ぎ居室に戻り、続きの間にこもった。
 今日のパーティのドレス・コードは男女とも、白い衣装を指定した。
 紅緒は純白のサラエン、ジーチェは光沢のある素材の白のラミザイ。二人とも髪を高く結い上げて、毛先をやや遊ばせる。前髪を整えるのに時間をかけて、更に、ふわふわ羽飾りをアクセントにした細いレース飾りをくるりと髪に巻きつける。

「わ、ジーチェかわいい」
「ありがとうございます。あの、でもこんなに高価そうなレースを私がお借りしてもいいのでしょうか」
「いいの。これね、私が編んだの。よかったらもらってください。ちなみに、女の子全員分編みました。妃殿下や王太后殿下、つけてくださるかな?」
「まあ。それはぜひ、つけていただかないと」

 紅緒とジーチェの眼が悪戯っぽく輝く。
 二人でふふっと笑う。
 紅緒も自分の髪の仕上げにかかった。羽の部分が耳の上にかかるように結び、鏡の前で横を向いたり、斜めから見たりして、角度を調整。

「ん、いいかな。じゃあ次はお化粧ね」

 いつもより丁寧に化粧をして、最後に薄桃色の口紅を塗る。
 鏡に映る姿はうぬぼれるほどではないけれど、それなりに上出来で。
 ジーチェときゃわきゃわ褒め合いながら続きの間を出ると、リゼは既に純白のスィーラを着用、短い白の上着の袖に腕を通しているところだった。
 そしてこちらを一目見るなり、眼を剥いて頭を抱え、絶叫。

「ぎゃーっ。なんでなんでなんで、そんなに気合入れてきれいになってるの!? ひどい! やめてくれ! 他の男になんて見せたくありません!! もったいない! はっ。ま、まさか、僕の眼の前で浮気するつもりじゃあないだろうね!? ぐはあっ」

 紅緒は待機していたチビクロに無言の攻撃指令を下して、うっとおしいばかりのリゼを黙らせた。

「ひ、ひどい……」
「ひどくありません」
 
 紅緒はぐるりをみまわした。
 あれだけ広い居室が今日は狭く見える。部屋の中央にクリスマス・ツリー。白いレースのクロスを敷いた円形テーブルには立食形式に仕立てたごちそうがずらりと並べられている。銀食器とキャンドルは配置済み。いつもの倍の大燭台を運び込み、マントルピースには赤々と炎が燃えて部屋は十分に暖かい。肘掛椅子やソファ、小卓は適当に配置した。
 紅緒は外を眺めた。
 夜になって冷えてきても、雪が降る気配はない。

「雪、降らないのかな」
「……雪? 降ってほしいの?」
「ホワイト・クリスマスになるもの」
「ふうん」

 思案気にちら、と窓向こうの夜空を眺めるリゼは、白い衣装をさらりと着こなしている。普段は実験などで汚れるので、白はあまり着る機会が少ない。だからだろうか。新鮮で、ちょっとだけ、恰好いい。
 紅緒がそう言うと、

「えっ! ほ、本当!? 僕、恰好いい!?」
「恰好いいよ。でもね、男のひとは、見ためが一番じゃないよ?」
「一番はなんですかっ」
「優しさかな。あ、でも、リゼはいつも優しいよね?」
「僕は優しい男です!」
「うん。だから、皆を気持ちよくおもてなしできるよね? 喧嘩しないでね? ね?」
「出来ます!!」
「よかった。じゃ、お出迎え手伝ってください」
「はいっ!!」

 はじめの訪問者はジークウィーンとカトレーだ。

「いらっしゃいませ」
 
 扉を開いて声をかけても、ジークウィーンはしばらく反応がなかった。
 こちらを唖然と凝視したまま、固まっている。

「王子?」

 ようやくはっとした様子で、ついで、かあっと真っ赤になった。
 視線を捩じ伏せ、手で顔を擦るしぐさ。

「っ。だ、誰かと思えば、そなたか……」
「? 変ですか?」
「……いや……似合っていないこともなくはない」
「どっちです、それ」

 するとカトレーの茶々が入る。

「素直に君にみとれていたと言えばいいのに」
「ば、ば、ば、ばかが! そ、そ、そ、そんなわけがなかろう!!」
「そうですよ、私より、王子の方がすてきです」
「なっ!?」

 ジークウィーンは純白のスィーラに身を包み、銀の飾り紐を結んでいた。特別に贅を凝らしたふうでもないのに、品格があり、佇む姿はとても絵になっている。
 きれいなひとは得だな、と思う。

「女の私より美人だなんて、ずるいです」
「美人じゃない! 私の顔などどうでもいい! 絶対にそなたの方が――」
「私の方が?」
 
 間。
 ジークウィーンは紅潮した顔のまま、口を金魚のようにパクパクさせている。
 カトレーが「やれやれ、まだまだだね」と、ふうっと溜め息をついて、あとを引き取る。

「今日はお招きありがとう。これは君に。それから贈り物交換用の品をということだったから、用意したよ。いま預ければいいのかな?」
「はい、ありがとうございます。確かにお預かりしました。どうぞ、中へ」

 紅緒の手に蜂蜜草の花束を握らせ、如才なく挨拶のキスを落としてから、カトレーはジークウィーンの背を押すように中に入った。

「……へぇ! これはすごい。もみの木を飾るとは……なかなか凝っているなあ。ジーク、いつまでも葛藤していないで見たまえ。華やかだよ」
 
 それからも次々に来客が訪れた。
 アワード王とカルバロッサ王妃。
 アビオン王太后。
 ラヴェルにエスコートされたアルディ。

「役得でした」

 と、片眼鏡の奥でほくそ笑みながらラヴェルが言えば、

「いっぺん誰かあの男の軽薄な口を縫い合わせてくださいですの……っ」

 と、アルディはいかにも迷惑千万だとばかりに、耳を塞いで肩で息をしている。
 紅緒は扉を閉めた。
 これで招待客全員が揃った。
 紅緒の合図でジーチェがキャンドルに火を灯す。リゼが銀のリボンを持ち手に結んだ白い籠を抱え、各人に三角クラッカーをひとつずつ配って歩く。
 紅緒はアルディ・王妃・王太后の髪にそれぞれ白い羽飾りのついたレース帯を結わえた。

