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 こんばんは、安芸です。

 まもなく第一章終了です。
 引き続きよろしくお願いいたします。
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「……」

 ゼクスは木陰からエミオンの様子を窺った。
 よかった……心配していたよりも体調はよさそうだ。顔色はまだ冴えないものの、日光や涼風にあたって少しは元気が出たように見える。
 エミオンが外出したと知らせがあってゼクスが駆けつけると、エミオンは庭に散歩に出たあとだった。
 足取りは七日も引きこもっていた割には、危なげない。
 エミオンはブランコを見つめて懐かしそうに触れた。地面を軽く蹴ってブランコを漕ぎ、物思いに耽るさまはもの寂しげで、ゼクスは慰めたい衝動にかられた。
 こんなにも嫌われてさえいなければ、声をかけて他愛のない話などしながらブランコの後ろに立ち、昔そうしたように背を押すことができるのに。
 そうすることができない自分をゼクスは罵った。他の誰のせいでもない、エミオンに近づけないのは自業自得である。
 緑色の精彩を欠いた瞳で、エミオンは空の彼方をただぼんやりと眺めている。やわらかな羽のように長い豊かな金髪はもうすこしで地面を掃きそうだ。
 ゼクスは腕を組んで脚を交差し、木に凭れかかった。そのまましばらくエミオンを見つめ続けた。なにもできなくても傍にいたかった。こうしてエミオンの顔を見ていられるだけで幸せだった。飽かずに何時間でも過ごせた。

「エミー……」

 幼少のみぎりのエミオンの愛称をふと口にする。
 あの頃はケンカしてもすぐ仲直りできた。エミオンは「ゼクス」と呼べず、いつも舌足らずの声で「ゼクシュ」と呼んでいた。
 ゼクスはそう呼ばれるたびに嬉しさに心が浮き立ち、エミオンのためになんでもしたものだ。木のぼりをし果実をもぎ、花を摘み、蝶を追いかけ、鳥を捕まえ、土を掘り宝物を埋め、川へ飛び込み魚と格闘し、草の海で朝露をすくい、夜には星を引っ張ろうと真剣に手を伸ばしたり、輪にした縄を投げたり、高く跳ねたりした。
 いま考えると、とてもばかげているが、当時はしごく必死だった。エミオンが一番きれいな星が欲しいと泣きじゃくったので、クアンと二人、どうにか手に入れようとあれこれ画策したものだ。
 エミオンの笑った顔が見たくて。
 ただそれだけのために生きていた。
 そして十二年経ったいまも昔と変わらない自分がいる。

「そこでなにをなさっているのですか」

 不意に背後から声をかけられてゼクスはハッとした。
 エミオンの侍女――チャチャといったか――が不審そうに探るような眼で立っていた。
 ゼクスは機敏な動作で動いた。チャチャの口を手で塞ぎ、エミオンからは死角で見えない木陰に引っ張り込む。抵抗しようとしたので「静かに」と黙らせて、相手が頷くと、ゼクスは眼でこの場を離れるよう合図した。
 エミオンには気づかれないようにそっと退散する。もしこんなところを見咎められたらまた不快な思いをさせることになり、ますます嫌われるだろう。それはゼクスにとっても本意ではない。
 チャチャの雄弁な視線は説明を求めていたが、ゼクスは正直にエミオンを盗み見していたとは告白しがたかった。
 不仲であるとはいえ、正式な夫婦なのだ。であるにもかかわらず、どこの世界に妻をこっそり眺めて満足している男がいるだろう。情けないにもほどがある。

「……エミオン姫は、なにか不自由などされていないか」

 一切の釈明をせず、ゼクスはぶっきらぼうに訊ねた。

「不自由、というのではないのですが……」
「なんだ、なにかあるのか。あるならば申せ」

 ためらいを見せたあと、チャチャは腰の位置で手を結び、言った。

「……お食事をおひとりでされたくないようでございます」

 理解するのに一秒かかった。

「なぜだ」
「寂しいのでございましょう。ご実家ではご家族の皆様が揃ってお食事されていましたので」

 ゼクスは眼をパチパチさせた。告げられた話の内容に面食らっていた。ゼクスにとっては、食事は食事、それ以上でも以下でもなく、ただ日常のひとこまであるにすぎない。家族でとろうが、ひとりでとろうが、仕事の一環としてとろうが、同じである。
 だがエミオンにとっては違うのだろう。

