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エミオン・四 小さな思い出

 こんばんは、安芸です。
 
 ゆっくりめの更新であるにもかかわらず、お付き合いいただける皆様に感謝いたします。
<< 前の話 


 エミオンは七日間、部屋から一歩も出なかった。
 色々な意味で気力を失い、なにをするのも億劫で、ひどく疲れていた。
 さいわいにも、救出と傷の手当てが早かったことが功を奏したのか、首吊りの痕跡はきれいに消えていた。
 エミオンはほとんどベッドに伏せったまま無為に時間を過ごした。
 最初の数日は、ゼクスが夜に訪ねて来るのではないかと戦々恐々としたものの、まったく音沙汰がないので、そのうち、この結婚は間違いだったと認め、家に帰してくれるのではないかと期待を抱くようになっていた。 

「お嬢様、なにかお召し上がりになりませんと」
「食べたくないの」

 チャチャがエミオンの体調を気遣い、食事を運んできてくれるのだがほとんど手をつけずに残す。そんなことを繰り返すうちにだいぶ食が細くなって、気がつけば、自分でも驚くほど痩せていた。

 だが――いつまでこうして伏せっていても、はじまらない。

 病で身体を壊しても、結局は自分がみじめになるだけだ。それはなんだかゼクス王子に負けたような気がしてならない。
 自分でもなぜこれほど反発を抱くのかわからないが、なんにせよ、ゼクス王子に負けることだけは自分で自分が許せない気持ちになるのだ。
 肩を丸めて、とぼとぼと昼食を下げようとするチャチャを「待って」と引き止める。

「やっぱり……食べます」

 少しでも食べないと、体力は落ちる一方だ。

 席につき、食膳を前に胸を撫で下ろす。豆の冷たいスープと野菜とチーズを挟んだパン、蜂蜜入りのヨーグルト。どれもエミオンの好物だ。
 ゆっくりと手をつける。よく噛み、のむ。黙々と食す。傍らでチャチャが固唾を呑んで見守ってくれている。
 食べながら……エミオンは泣いていた。
 こんな寂しい食事はしたことがない。家ではいつも食卓は家族と囲むものだった。にぎやかで、笑いにみちていたものだ。

「これからずっと、私ひとりで食事をするの……?」
「お嬢様」

 おろおろとチャチャがエミオンを慰めようとするが、言葉は続かない。
 エミオンは涙を拭いながら食事を終え、不意に思い立って、庭に出てみることにした。
 七日ぶりに部屋から出ると、扉番をしていた二人の女騎士はハッと表情をあらため、どこか安堵したように口角をゆるめて、一礼した。

「外を少し散策したいのだけれど」
「お供いたします」
「案内してもらえますか」
「はい。どうぞこちらです」

 導かれるまま庭園に出た。広い。王宮正面の優雅な大庭園とは違い、こちらは素朴なつくりになっていた。雑草はきちんと刈り取られているものの、木々は自然と伸びるままに緑をしたたらせ、花壇はエミオンの好きな白い花で埋め尽くされている。
 ひときわ立派なカゼッタの大樹の太い枝にはひとり乗りのブランコが吊り下げられていて、近くにいってよく見ると、どうやら手造りのようだ。

「……」

 揺らしてみる。

「……」

 エミオンは勝手に自分が乗ってもいいものかどうか逡巡したものの、女騎士たちに止められなかったので、おそるおそる、腰かけた。体重で吊り紐が切れやしないかとハラハラしたものの、大丈夫そうだ。
 少し地面を蹴る。キィ、キィ……と優しい音をたててブランコは前後に揺れる。
 木漏れ日がまぶしい。
 風は穏やかで心地よく、エミオンは深呼吸した。久しぶりに気持ちが晴れていく。よく見ると、鮮やかな翅の蝶が花々を渡り、シッポのふさふさしたリスが小走りに駆け、鮮やかな羽の小鳥が餌箱と水場にたむろしていた。
 いつまでも飽かずに眺める。
 しだいに心が安らいでいく。

「……」

 ブランコを漕(こ)ぐ。
 そういえば、と記憶を辿る。
 昔、まだほんの幼い頃――あれはそうだ、まだゼクス王子と出会って間もないときだ――屋敷を訪れていたゼクス王子とクアン兄様とエミオンの三人で、庭のブランコで遊んでいたときのことだ。
 誰が一番遠くまで飛べるか、と競争し、エミオンが失敗して落ちた。そのままブランコに轢かれて頭をぶつけたのだ。びっくりしたのと痛いのとでエミオンはワンワンと泣きじゃくり、ゼクス王子とクアン兄様があわてて駆け寄ってブランコを止めてくれたので二度目の難は逃れることができたものの、あれ以来、ブランコで遊ぶのをやめた。そしていつのまにか庭からブランコは姿を消していたのだ。
 懐かしく思い出す。
 ブランコは大好きだった。好きだったからこそ、痛い目に遭って、なんだか裏切られた気がしたものだ。
 エミオンは小さかったのでブランコはまだうまく漕げなかった。代わりに背中を押してくれたのは、ゼクス王子とクアン兄様だ。あのときも力いっぱい大きく揺らしてくれて――結果はひどいものだったが、途中まではとても楽しかった。
 空を近くに感じ、風を切って――。
 幼い笑い声の幻聴に、ふと哀しみをおぼえる。
 確かにたのしい時間もあった。いったいいつから苛められるようになり、ゼクス王子を避けるようになったのだろう。
 エミオンは鬱々と溜め息をついた。
 悩んでも仕方のないことだ。昔はともかく、いまは不仲なのに変わりない。
 だが、他の件はともかく、ゼクス王子は庭づくりに関しては趣味がいい、とエミオンは素直に認めることにした。


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