「お似合いです」
「アタシもかい?」と、アビオン。
「はい!」
「そ、そうかい?」
「はいっ!!」

 紅緒は全員の手にクラッカーがいきわたったのを見て、クリスマス・ツリーのまわりに集まるように呼んだ。

「今日はお忙しいところお集まりいただきましてありがとうございます。皆様、白い衣装がキャンドルの光に映えてとってもすてきです」
 
 リゼが最後のクラッカーを紅緒に運ぶ。小さく礼を言って受け取った。

「私の世界では、今日はクリスマスです。ある聖人の誕生を祝う日で、家族や友人、恋人、大切なひとと一緒に過ごす日なんです。ですから少々無理を言ってしまいました。でも今宵こうして皆様と一緒にいられることをとても幸福に思います」
「お誘い嬉しいですのー!」とアルディ。
「ありがとうございます。では、お腹も空きましたし、さっそくパーティをはじめます。私が『メリー・クリスマス』と言ったら、皆様も復唱をお願いします。そしてこのクリスマス・ツリーに向けて、お手持ちのクラッカーの紐を、力いっぱいひいてください」
「『メリー・クリスマス』とはどういう意味だね?」と、アワード。
「『クリスマスおめでとう』という意味です」
「そのもみの木にはどんな意味があるのです?」と、カルバロッサ。
「ええと、奇跡と、永遠の愛・永遠の命を象徴しています」
「これはなにかな?」
「クラッカーといいます。あ、ひとに向けてはダメですよ? ツリーに向けてお願いします」
 
 紅緒とリゼ以外ははじめて手にする代物を物珍しそうにいじっていたが、合図すると、怪訝そうな面持ちのまま先端を持ち上げた。

「メリー・クリスマス!」
「メリー・クリスマス!!」

 大きな唱和のあと、一斉にクラッカーの紐を引く。
 パーン、パパパーン、と鼓膜を衝く鋭い音が飛び散った。飛び出したのは色鮮やかな紙細工と、きらきら輝く星の滴――。
 星の形をした光の粒が小さな弧を描いてツリーに降りかかると、そのままくっついて煌々と瞬いた。これには皆がびっくりした。

「――こりゃたまげた! こんなの見たことがないよ。いや、面白い! 実に面白い! アタシゃ気にいったよ!」

 すっかり興奮してアビオンはぶん、と手を振り上げ、隣にいたアワードの背を力任せにぶっ叩いた。アワードは「ぎょえっ」と呻いてそのまま壁に激突。眼をまわし、ずるずると滑り落ちる。カルバロッサがあわてて駆け寄っていく。
 無論、紅緒も驚いていた。

 ……こんなことができるのは……。

 傍に立つリゼを無言のまま見上げる。
 リゼは紅緒の視線に、しどろもどろの態で応じる。

「あの……だって、ベニオ、ツリーが点灯したらきれいなのにって言ってたから……ちょっと細工をしてみたんだけど……ごめん、いやだった?」

 かぶりを振る。笑顔になる。

「……すごくきれい。ありがとう、リゼ。とても嬉しいよ……」
「よかった、喜んでもらえて」
 
 くしゃっと笑うリゼは子供のように無邪気で、紅緒は胸が熱くなった。
 思わず、背伸びして頭をなでなでする。

「さ、じゃあグラスを配ってシャンパンを注ごうかな。リゼ、手伝ってください」
「うん!」
「にー」

 クラッカーの音が嫌いなので、ちょっと避難していたのだろう。しばらく姿の見えなかったチビクロが、いつのまにか、足元にちょこんと座っている。
 ジーチェが柄の長い細いシャンパングラスを載せた銀の盆を手に控えている。
 紅緒は微笑みながら頷いて、大好きなゴスペル曲、“Oh Happy Day”を口ずさみながら、グラスを配りはじめた。
 低く、やわらかく、ゆっくりとした旋律が紅緒の唇から流れると、クリスマス・ツリーに群がってわいわいとざわついていた面々が口を噤んだ。

「……へぇ」と、カトレー。
「いい声だな……」と、ジーク。
「よーし、景気づけに皆で歌おうじゃないか。ほれ、元気よく声を出しな。ベニオに続くんだよ! アワード、いつまでのびているんだいっ。カルバロッサ、そんなへなちょこは放っておいてもいい。あんたはこっちへおいで、アタシと肩を組んで歌おうじゃないか!」と、アビオン。
 
 ちょっと音程の狂った“Oh Happy Day”が斉唱され――。
 笑顔また笑顔で、かくも賑やかに、乾杯!

 Merry Christmas!

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【2016/08/10 05:48】 | 愛してると言いなさい
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 空に一片の雲もない、よく晴れた夜だった。
 手に角灯をぶら下げて、整備された道をてくてくと歩きながら、紅緒が言った。

「別についてこなくてもよかったのに……笹なら午前中に届いたから、力仕事はないんだし。ひとりで大丈夫だってば」
「一緒に行く」
「でも、この間の熱実験の結果を資料整理中でしょう?」
「いいんだ。君のが大事」
「なんでそんなに意固地になるのかなあ……ちょっと夜市に顔を出してお供え用のお酒を買いに行くだけよ? チビクロもいるから平気なのに、ね?」

 と、左肩にちゃっかり陣取る愛猫に頬ずりする。
 リゼはぎしっ、と眼を据わらせて紅緒が滞在中のみ居候を決め込む黒猫を睨んだ。

「男(ムシ)よけだよ。決まっているだろう」

 声を尖らせ断固とした調子で宣言しながら、ひらいた掌にばしっと拳を打ちこんだ。
 眉間に熱が溜まるのがわかる。
 夜市だって? そんな場所に、紅緒をひとりで送り込む危険などどうあっても冒(おか)せない。
 まして――。

