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エミオン・三 わからないひと

 おはようございます、安芸です。

 愛してると言いなさい・3 発売になりました。
 のちほど近況報告としてお知らせいたします。
<< 前の話 


 なにを言っているのだろう。

 エミオンは唖然とした。
 本当になにを考えているの、このひとは。誰にも渡さない? セリフをそのまま受け止めるのであれば情熱的に口説かれているようだ。
 だが相手がゼクスでは、そんなことはありえない。
 エミオンを見る眼は寒々しく、温かな情などない。冷たいまなざしに射殺されそうだ。
 思えば――ずっと昔、幼い頃からゼクスの視線を感じていた。ふと気がついて振り向けば、いつも見つめられていた。
 冷たく凍りついた、それでいてなにか物言いたげに細められた瞳。
 放っておいてほしいし、放っておきたいのに、いつまでもじっと見つめられるものだから気になって仕方ない。
 がまんできなくなって、エミオンがゼクスに詰め寄り、「用があるならさっさと声をかけてください」と告げても「用などない」とにべもない答えが返される。
 そんな無意味なやりとりをもう何度繰り返したことだろう。
 私のことが嫌いならば近づかなければいいものを、だがゼクスはことあるごとに身辺に出没し、ひとの嫌がることをしてエミオンを怒らせるのだ。

 ――負けるものか。

 エミオンはゼクスを睨み返した。
 なぜ執着されるのかはわからない。訊いてもまともに答えてはくれないだろう。
 まったく不意に、エミオンはゼクスのために死のうとしたことがばかばかしくなった。
 軽く手を広げ、背中に侍女のチャチャを庇う。エミオンはキッ、と威嚇の眼光を放ってゼクスと対峙した。

「チャチャ――私の侍女にもその家族にも手を出さないでください。私も二度とこのような真似をしないと誓いますから」
「本当に?」
「本当です」

 誓いを証明しろと言われたらどうしよう、と考えたがそんなことは言われなかった。ゼクスはエミオンが拍子抜けするほどあっさりと頷いて、言った。

「わかった。あなたを信じよう」

 すっくと立ち、そのままゼクスは寝室を出ていった。
 去り際、一度だけ振り返る。

「……」
 
 無言の凝視の意図を読み取れない。
 どこか傷ついているように見えたのは、たぶん気のせいだろう。
 ゼクスの足音が遠のいて、エミオンはようやくひと心地ついた。途端に激しく咳き込む。緊張の糸が切れたのだ。喉が焼けるように痛い。
 すぐにチャチャが水のおかわりを持ってきた。

「傷の手当てをいたしませんと。痕など残っては大変です。お医者様を呼んで参ります、お嬢様は横になられていてください」

 てきぱきとチャチャが動く。外見の印象より機敏で有能な侍女なのだ。
 部屋を出ていったと思ったらチャチャが引き返してきた。オレンジ色のラクの実を盛った器を両手で抱えている。

「お召し上がりになりますか?」

 果実を眼にした途端、クー、と腹が鳴った。
 身体は正直だ。めまいを覚えるほどの空腹感をおぼえて、エミオンは器を受け取った。

「ええ」

 ラクの実は大好物だ。喉は皮膚が擦れて痛むがゆっくり咀嚼すれば大丈夫だろう。
 エミオンはさっそくひときれ口にした。みずみずしい。甘い果汁が胃に沁みる

「すごくおいしい……これ、チャチャが持ってきてくれたの?」
「いえ、ゼクス殿下の差し入れにございます」

 にわかに呼吸不全を起こす。
 まさか毒は入っていないだろうが……。
 エミオンの懸念をチャチャが察したようで、あわてて言い添える。

「毒は入っておりません。私が味見をしました」

 エミオンは戸惑った。

 なぜ私の好物をゼクス王子が知っているのだろう?

 エミオンは若いのに老成したゼクスの顔を思い出す。
 意地悪でそっけなくて気遣いなど無縁なほど冷たいくせに、差し入れ?

「どういう風の吹きまわしなの……」
 
 懐疑的に呟くと、横からチャチャが深い安堵の吐息をついた。

「でも、ギリギリ間に合ってようございました。お嬢様のお命が助かったのはゼクス殿下のおかげです。もしあのとき殿下がお部屋を訪ねてくださらなければお嬢様は……」

 チャチャの声に怯えが混じり、しりすぼみになる。
 エミオンもいまごろになってじわじわと恐怖が込み上げてきた。

「お願いにございます。もう二度とこのようなおそろしいことをなさらないでくださいまし。お嬢様の身にもしものことがあれば、チャチャは、チャチャは……」

 エミオンに嘆願しながらチャチャは泣き崩れた。エミオンもつられて泣いた。二人で身体を寄せあってしゃくり上げる。
 先行きの見えない不安に押しつぶされそうだ。

 ――家に帰りたい。
 ――見合いなど望むのではなかった。

 後悔しても手遅れだ。
 エミオンは嗚咽を漏らした。
 この結婚はわからないことだらけだ。
 唯一はっきりしていることは、ゼクス王子と円満な夫婦になどなれない――ということだけだ。
 



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では、物語が少しでも皆様の心に届きますように……。

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