「わかった。その件については善処する」
「よろしくお願いします」

 チャチャは優雅で品のいい一礼をした。無駄口を叩くこともなく、ゼクスの身分におもねることもせず、振る舞いに粗野な点がみあたらないことといい、若くとも、傍仕えとしての教育が行き届いている。
 ゼクスは率直にいつかの非礼を詫びた。
 エミオンがここへ来た当日、チャチャを引き合いに脅迫じみた行為をしてしまったことをずっと悔いていたのだ。

「あのときはああ言ったが……あなたに非道な真似はしない。無論、親戚、縁者の方にも。だからどうか、これまで同様、エミオン姫をくれぐれも頼む」

 ゼクスが頭を下げるとチャチャはびっくりしたようで、慌てふためき言った。

「頭をお上げくださいませ! 王子殿下ともあろうお方が一介の侍女にそんなことをなさってはいけません」
「許してくれるか」
「許すもなにもございません。それに私はお嬢様のお世話をするためにこちらに参りました。至らぬ点もありましょうが、これからも誠心誠意、お仕えしたいと思います」

 あらためて臣下の礼をとるチャチャにゼクスも好感を抱いた。
 真面目で一途、エミオンが信頼して傍におきたがる気持ちが少し理解できた。
 二人の間の空気が和らいだそのとき、背後から張り詰めた声が飛んだ。

「チャチャに近づかないでください!」

 血相を変えたエミオンがサッと割って入った。チャチャを背に庇い、ゼクスを睨みつける。

「お待ちください、お嬢様」
「チャチャには手出ししないと約束されたはずです。なにかご用があるなら私に直接お申し付けください。こんな陰でこそこそ脅迫など、卑怯でしょう」

 とんだ誤解だ。
 だが誤解される己にこそ非があるのではないか、とゼクスは自己嫌悪に滅入りながら、弁明を試みようとするチャチャを眼で制して、エミオンをじっと見た。

「……あなたが思ったよりも元気そうで、なによりだ」
「寝てばかりは飽きました」
「泣いてばかりの間違いだろう」

 腫れぼったい眼とむくんだ顔がなによりの証拠だ。
 エミオンはいっそう険しい表情になった。ゼクスの指摘が気に入らなかったらしい。

「殿下こそ、認められたらどうですか。この結婚は間違いだと。嫌いな女を妻にするなど正気の沙汰とは思えません」
「あなたこそ、もう逃れようもないと認めたらどうなのだ。たとえ間違いでもなんでも、あなたの意にそまぬ結婚であろうと、もう遅い。あなたは私の妻で、私はあなたの夫だ」
「書類の上では、でしょう」
「既に国の内外に通達している。公の場においても、あなたは私の正妃だ」

 エミオンが息を呑む。震える瞳が衝撃に打ちのめされて暗くなる。わかっていたことだが、喜びの色は一片もない。
 いたたまれなくなって、ゼクスは背を向けた。そのまま黙って去ることもできたのだが、どうしても言わずにはいられなかった。

「あなたは、嫌いな男の妻になどなりたくなかったのだろう。わざわざ私以外と指定して、見合いを望んだほどだしな。私は、あなたに嫌われている。それは、わかる。だがわかっていても……どうしても、私はあなた以外を選べなかったのだ。すまない……」

 詫びるつもりなどなかった。
 しかしポロッと口を衝いて出てしまった。
 許してなどもらえないというのに。
 ゼクスは自分の言葉に傷つきながら、引き止められないことをいいことに、とぼとぼとその場をあとにした。


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2012.08.25 / Top↑
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