「そんなきわどい恰好をした君を……! 本当だったら外なんて歩かせたくないんだよ!?」
「だったらリゼが代わりにおつかいに行ってくれればいいのに」
「でも君をひとりで家に残すのもいやだ! なにかあったらどうすると!?」
「なにもありません」
「わからないだろう!? かわいい君を狙っての押し売りとか強盗とか痴漢とか……! 許せない……そんな不届き千万な輩は八つ裂きからあげぶつ切りにして……っ」
「怖いこと言わないの! もう、さっきからなんなんですか、今日のリゼはちょっと変です」
「だって、君がそんな、眼のやり場に困る、色っぽい仮装をしてくるから……っ」
 
 今日の紅緒はラミザイでもサラエンでもなく、向うの世界から持参した衣装を纏っている。
 生地が薄く風通しがよいと言うそれは、一枚布で仕立てられ、腰にきつく巻いた帯のせいもあって、身体の線があらわになる。紺地に白い花柄。加えて、長い髪を結いあげて襟足をさらし、ふっくらした胸元がちらりと見え、とどめは素足に履きものをひっかけるという、どこを見ても眼がちかちかして、けしからん妄想が掻きたてられるという始末だ。
 しかし紅緒はいつもの如く、なにもわかっていない様子で。

「仮装じゃありません。浴衣です。リゼが見たいって言うからわざわざ持って来たのに。なんで怒るの?」
「怒ってるわけじゃ……嬉しい、嬉しいんだけど。まさかこんなに脱がしやすそうな服だとは……それに帯に押さえつけられていい感じで胸も目立って、足なんて歩くたびに太腿まで見えそうじゃないか……まずい、まずいだろ。やっぱりいまからでも引き返して――」
「あ、流れ星!」
「え?」

 口をひらいて天空を指差し、見上げながら、にこっと笑う紅緒はやたらと愛らしく。
 リゼはたまらずごくりと唾を呑み、衝動的に細い腰を腕ずくで引き寄せ、潰さないよう力を加減して、後ろから抱きしめた。

 いい匂いがする……。

 柔らかくて、温かくて、優しくて……規則的な鼓動を近くに感じれば感じるほど安心する。守りたいと思う。傷つけたくないと。離れたくない、離したくない。
 そしてつい、本音がぼろっと口からこぼれた。

「……帰したくない……」

 紅緒はほんの束の間、真顔になってリゼをじっと見つめ、リゼはそのつぶらな瞳にどきっとした。

 どう反応されるか。

 緊張の一瞬。
 ところが紅緒は、よしよし、とリゼの額を撫ぜて言うことに。

「大丈夫、今回はばっちりごはんをつくっておいたから飢えることはありません」
「そうじゃなくてっ!!」
 
 まるで意思が通じ合わない。
 リゼはこの歯がゆさをなんともしがたく、もういっそ、このまま頭から覆いかぶさって唇が腫れるくらいキス責めにしてやろうか――と邪悪な下心に唆されそうになったとき、

「……星がきれい」

 紅緒が全身をリゼに預けてきた。
 つられて見上げれば、夜空には銀河がかかっている。
 澄み切った空気、満天のきらめく星。
 それを映す紅緒のきらきらした黒い瞳こそ、一番美しい。

「……君の方がきれいだ」
「はいはい」
「またそうやって茶化して……いったいいつになったら君は僕のこと……」
「ぶつぶつ言わないの。さ、お買い物して、帰ろう? 短冊書かないといけないし」
「“たんざく”?」
「短冊。自分の願い事を書くの。そうすると、願い事がかなうっておまじない。今日は七夕だから」
「七夕……?」

 紅緒はむずがるように身体を動かして、リゼの腕から抜け出した。華奢な背と細い足首が暗がりに浮き上がり、ほのかな色香を漂わせて、リゼを惑わす。

「星を祭る日。天の川に隔てられた恋人同士の伝説で、正しくは織女星(しゅくじょせい)と牽牛星(けんぎゅうせい)――一般には織り姫と彦星っていうんだけど、一年に一度、今日この日にしか会えないの。それも雨が降っていたらだめ。晴れてよかった」
「? でも、こちらとあちらでは、星座なんてまるで違うだろう」
「そこはそれ、イベントだからいいの。祈るだけだったらどこでも一緒でしょ。それに向うでは、特に私が住んでいるところじゃ、星なんて見えないよ……」
 
 その口ぶりが寂しげだったので、肩を抱いて慰めようとなにげなく腕をまわしたところ、

「に?」

 と、すっかり存在を忘れていた黒猫が、しゃきーんと爪を伸ばして、油断しきっていたリゼの手の甲をひっかいた。

「いっ……! このおっ、なにするんだ、クソバカチビ猫が――」
「にー!」
「問答無用! 覚悟しろ!」
「ににーっ」
 
 リゼは抵抗する黒猫を鮮やかな手つきで素早く掴み、握り潰そうとした。
 だが。

「喧嘩するなら、帰ります」

 紅緒の一言で、リゼは空中に黒猫を放り出した。

「喧嘩やめます!!」
「にー!!」
 
 そして、ひゅーっと垂直落下してきた黒猫を、紅緒が両手で受け止める。
 
 あとはおとなしく用事を済ませて家路に着いた。

















      おまけ





 昼間の内に用意した笹は飾り物で彩られ、更に、黒猫の足跡がポン、とひとつ捺された短冊と、紅緒とリゼの願いが書かれた短冊がそれぞれ吊るされた。
 しかし、紅緒の短冊はあちら側の文字で記されているため、リゼには解読不能だった。
 そこで訊いてみると、

「内緒です」
「なんで?」
「なんでも」
「ぼ、僕は、ちゃんと一番の願い事を書いたよ!?」
 

 君といつまでも一緒にいられますように――。

 紅緒はその意味するところをわかっているんだか、いないんだか、わからない、健全な眼つきで、後ろ手を組み、夜風にそよぐ笹と短冊を眺めて、すがすがしい表情を浮かべている。

