オリジナル小説サイトです。新刊書籍 王宮書庫のご意見番 恋するきっかけは秘密の王子様 発売中  異世界の本屋さんへようこそ! 全3巻 & 既刊 愛してると言いなさい全4巻 アルファポリス様より発売中です。よろしくお願いいたします
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 リゼの自宅兼研究室は、はっきり言って、物が多すぎる。
 一応一軒家だが、居住空間はセミダブルサイズのベッドの上と厨房と食事場所だけ。あとはすべて分厚い魔法書や怪しげな研究材料やいかにもな実験道具でしっちゃかめっちゃかだ。
 なので、紅緒の仕事はだいたいが整理整頓からはじまり、掃除、洗濯、食事の支度へと移行していくのだが、今日はまずリゼの食事を作ってから、片づけに取りかかった。
 家主であるリゼは、せっせと食べるのに忙しい。
 こちらの人間は平均身長が成人男性の場合はほぼ二メートル、女性でも一八〇センチくらいが普通で、紅緒の一六〇センチというのは、十四、五歳ぐらいに見られる。おまけにみんな、よく食べる。そのためか、気になる部分の発育具合が明らかに違っていて、年齢の割になんとも貧弱な体型に見られることは、既に諦めがついていた。
 そんな紅緒が食事中に眼の前をうろちょろすると気が散るのでは、と思うのだが、リゼはと言えば無神経にもほどがあって、

「いや、まったく気にならない。砂ネズミみたいで、かわいい」

 それが二十四歳の成人女性に対して真顔で言うことなの? と、紅緒は無言でこめかみに青筋を張りつけながら、手当たり次第に散らかったものを元の場所に戻していった。

「あのさ」
「お茶ですね」

 食卓上に並べたものがきれいに平らげられているのを見て、満足する。やはり完食されると気分がいい。なので、さっきの失礼な発言は水に流してやろうかな、と思う。
 紅緒はさっと動いて、手を洗い、少し前に蒸らしてあった茶葉に湯を注ぐ。茶器は自前で、こちらの土で紅緒が焼いたものだ。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」

 素焼きの不細工なそれをリゼは気に入っていて、お茶は決まってこれに淹れる。こちらのお茶は華やかな甘味のある茶葉が主流で、何種類か自家ブレンドしたものを常時切らさずに用意していた。

「ところでさ」

 お茶を啜りながら、リゼが歯切れの悪い調子で続ける。

「新しい仕事、するつもりある?」

 紅緒は食器を下げる手を止めた。

「それ、あなたの助手をクビってこと?」

 リゼが「げえほっ」と噎せる。それから叫んだ。

「断じて違う!」
「こら、食事中大声を出さないの。行儀悪い」
「ごめん……だけど君があんまり恐ろしいことを言うから」
「おおげさ」
「おおげさじゃない! 僕はもう君なしでは生きていけない身体なんだっ」
「はいはい」

 涙ながらに訴えるリゼに対して、紅緒はくすくす笑いながらさらりと聞き流し、訊いた。

「じゃ、別に仕事を増やすってこと?」
「うん、まあ、そうなるかな」
「断ってもいい?」

 こちらとあちらの行き来にタイム・ラグはないが、それでも時間が止まるわけではないので、疲労は過不足なく蓄積される。いくら体力に自信があると言っても、限度があるというものだ。
 紅緒は「実はね」と切り出した。

「もうすぐ会社の夏季休暇で、それに合わせて社員旅行があるの。ハワイに四泊五日。あんまり乗り気じゃなくて行くつもりなかったんだけど、上司に強く誘われていて断りにくいの」

 食卓を台布巾できれいに拭いていた紅緒の手首を、リゼが不意に押さえつけた。

「ハワイって?」

 間近にあるリゼの顔が心なしか険しい。紅緒は作業を続けようと手を抜こうとしたが、逆に握り締められる。

「リゾート地。海辺で水着を着てくつろいだり、お買い物したりするの」
「上司、って……男?」
「そう」
「水着、ってどんなの?」
「布面積が極端に少ない身につけるもの、というか、裸に近い恰好になるかな」
「は、裸っ?」

 リゼの引きつった喚声が裏返る。

「や、裸じゃなくて、胸とかお尻はちゃんと隠れるから大丈夫」
「だめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだ、絶対、そんなの、許さないぞ、俺は!」

 突然激昂したリゼに、紅緒はきょとんとした。

「『俺』?」

 リゼがはっとして、慌てて取り繕う。

「僕! 僕だった、僕だから! とにかくっ。僕は許しませんよ、そんなあられもない君を、他の男の眼にさらすなんて、冗談じゃあないっ」
「許すも許さないも、大人の付き合いってものがあるの。そもそも社員旅行だから――いいかげんに、手、放してください。痛いです」
「行かせない」



