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プロローグ 心当たりはあります

目次



「困っているのだ」
「僕、忙しいんです。用件は? くだらなかったら帰ります」
「聞いてくれ! 深刻なのだ。余はこのままでは孫の顔どころか嫁の顔も見られんのだ!」
「またその話ですか」

 リゼはうんざりして言った。
 自宅兼研究室に緊急呼び出しがあったのは、つい先程のこと。
 大魔法使いリゼ・クラヴィエは実験を取り止め、王宮最奥にひっそりと隠された秘密の間に駆けつけたところ(正確には転移した)、いきなりわっと縋られた。
 憔悴し、やつれた顔で泣きごとをこぼすのはダスタ・フォーン国第九十三代国王、アワード。
 銀髪紫瞳、陽に焼けて筋骨たくましく、王族にのみ許された紫衣をゆったりと纏い、銀細工の肩布を斜めにかけている。その風貌は四十九という実年齢よりも、ゆうに十は老けて見えた。
 思慮深く、機知に富み、戴冠後これまでのところは統治者として優れた裁量を発揮している。堂々たる威厳と貫禄を備えたアワードだったが、自分の子供に対してはただの親ばかだった。

「またではない! 余は本当に困っている。助けてくれないか。友達だろう」
「男同士の友情はあてにならないんです」
「いや、おまえに限ってそんなことはない」

 ひた、と見つめられてリゼは渋面をつくった。「ち」と舌打ちして、腕を組む。

「……来る日のお妃選びに備えて王子の女嫌いを治したいと、そんな話でしたよね」
「いや、女性が嫌いなわけではない。ほんの少しだけ、女性不信と言うか――」
「交際指南役の女性を百人もクビにすれば、立派な女嫌いでしょう。それで、僕にどうしろと? 言っておきますけど、『女好きになる薬』なんてくだらないものを調合するのはごめんですから」
「そうではなく、有能な人材を紹介して欲しいのだ」
「人材?」
「そう。王子と言う身分に気後れせず、余計な下心もなく、真面目で信用のおける、そんな女性が必要だ。仕事は息子が女性と普通に交流――いや、軽く交際できるくらい女性に慣れ親しめればそれでいい。できれば、そうだな、秋までに」

 リゼは口に手をあてた。
 ぽわん、とひとりの女性を思い浮かべる。明るくて元気で真面目で親切で優しくて、ちょっと鈍感で。家事が得意で世話焼きで面倒見がよくて、少しそそっかしい。表情がころころ変わるところも、よく笑うところも、とてもかわいい――大切なひと。

「心当たりはあります」
「なにっ。本当か! ぜひ紹介してくれ」
「いやです」
「どうして!」
「誰にも会わせたくないんです」

 リゼはきっぱりと言い切った。心の真ん中で輝く笑顔。ふと思い出すだけで胸が温まる。

「彼女は僕の宝物です。命です。すべてです。かけがえのないひとです。すごく大事にしているんです。うっかり誰かに苛められたり、傷つけられたり、口説かれたり、惚れられて持っていかれたら、困るんです。僕のなんですから」
「貸してくれ! 絶対に返すから」
「ところが返したくなくなるひとなんです」
「そこをなんとか頼む!」
 
 アワードがおもむろに頭を下げた。リゼは眼を瞠った。一国の王のとる行動ではない。

「頼む、リゼ」
 
 リゼは押し黙った。逼迫した声に胸を衝かれる。アワードは傍目にも相当くたびれていた。よほど追いつめられているのだろう。

「約束する。息子が一般的に女性と交際できるようになり次第、すぐに返す。無論、賓客として扱おう。接近禁止令と緘口令(かんこうれい)を出し、新しい交際指南役に関わること一切の噂を禁じて、礼もする。それほど長い期間のことではない。秋まで――あと三ヶ月弱、この夏の間だけだ」

 藁にも縋るような目で見つめられ、ついにリゼは折れた。

「……わかりました。訊くだけ、訊いてみてあげます。引き受けるかどうかは彼女次第です。ただし、もし彼女が引き受けたとしても、絶対の絶対の絶対に、次のことを守ってくださいね」
「なんだ」
「悪さをしない、苛めない、傷つけない、引き止めない。全部きっちり守るといまここで誓ってください。でないと話は振りません。それでなくとも、僕はものすごく不本意なので」
「わかった。誓う」

 アワードと眼が合う。リゼは最後に凶悪な形相で脅しをかけるのを忘れなかった。

「……言っておきますけど、彼女の身に少しでもなにかあったら、ただではすみませんから。相手が誰であろうとなんであろうと、僕、完膚なきまでにやっつけますからね……?」

 すべて納得ずくで、力強くアワードが首肯した。

「それで、いつから?」
「慌てないでください。召喚しなきゃならないんです」

 沈黙が落ちる。アワードの眼が点になり、怪訝そうに頬が歪む。

「……召喚? って、まさか」
「ええ。異世界の住人なんです」

 リゼはもう一言付け加えた。

「僕の助手です」





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