「教えてよ」
「教えません」
「ずるい」
「ずるくないです」
「気になります!!」
「恥ずかしいから、だめです」
「はっ、恥ずかしい!? ちょっ、なっ、ど、どういうこと――ベニオ!!」
 
 必死で引き止める甲斐もなく、紅緒は愛猫を肩からおろし、撫でながら、家に入ってしまった。なぜかとても嬉しげな顔で。
 リゼはそれからしばらく茫然と突っ立っていたものの、ややあって、諦めた。
 
 いまは無理でも。
 いつか教えてもらえばいい。

 ふと衝動的に、リゼは紅緒の願いが書かれた短冊に手を伸ばした。角を指でつまんで引き寄せ、キスを落とす。

「……願わくば、君の願いが僕と同じであることを」

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【2016/08/10 05:43】 | 愛してると言いなさい
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「雨、止まないね」

 向かいの席に座る紅緒が、お茶を啜りながら、窓の向こうを眺めて言った。
 リゼは遅い昼食の真っ最中で、紅緒がつくったフレンチトースト(食べやすいよう角切りにしたもの)をぱくついていた。

「こら、よく噛んで食べなさい」
「ふぁい」

 叱られたので、もごもごと返事をする。
 紅緒はまた窓の外に眼をやって、しとしとと降り続ける雨に溜め息をついた。
 
「この雨じゃあ、お買い物もいけないね。せっかく楽しみにしていたのに」
「でも、今すぐ欲しいものはないし……買い物は次の機会でもいいよ」
「違うの。私がリゼになにか見立ててあげたかったの。リゼにはいつもお世話になっているから、その御礼を込めて」

 リゼは真顔で否定した。

「……いや、どう考えてもお世話してもらってるよ、僕は」
「うん、それはそうなんだけど。でも、リゼには眼には見えないところで、たくさん助けてもらってるから……」
「ベニオ……」
 
 優しく微笑まれて、リゼはじーんと感動する。
 思わず手の止まったリゼの顔を見て、紅緒が笑い、「パン屑ついてる」と身を乗り出して布巾で口元を拭ってくれた。

「食べ終わって一服したら、ちょっと早いけどお湯を沸かそうか。髪を洗ってあげる」
「…………は?」
「お風呂で髪を洗ってあげるって言ったの」

 無邪気に過激な発言を直に聞かされて、つい、リゼは想像した。

「ぐはっ」
 
 と、呻いて椅子ごと後ろにひっくり返る。

「きゃあっ。大丈夫!?」

 リゼは思いっきり後頭部を打って非常に痛い思いをしたが、問題は頭よりも鼻だった。

「だ、だいぶじょ、だいぶじょう……いや違う、大丈夫、ううう、は、鼻血が……っ」
「鼻をぶつけたの?」
「ちがうけど……あのう、ほ、本当に一緒にお風呂に入ってくれるの?」

 慎重に確認する。期待しすぎは身体によくない、きっとなにかの間違いに決まっている、だけどもしかしたら――という淡い希望も捨てきれない。
 だが案の定、

「え? やだ、違うわよ。リゼが浴槽につかったままで、私が髪だけ洗って上げるの。でも別にしてほしくないなら――」
「洗ってほしいです! ぜひ!! ……ち。やっぱりだめか。くっそ、いっつもこれだもんな……人をぬか喜びさせてから叩き落とすって、どんなイジメだよ……」
「え? なにか言った?」
「なんでもないです……」
 
 それでも紅緒の甘い声を聞きながら、他愛のない会話を交わし、優しい手つきで丁寧に髪を洗われ、拭いてもらうと、かなりうっとりした気分になった。
 
 おまけに――。

「気持ちいい?」
「最高ですっ!」
「あ、動いちゃだめ。危ないでしょ」

 長椅子にリゼが横になり、紅緒に膝枕をしてもらいながら、耳かきをしてもらう。
 
 この至福の時間……!

「我が人生に悔いなしっ……」
「おおげさ」
 
 ちっともおおげさじゃない、とリゼは思う。
 紅緒が身体の力をすっと抜いた自然体で、自分の傍に寛いでいてくれることが嬉しい。警戒心のまるでない微笑を間近で見られることに幸せを噛みしめる。
 きれいだなあ、とつくづくみとれてしまう。
 そう言っても信じてもらえないところが哀しいが。

「はい、おしまい。もう動いていいよ」
「……ベ、ベニオ! あの」
「ん? かゆいところでもある?」
「じゃなくて!! き、聞いてほしいことが――」
「に」

 と、鳴いたのは毎度おなじみいいところを邪魔するチビ猫で。いつの間にどこから現れたのか、紅緒のふとももに擦り寄っている。

「チビクロ! 来ていたの? 元気だった?」
「にー! にー!」
「あはっ。うん、私も元気。会いたかった」
 
 ちゅ、と音を立ててチビ猫の額にキスする紅緒。
 リゼは、「わーっ」と騒ぐが、紅緒は既にリゼより愛猫に夢中になって、リゼを残し、厨房へと向かう。

「リゼ! チビクロにミルクセーキつくってあげるけど、リゼも飲む?」
「飲む」
「じゃ、つくってあげる」

















     おまけ


 数分後、食卓の席でリゼとチビクロは並んでミルクセーキを飲んでいた。

「おいしい?」
「にー」
「うん」

 すると、紅緒がにこっとして両手を伸ばして、なでなでと、リゼとチビクロを撫でた。
 リゼとチビクロはどちらも鼻の下を伸ばしてじっとした。
 紅緒に撫でられるのはとても気持ちがいい。