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 リゼの自宅兼研究室は、はっきり言って、物が多すぎる。
 一応一軒家だが、居住空間はセミダブルサイズのベッドの上と厨房と食事場所だけ。あとはすべて分厚い魔法書や怪しげな研究材料やいかにもな実験道具でしっちゃかめっちゃかだ。
 なので、紅緒の仕事はだいたいが整理整頓からはじまり、掃除、洗濯、食事の支度へと移行していくのだが、今日はまずリゼの食事を作ってから、片づけに取りかかった。
 家主であるリゼは、せっせと食べるのに忙しい。
 こちらの人間は平均身長が成人男性の場合はほぼ二メートル、女性でも一八〇センチくらいが普通で、紅緒の一六〇センチというのは、十四、五歳ぐらいに見られる。おまけにみんな、よく食べる。そのためか、気になる部分の発育具合が明らかに違っていて、年齢の割になんとも貧弱な体型に見られることは、既に諦めがついていた。
 そんな紅緒が食事中に眼の前をうろちょろすると気が散るのでは、と思うのだが、リゼはと言えば無神経にもほどがあって、

「いや、まったく気にならない。砂ネズミみたいで、かわいい」

 それが二十四歳の成人女性に対して真顔で言うことなの? と、紅緒は無言でこめかみに青筋を張りつけながら、手当たり次第に散らかったものを元の場所に戻していった。

「あのさ」
「お茶ですね」

 食卓上に並べたものがきれいに平らげられているのを見て、満足する。やはり完食されると気分がいい。なので、さっきの失礼な発言は水に流してやろうかな、と思う。
 紅緒はさっと動いて、手を洗い、少し前に蒸らしてあった茶葉に湯を注ぐ。茶器は自前で、こちらの土で紅緒が焼いたものだ。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」

 素焼きの不細工なそれをリゼは気に入っていて、お茶は決まってこれに淹れる。こちらのお茶は華やかな甘味のある茶葉が主流で、何種類か自家ブレンドしたものを常時切らさずに用意していた。

「ところでさ」

 お茶を啜りながら、リゼが歯切れの悪い調子で続ける。

「新しい仕事、するつもりある?」

 紅緒は食器を下げる手を止めた。

「それ、あなたの助手をクビってこと?」

 リゼが「げえほっ」と噎せる。それから叫んだ。

「断じて違う!」
「こら、食事中大声を出さないの。行儀悪い」
「ごめん……だけど君があんまり恐ろしいことを言うから」
「おおげさ」
「おおげさじゃない! 僕はもう君なしでは生きていけない身体なんだっ」
「はいはい」

 涙ながらに訴えるリゼに対して、紅緒はくすくす笑いながらさらりと聞き流し、訊いた。

「じゃ、別に仕事を増やすってこと?」
「うん、まあ、そうなるかな」
「断ってもいい?」

 こちらとあちらの行き来にタイム・ラグはないが、それでも時間が止まるわけではないので、疲労は過不足なく蓄積される。いくら体力に自信があると言っても、限度があるというものだ。
 紅緒は「実はね」と切り出した。

「もうすぐ会社の夏季休暇で、それに合わせて社員旅行があるの。ハワイに四泊五日。あんまり乗り気じゃなくて行くつもりなかったんだけど、上司に強く誘われていて断りにくいの」

 食卓を台布巾できれいに拭いていた紅緒の手首を、リゼが不意に押さえつけた。

「ハワイって?」

 間近にあるリゼの顔が心なしか険しい。紅緒は作業を続けようと手を抜こうとしたが、逆に握り締められる。

「リゾート地。海辺で水着を着てくつろいだり、お買い物したりするの」
「上司、って……男?」
「そう」
「水着、ってどんなの?」
「布面積が極端に少ない身につけるもの、というか、裸に近い恰好になるかな」
「は、裸っ?」

 リゼの引きつった喚声が裏返る。

「や、裸じゃなくて、胸とかお尻はちゃんと隠れるから大丈夫」
「だめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだ、絶対、そんなの、許さないぞ、俺は!」

 突然激昂したリゼに、紅緒はきょとんとした。

「『俺』?」

 リゼがはっとして、慌てて取り繕う。

「僕! 僕だった、僕だから! とにかくっ。僕は許しませんよ、そんなあられもない君を、他の男の眼にさらすなんて、冗談じゃあないっ」
「許すも許さないも、大人の付き合いってものがあるの。そもそも社員旅行だから――いいかげんに、手、放してください。痛いです」
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【2011/05/12 23:33】 | 愛してると言いなさい
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