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異世界からの召喚状・一

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 金曜の夜から土曜の夜明けにかけて、境界を越え、手紙が届く。
 それが届くと、どんなにぐっすり寝ていても、なんとなく眼が覚める。
 暗い部屋の中で、ホタルのように青白く発光する手紙は、異世界からの召喚状。


 相良紅緒(さがらべにお)は朝起きて、食事をすませ、いつものように身支度を整えた。
 膝丈のスカートと七分丈のカットソー。長い髪はまとめて結い上げ、鏡の前で軽く化粧をする。
 それからアパートの戸締りをすべて確認した。家電は留守録とファックス受信に切り替え、携帯は丸テーブルの上。パソコンの電源を落とし、外から覗けないよう、レースのカーテンを引く。
 持ち物は、二日分のお泊まり用具一式と万能通訳機能付き魔法のピアス。それから身分証兼緊急連絡用の指輪を嵌めて、足の疲れない靴を履く。

「あ。いけない、忘れてた」

 荷物に買っておいた猫じゃらしを付け加える。

「よし、行くか」

 ペーパーナイフで手紙の封を切る。半分に折られた用紙をひらくと、几帳面に綴られた異世界の文字がふわあ、と飛び出て来た。そのまま蜜にたかる蟻のように、文字はくるくると螺旋を描いて紅緒を取り巻く。
 紅緒は眼を瞑る。光が生まれる気配。何度味わっても、まだ眩しいと思う。
 そのまま音もなく連れ去られる。境界を超えて、空間から空間へ運ばれる一瞬のなんともいえない奇妙な浮遊感覚は、いつまで経っても慣れない。


 紅緒は眼を開ける。

「やあ、来たね」

 そこにいたのは、年齢不詳、やたらに見てくれだけはいい、大魔法使いリゼ・クラヴィエ。
 上背は二メートルくらい、腰が高くて脚が長い、細身の八頭身。長めのさらさらした金髪は紐で無造作に束ねている。切れ長の紺青の双眸、意地悪そうな薄い唇、潔癖な感じの高い頬、筋の通った鼻孔。腹黒いのに爽やか系のこの美形とのつきあいは、もうかれこれ四年になる。

「来ましたよー。あーあ、またこんなに散らかして」

 さいわい、あちらとこちらの行き来にタイム・ラグは生じない。出発した時間にそのまま戻るので都合がいい。 例えば、六月第三週土曜日の朝十時に出たら、たとえどれほどの期間をこちらで過ごそうとも、六月第三週土曜日の朝十時に帰れるのだ。
 だから「いたいだけいればいいじゃないか」とは、引き止められる常套句。でもそんなわけにもいかない。あまりにこちらに長いこといると、誰もいない部屋に帰るのもいやになるし、仕事に向かうのも億劫になる。やはり節度というものが大事だと、自分に言い聞かせるのもいつもの話。
 紅緒はここで、不定期に『魔法使いの助手』というアルバイトをしていた。
 まあ助手といえば聞こえはよくて、実のところは、簡単な筆記作業、調合の手伝い、使い走りや片づけ、食事の支度、家事全般など、ほとんど雑用係みたいなものなのだが。

「ンもう。本当にどうにかしなさい、その悪癖、この魔窟。片づける私の身にもなってください」
「片付けよりも先にごはんがいい。お腹が空いてるんだ。一昨日からなにも食べてなくて」
「だからどうしてそう不摂生な生活をするんです! あれほど三食きちんと食べなさいって言っておいたのに。誰のためでもない、自分のためなんですよ」
「僕の作るごはんはまずい。食べる気がしない。第一、面倒くさい」
「そう言う問題じゃないの! 身体に悪いと言っているんです」
 