「……いつも優しいけど、今日は特に優しいね」
「今日は特別」
「なんで特別?」
 
 あ。ちょっと嫌な予感。
 なんだか、既視感を覚える……そうだ、前にもこれによく似た会話をしたような……。

「今日はね、向こうの世界では六月の第三日曜日で」
「うん」
「父の日といって、いつも家族のために働いているお父さんに感謝する日で――」

 ばたっ、とリゼは食卓に突っ伏した。ふるふるふる、と震える。カタカタカタ、とガラス細工のグラスと猫用のミルク皿が不安定に揺れる。

「ベニオッ!!!!」
「な、なに、急に大声出して」
「なにじゃないよ! なんっで僕が“お父さん”なの!?」
「え、だって」
「わーっ、わーっ。やっぱり聞きたくない――!! この前は子供の日で子供扱い、今日は今日で父の日でお父さん扱い、ベニオは、ベニオは、僕のことなんだと思ってるんだ!?」

 紅緒はきょとんとして、曰く、

「リゼはリゼでしょ」
「そうじゃなくって……っ。もっとこう、他にいくらでも甘い言い方があるだろう……!!」
 
 ぶつくさ文句言っても、はじまらない。
 だが膝に肘をたて、額を伏せて腐っていると、頭上で「さてと」と紅緒が傍を離れる気配がした。

「じゃあ私もお湯が冷めないうちに、お風呂に入ってこようかな」

 途端に、リゼの頭の中は桃色の妄想でいっぱいになって、胸がどきどきした。

「あ、うん。ゆ、ゆっくり、あったまってきて」
「ありがと。じゃあ行こっか、チビクロ、おいで」
「いってらっしゃ――って、はっ!? ち、ちょっと待ったああああっっ!!」
 
 リゼが素っ頓狂な声を張り上げたので、驚きのあまり、紅緒がぴょこん、と跳ねる。

「な、なんなの、さっきから」
「なんなのじゃないよっ!! なんでそいつをお風呂に連れていくの!?」

 すると信じがたい言葉が返ってきた。

「え? だっていつも一緒に入ってるし」

 リゼはその場で石になった。

「? リゼ、大丈夫?」

 リゼは爪を剥いて臨戦態勢を取っているチビクロをぎろりと睨んだ。

「…………表に出ろ、このクソバカチビ猫」

 むっとしたのは紅緒で、すかさずチビクロを抱き上げて懐に庇う。

「リゼ、口悪い」
「だって……!! そいつ、ベニオの裸を見たんだろ!? 許せん……っ!! 僕だってまだ見たことないのに……!! 今日という今日は勘弁してなるものかっ。猫鍋にして喰ってやる!!」
「にーっ!!」

 やれるものならやってみろ、と言わんばかりに紅緒の腕の中でチビクロがシャーッと唸って。
 
 かくして闘いのゴングは鳴った。

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【2016/08/10 05:42】 | 愛してると言いなさい
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「今日はリゼの好きなことをしてあげる。なんでも言って?」
 
 あちら世界から訪れるなり、紅緒がそう言って服を脱いだので、リゼの頭は一瞬にして薔薇色に染まった。

「えええっ。そんなっ。いいの!? 本当に!?」
「うん、なんでもいいよ? なにかしたいこととか、食べたいものとかある?」
「君が食べたいです!!」
 
 ついばか正直に口を滑らせたリゼは、手元をおろそかにしたばかりに、八時間かけて詠唱し構成した、哨戒魔法の元素を吹っ飛ばしてしまった。
 
 そんなものかまうものか。

 この失敗に加え、ここ五日間の研究成果をすべて放り出す。
 いまこのとき、リゼの眼には紅緒しか映っていなかった。
 長い指をひっかけ、ラミザイの襟元を弛める。緊張と興奮のため、既に息が上がりはじめた。
 あちこちにぶつかり、物をひっくり返したり、割ったりしながら、悪態を吐きつつ、一時も惜しみ、紅緒のもとへと急ぐ。狭い家のほんのわずかな距離でさえ、もどかしいことこのうえない。
 紅緒はオレンジ色の七分袖の上着から腕を抜いたところで、上半身は細い肩紐の薄物一枚を身につけているだけだった。
 窓から射す朝の透明な光に白いうなじが輝いている。傷ひとつないきれいな背中は、華奢で、艶やかで、とてもとても眼の毒だった。

「……ベ、ニオ」

 咽喉の奥が焼けるように熱い。気が昂って、心臓が破れそうだ。
 
 ……触れたい。
 ……抱きしめたい。
 ……それから……。

 リゼは紅緒の後ろにそっと近寄って、半ばくらくらしながら、小さな身体を囲うように両腕を伸ばした。
 そのときだった。

「キッシュ、っていつものホウレンソウもどきとひき肉とチーズと青トマトの? ……ホウレンソウもどき、あったっけ? それに生クリームもつくらないとだめかな」
「そう、いつもの…………は? ホ、ホウレンソウ? 生クリームって……」
「え? だっていま、『キッシュが食べたい』って言ったでしょう?」
「言ってないよ、そんなこと!! 僕は、君が――」
「『君が』?」

 と言いながら肩越しに紅緒が振り返ったので、リゼは本能的に万歳をした。

「わ、なんでこんな近くにいるの」
 
 脱いだものでぎゅっと胸元を隠し、紅緒が肩をそびやかして後ろに下がる。上目遣いに睨まれてしまい、リゼは慌てて回れ右をした。

「み、見てないよっ!? ちょ、ちょっとしか見てない! 本当! 大事なところは見えなかった! 胸の谷間が小さいな、とか、ふっくらやわらかそうだな、とか、きれいな鎖骨をなぞってみたい、とか、うなじを攻めてみたいなんて思ってないから!!」
 
 すると紅緒は呆れたような、おどけたような笑い声を洩らした。

「あたりまえでしょ。リゼがそんな危険人物だったら困るんだから」
 
 バカを承知でリゼは大声でわめいた。

「僕は危険人物です!!」
 
 だが案の定、紅緒はとりあってくれない。

「え? どこが?」
「ど、どこって……そりゃ、その、つまり、僕だって男で、あるものはあるわけで、いつだって我慢できるわけでもなくて、えーと……なんでもないです……」
「? 変なリゼ」
 
 リゼはそのまま頭を抱えて床にうずくまった。
 もう何年もこんなことを繰り返している。

「――――ッたく! くそっ。今日こそは、今日こそはと思ったのに……っ。ひどい、なぜだ。僕は弄ばれているのか……!? だって好きにしていいって、いや、好きなことをしてあげるって言ったのに。危険人物だったら困るって、そりゃないよ。だってさ男は普通、狼だろう!? それなのに、僕だけ、僕だけなんで……あーっ! むかつくっ、あんなにかわいい顔して人を誘惑しておきながら、完全放置、すっとぼけるなんて、むごい、むごすぎる。この僕が、この僕がいいようにあしらわれるなんてあっていいのか!? いや! よくない! ようし、今日こそは一言、言ってやる――」
 
 十指で頭皮を掻くように長めの髪を掻き上げながら、敢然と首を振り上げる。すっくと起立し、意を決して呼びかけた。

「ベニオ――」
 
 ところが、いない。
 庭に出たようで、裏口の扉が半分開いている。
 肩すかしをくらい、壁に手をついてがっくりするリゼの前に、網カゴにたっぷりと収穫したホウレンソウもどきを抱えた紅緒が戻ってきて、笑いかける。

「なにして欲しいか、決まった?」
 
 無条件で信頼しきった笑顔。
 手を出しにくい、憎らしいほど清楚なその瞳の前に、リゼは屈した。

「…………はあ」
 
 再び、床に四つん這いになる。
 紅緒はモスグリーンのラミザイに着替えていた。そしてその上から、いつもの白いエプロンをつけて、腕まくりをはじめる。

「キッシュは焼いてあげる。他には? なにかしてほしいことない? あるなら――やだ、どうしたの、床に座り込んで。立ちくらみ? 大丈夫?」
「……平気」
「そう? ならよかった」

 相変わらず大事な部分は通じていないものの、紅緒は親切で、優しい。
 
 …………まあ、いいか。
 
 紅緒の鈍感はいまにはじまったことではない。
 もう何年も待っているのだから、このままあと数年待ったところで、どうってことはない(たぶん)。
 
 …………君がこうして気持ちよく僕の傍にいて笑ってくれるなら、いまはそっとしておこう。気が置けない関係と言うのも、悪くはない。
 
 だけど、いつか――。
 
 リゼの視線の先で、紅緒は擦り棒でクルミもどきやナッツ類をカシカシと砕きはじめた。
 リゼはその穏やかで美しい後ろ姿に眼を細めながら、呟いた。
 
 いつか、必ず。

「僕を愛していると言ってくれ」












 おまけ



 小さな食卓に向かい合わせで席に着く。
 焼きたてのホウレンソウもどきとチーズとトマトのキッシュと冷たい甘茶をいただきながら、リゼは訊いた。

「ところで、なんで急に変なことを言いだしたの?」
「変なこと?」
「……ほら、さっきの、な、なんでもしてあげる、とか。あ、言っておくけど、間違ってもあんなこと、他の男には言わないでね?」
 
 ああ、と紅緒は合点がいったように口角を横に伸ばした。

「今日はね、向うの世界では五月五日、端午の節句の日で」
 
 リゼは甘茶のおかわりを紅緒と自分のカップにそれぞれ注いだ。

「? ふうん? それ、なにか特別な日?」
「子供の日なの」
 
 ちょうど、ぐい、と甘茶を口に含んだところで、それを聞いたリゼは、「ぶーっ」と盛大に吹いてしまった。

「きゃっ。リゼ! 汚い!」
「ご、ごめん! でも――君が悪いんだぞ!?」
「なんでよ!? ああもう、せっかく新しいクロスをかけたばかりなのに――」
「なんでもなにも、なんで僕が子供扱いされなきゃならないんだ!?」
「やることなすこと子供と一緒でしょ! 手がかかるったらありゃしない――ほら、脱いで。洗わなきゃ。びしょびしょじゃないの、もう……」
 
 ああ――。
 
 とリゼは絶望的に嘆息し、両手で顔を覆って(さめざめと泣きながら)テーブルの上に突っ伏した。
 
 両想いへの道はまだまだ険しい――。

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【2016/08/10 05:40】 | 愛してると言いなさい
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愛してると言いなさい
*小説家になろう様より移行しました。
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「この物語は、ベニオ大好き! なこの僕、リゼ・クラヴィエと」と、リゼ。
「大魔法使いリゼの助手をしています、私、相良紅緒(さがらべにお)と」と、紅緒。
「に」と、チビクロ。
「の、二人と一匹でお送りします。尚、他の出演者については登場人物紹介をご覧ください。まだ未開設ですがブログで掲載予定の『愛してると言いなさい』本編にて登場しています」と、紅緒。
「あの、ヘタレが……っ。まーだブログ開設していないんですか? 本編引き下げまでになんとかすると言っていたくせに、あの口先だけ作者め。もういい、頭きた。縄で縛って適当に葬ってしまおう」と、リゼ。
「でもそうしたらいつまでも『愛してると言いなさい』本編が再開されないと思うけど」と、紅緒。
「うっ。そ、それは困る……このまま君に会えなかったら僕は寂しくて死んじゃうよ」と、リゼ。
「にー」と、チビクロ。
「よしよし、いい子ね」と、紅緒。
「僕は!?」と、リゼ。
「はいはい」と、紅緒。
「えへ……」と、リゼ。
「さて、じゃあそろそろ行きますか」と、紅緒。
「え、どこに?」と、リゼ。
「本編再開の目途をつけるために、作者を叱咤激励に行ってきます。私の予想では、たぶん今頃、転寝してるような気がします。叩き起こして、お仕事してもらわないと」と、紅緒。
「……そ、そうだね。い、いつからそんなスパルタ方針に……」と、リゼ。
「に―……」と、チビクロ。
「なにかいった?」と、紅緒。
「なんでもないです!」と、リゼ。
「に!」と、チビクロ。
「早く、皆に会いたいね? いつものように、皆でわいわいしたいな。私、リゼやチビクロとのんびりして過ごすのも好きだけど、大勢で過ごす賑やかな毎日も大好き」と、紅緒。
「僕は君だけいればいい」と、リゼ。
「え? もうお腹が空いたの?」と、紅緒。
「っ、だからどうして君は大事な部分だけそううっかり聞き逃すかな!?」と、リゼ。
「ににー」と、チビクロ。
「笑うな、このクソバカチビ猫め」と、リゼ。
「チビクロを苛めないで」と、紅緒。
「苛めてないよ!?」と、リゼ。
「はい、じゃあ、ケンカはここまでです。あとは、本編とはまったく関係なくもないけれど、本編を知らなくても読める番外編小話をお楽しみくださいませ」と、紅緒。
「尚、感想・コメントは常時受付中です。お声をかけて下さったら嬉しいみたいです」と、リゼ。
「はい、よくできました。ご褒美に、今日はリゼの好きなものを作ってあげる」と、紅緒。
「僕、ベニオのごはんはなんでも好きだよ。だから一生、作ってほしいな。僕だけのために……」と、リゼ。