 紅緒がぴしゃりとどやしつけても、なぜかリゼはとびきり嬉しそうで。

「私は真剣に心配しているのに……」
「……うん。ふふふふふふふふふふ」

 紅緒が怒って睨みつけているのに、唸るように含み笑いをし、顔を赤らめるリゼ。
 どうしてそこで照れるのか、わからない。

「だいたい、なにか作ろうにもまず買い物に……なに、この食材の山は」
「ん、今日あたり、君が来てくれるだろうと思って買い物はすませておいた。氷蔵庫にもたくさん入っている」
「……面倒くさがりやなくせに、こんなところばかりちゃっかりしてるんだから」

 紅緒は専用の白いエプロンをつけながら、厨房に立った。腕捲りをする。この家の厨房は紅緒の注文に合わせて魔法で改造されており、火も水も使い勝手がいい。調理器具も一通り揃っている。
 紅緒は食材をチェックした。はじめは馴染まなかった緑黄色、赤紫色、茶黒色な野菜も、調理法さえ間違わなければ、すべておいしくいただける。穀物は、米・小麦に似て非なるもの。肉は鳥類・哺乳類・爬虫類まで、種類豊富。魚は淡白な白身魚から竜魚と呼ばれる巨大魚まで、色々だ。
 あまりに違う食文化に対応するため、当初は近くの食堂に弟子入りした。それから腕を磨き、現在に至る。いまでは自分で肉も魚もなんなく捌ける。パンも焼けるし、お菓子もつくれる。そうしてわかったことといえば、異世界の『食』も、創意工夫さえすれば、なじみ深い『食』になる。紅緒はこれを、『もどき料理』と呼んでいた。

「ずっと待っていたんだ」

 厨房の入口に斜めに寄りかかり、じっとこちらを見つめながらリゼが微笑する。
 紅緒は野菜の水洗いをはじめながら、小さく肩を竦めた。

「たかが一週間ぶりじゃないですか」

 一週間、といっても、こちらの一日は約三十時間と長い。
 朝・昼・晩と十時間ずつ区切られているので時間配分はわかりやすいけれど、それでも元の世界時間と照らし合わせて正確に把握するのは面倒なので、紅緒は自分時間でカウントすることに決めていた。

「一週間は長いよ。僕としては、いつも君にいて欲しいんだから」
「私はあなたの奥さんじゃありませんので、いつもなんていられません。三日もなにも食べていないなら、胃に優しいものかな……鳥おかゆ食べる?」
「食べる」
「蒸し野菜サラダに、ホーホー貝はバターでソテーにでも。あ、ニンニクもあるなら、ガーリック・チップもつけようかな。ダチョウ卵プリン食べる?」
「食べる」
「はい、わかりました。じゃ、おとなしく座って待っていてください」
「あのさ……いつも君にいて欲しいっていうのは、本当の本当だから」

 紅緒は顔をあげてリゼを見た。吸い込まれそうなほど澄んだ深い紺青の眼は真剣で、一途で、真面目くさった態度がいじらしい。
 よほど飢えていたんだなぁ、と、リゼの心情とはまったく別の方向に解釈しながら、紅緒はかわいそうなものを見る眼で見やった。

「はいはい。大丈夫。心配しなくても、あなたみたいになにもできないひとを見捨てやしません。よっぽどひもじかったの? 作りおきのおかずが足りなかったから、そんなこと言うんでしょう?」
「えっ。ちがっ」
「次から、もっとたくさん作っておくね」

 なぜか、リゼは壁に手をつき、がっくりとうなだれた。
 紅緒が訝しげに小首を傾げる前で、遠くを見る眼でなにか言いかけたものの、やがて諦めたように、ふやけた微笑を浮かべる。

「……うん、ぜひそうして」
「了解です」
「ははは……ちっ、なんでこんなにニブいんだ……」

 リゼが大仰に「はーっ」と溜め息をつく。
 紅緒はそれをごはんの催促と受け止める。「まかせなさい」と罪なく笑って、やる気のある握りこぶしポーズを決めて見せた。



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