 紅緒がなんて答えたのか。
 それはチビクロだけが知っている。


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【2016/08/10 05:38】 | 愛してると言いなさい
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愛してると言いなさい 人物紹介です。
*小説家になろう様より、移行しました。

 登場人物紹介

主人公     相良紅緒(サガラ・ベニオ)
大魔法使い   リゼ・クラヴィエ
王子      ジークウィーン・テラ・リュッセル・ダスタ・フォーン
王子側近    カトレー・ヴァン・クローデル
王妃侍女    アルディ・ドォワ・デューイ
リゼの第四弟子 ラヴェル・イングレッサ
紅緒専任侍女  ジーチェ・タージュ
王側近     ダナン・ジェ・バードテラー
王       アワード
王妃      カルバロッサ
王太后     アビオン
紅緒のペット  チビクロ(契約の猫)
リゼの所有物  テス&サジェ(双頭の竜)
リゼの愛馬   サロー
惑乱の魔法使い ルシター・スニ


個人情報(キャラクター・データー)


一 相良紅緒

名前 相良紅緒(サガラベニオ)
性別 女
年齢 24歳
身長 160センチ
体重 47キロ
人称 私
容姿 黒髪(陽に透けると藍色の髪)・長め、黒瞳
服装 シンプルなもの。主にラミザイ着用。
   

二 リゼ・クラヴィエ

名前 リゼ・クラヴィエ
性別 男
年齢 不明
身長 202センチ
体重 92キロ
人称 僕&時々・俺
容姿 長めの金髪・紐で無造作に束ねている。切れ長の紺青の双眸
   意地悪そうな薄い唇、潔癖な感じの高い頬、筋の通った鼻孔。
   腹黒いのに爽やか系の美形、腰が高くて、脚が長い、細身の八頭身
服装 黒系のラミザイ。理由・実験で汚れて目立たない
出身 不明
地位 大魔法使い・金剛石の杖がその証(普段は眼に見えないよう隠している)
   弟子が4人。四ヶ国に1人ずつ在住
   ダスタ・フォーン国では第二十一位の大貴族


三 王子 ジークウィーン・テラ・リュッセル・ダスタ・フォーン

名前 ジークウィーン・テラ・リュッセル・ダスタ・フォーン
性別 男
年齢 21歳
身長 204センチ
体重 96キロ
人称 私
容姿 銀髪紫瞳・短めの髪・切れ長の瞳・冷たく硬質な印象の美形
肩幅はひろめ・鍛えた肉体
服装 黒い衣装を好む・黒いベルト・黒い長剣・額に黒い飾り帯・左手中指に指輪
出身 ダスタ・フォーン
地位 次期王位継承者


四 カトレー・ヴァン・クローデル

名前 カトレー・ヴァン・クローデル
性別 男
年齢 27歳
身長 210センチ
体重 98キロ
人称 私
容姿 金髪青瞳・長めの髪・細身の八頭身
洗練された物腰と華やかな雰囲気、泰然自若な笑顔が武器
服装 色々
出身・家族構成 東ゲノーシズ出身。両親祖父母健在・長兄・弟・妹がひとりずつ
地位 第25位の大貴族
   ジークの側近。幼馴染。兄弟同然に育つ


五 アルディ・ドォワ・デューイ

名前 アルディ・ドォワ・デューイ
性別 女
年齢 17歳
身長 160センチ
体重 43キロ
人称 私・アル
容姿 金髪(くるくる髪)・緑の瞳・華奢・美脚
服装 スィーラ
出身・家族構成 南レナンネイ出身。両親健在・長女・幼い弟がひとりいる
        故郷に生まれながらの婚約者あり
地位 第34位の大貴族
   王妃付き侍女・王妃のお気に入り
現在紅緒の交際指南支援中



六 ラヴェル・イングレッサ

名前 ラヴェル・イングレッサ
性別 男
年齢 不明
身長 210センチ
体重 97キロ
人称 私
容姿 茶髪茶瞳、片眼鏡(モノクル)
服装 濃緑のラミザイ・涙型の銀の耳環
出身 不明
地位 リゼの第四弟子・正規の宮廷魔法使い


七 ジーチェ・タージュ

名前 ジーチェ・タージュ
性別 女
年齢 26歳
身長 177センチ
体重 69キロ
人称 私
容姿 長い金髪を編み込み、きっちりまとめた、冷静な琥珀色の瞳
服装 シンプルなラミザイ
出身・家族構成 北エバアル出身。父健在・兄二人、弟妹一人ずつ。
        長男は家業を継いで、次男は軍所属。
        弟は就学中、妹は嫁いでいる。
地位 ベニオの専任侍女
基本・カルバロッサの専任侍女。お気に入り。
16歳のときから王宮勤め。18のときに王妃付き侍女として昇格



八 ダナン・ジェ・バードテラー

名前 ダナン・ジェ・バードテラー
性別 男
年齢 31歳
身長 200センチ
体重 92キロ
人称 私
容姿 濃い金髪・濃緑の三白眼・顎先に生やした髭
肩幅もひろく、顎や首回りががっちりした野性味のある風貌
おだやかな口調・曖昧な胡散臭い微笑・緩慢だが隙のない動作・危険な気配
服装 好きな色は真紅・やや着崩すのが好き
出身・家族構成 西のイーヴル出身。両親健在・やや不仲。歳の離れた弟がいる
地位 第二十二位の大貴族の称号
   国王アワードの側近・地方内政を担当


九 アワード

人称 余
年齢 49歳
容姿 老け顔・銀髪紫瞳、陽に焼けて筋骨たくましい
服装 王族にのみ許された紫衣・銀細工の肩布
地位 ダスタ・フォーン国第九十三代国王


十 カルバロッサ

人称 わたくし
年齢 ?歳
容姿 切れ長の紫の瞳・泣きホクロ・銀髪
地位 王妃

十一 アビオン

人称 アタシ
年齢 推定年齢七十歳
容姿 豊かな銀髪・紫の瞳・厚化粧
   波打つ肉襞・四角い顔・巨躯・顎から垂れた肉で首・顔身体の面積も三倍
服装 王家の紫のスィーラ・金の肩布・金の装飾品・頑丈そうな太い杖
地位 王太后


十二 チビクロ

性別  オス
守護族 契約の猫
言語  に
定位置 紅緒の左肩


十三 テス&サジェ

種族 双頭の竜
能力 炎と熱を吐く
性格 右側の竜、テス。冷静。
   左側の竜、サジェ。苦労性。


十四 サロー

リゼの愛馬


十五 惑乱の魔法使い ルシター・スニ

不明

世界観設定

・大陸名ケルトライ
・ダスタ・フォーン国は小四ヶ国に分かれている(東ゲノーシズ・西イーヴル・南レナンネイ・北エバアル)
・魔法技術が現存している
・物語の舞台になっているのは、ダスタ・フォーン国の中枢である王都ラッセンシェル
・王制

 ダスタ・フォーンでは総資産力に応じて二年毎に貴族位が変動する。
 第一位から十位までは直系王家に属するもの。
 第十一位から二十位までは王家と縁故関係にあるもの。
 第二十一位から第五十位までは大貴族と呼ばれるもの。
 第五十一位から第八十位までは華貴族と呼ばれるもの。
 第八十一位から第九十九位までは豪貴族と呼ばれるもの。
 議会発言権を持つのは第九十九位までの豪貴族であり。
 王宮に直接籍を置き、国王への面会権がある“宮廷人”は華貴族までであり。
 側近として取り立てられる栄誉は大貴族の特権であった。

・1日は約30時間。朝・昼・晩と10時間ずつ区切られている
・1ヶ月は45日
・1年は春・夏・蒼(あお)・秋・冬 
*それぞれ春の一の月・春の二の月・春の三の月という具合に3ヶ月で1季節
但し、蒼はおよそ3日間。蒼の夜が明けるまで祭りは催される特別な日
・現在は夏の一の月が終わったところ(第四章まで)。

・月は全部で4つ。
*春・夏・蒼・秋・冬の季節ごとに、月が、1つ・2つ・蒼・3つ・4つの割合で昇る。いまは季節が夏なので、天空に見える月は2つ

・蒼という季節は特別で、夏から秋にかけての季節の変わり目に、ほんの3日間ほど日食が起こる。同時に世界を覆う闇は蒼く染まり、夜には蒼月が昇る。蒼の夜(カルツェ・ナーダ)。
・この蒼い闇と蒼い月が支配する期間は各地で大々的に蒼月祭(カルツェス・ファルダ)が催される。国民の休業日。

・平均身長が成人男性の場合はほぼ2メートル、女性でも180センチくらいが普通で、紅緒の160センチというのは、14、15歳ぐらいに見られる。
・容姿はかなりさまざま

・こちらとあちらの行き来にタイム・ラグはない
つまり、転移した瞬間の日時に戻れるということ
例)1月1日0時に現代から異世界へ転移 →
帰還の際は    異世界から現代へ転移 →1月1日0時 元の場所へ


都市設定

・王都ラッセンシェル 当初から緻密な構想のもとに計画された都市
・市街の中央に建つのが王宮・通称レンヴァルツ宮殿

・王宮は四棟から成る。
 王と王妃、それに王子の居室があり、執務室のある本棟。
 王宮で働く労働者のための、左翼棟。
 国王夫妻並びに王子の側近であり、更には国務の舵取りをする宮廷人のための、右翼棟。
 王室礼拝堂のある正面棟。
 そして、警備や憲兵、親衛隊、近衛兵他、軍事を司る兵舎である別棟。

衣装

・標準服ラミザイ やや格式の高いサラエン 貴族服スィーラ 


女性交際指南役関連

・役職 女性交際指南役=交際指南役
・第二書斎室
・講習会
・午後二時から二時間
・完璧なる王子計画 紫の紐で綴じられた薄い小冊子。表紙にはダスタ・フォーン語でそう書かれている。
・カルバロッサ王妃発案


 改訂版 完璧なる王子計画

<正しい結婚をするための七つの課題>
一、挨拶をしましょう(笑顔を大事に)
二、眼を見て会話をしましょう(感じよく)
三、お茶を飲みましょう(振る舞いは適切に)
四、デートをしましょう(手を繋いで)
五、ダンスに誘いましょう(キスは優しく)
六、口説いてみましょう(告白は真剣に)
七、求婚をしましょう(心を込めて!)

役割分担
・紅緒   → 監督権、お世話係
・アルディ → 貴族の礼儀作法
・カトレー → 良きお手本
・ジーチェ → 殿下の使用人に対する態度矯正のための練習相手


挨拶

・男性の場合―貴族の挨拶は、相手が同性の場合は握手。女性の場合は指にキス。
・親しくなったら、同性の場合は軽く抱擁、女性の場合は頬にキス(その場合感情を表に出してはいけない。失礼にあたる)。
・女性の場合―挨拶の相手が親しくない同性の場合は、お辞儀。親しい間柄の場合は、軽く抱擁。

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【2016/08/10 05:36】 | 愛してると言いなさい
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