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エミオン・六 他の誰のためでもなく

 こんばんは、安芸です。

 受難の恋 第二章開始です。二年後。よろしくお願いいたします。
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      エミオン・六

      

 結婚から二年が経った。
 ゼクス十八、エミオン十七。

 エミオンが王宮へ来た当初は南の棟(王子の住居棟)と南庭のみ外出を許された。面会も身内を除いてはほとんど認められず、会話ができるのは侍女のチャチャと二人の女騎士のみで(それも必要最小限だった)ずいぶん寂しい思いをしたものだ。

 経緯はどうあれゼクスの妻となったからには王妃陛下と国王陛下、それに二人の兄王子殿下にもご挨拶したいとエミオンは申し出た。
 だがゼクスは面会を渋り、なかなか会わせてもらえず、業を煮やしたエミオンはストライキを起こした。部屋に引きこもり断食宣言を出したのだ。
 ゼクスはすぐに飛んできて、「バカな真似はよせ」と扉の向こうで喚いた。チャチャが助け船を出し、ゼクスは懐柔された。

 エミオンはようやく国王ご一家(ただし第二王子ジョカ殿下を除く)に挨拶をすることができた。極度の緊張を強いられたものの、心配したほどのへまはしなかった。国王陛下も王妃陛下も諸手を上げてエミオンを歓迎してくれた。第一王子アギル殿下は特に喜び、「くれぐれも弟を頼む」と何度も念を押されたくらいだ。

 その間、ゼクスはいつにもまして不機嫌そうだった。
 特にアギル殿下と話していたときなどは露骨に睨まれ、最後に社交辞令を交わし別れるまで傍から離れなかった。

 以来、王妃陛下のお茶会にたびたび招かれることになった。
 お茶会でのおしゃべりは楽しかった。王妃陛下は気さくで面白い御方で、エミオンにとても親切にしてくれた。
 だがゼクスはいい顔をせず、決まって迎えに現れた。そのたびに王妃陛下からは「仲の良いこと」とからかわれたが、エミオンは「そうではないんです」とは言えなかった。

 ゼクスとは相変わらずだった。

 夕食は共にとるものの(そういえば手土産を持参するようになった)部屋は別、仕事仕事で滅多に休息を取らない。たまにふらりと現れてはこちらから話しかけるまで無言で居座り、気が済めば「また来る」と言い残して踵を返す。

 エミオンが厨房を借りて料理やお菓子を作っていると必ず立ち寄り、なんのかんのと理由をつけては味見して、ケチをつけるくせに物欲しそうに見るので不承不承取り分けると、「別に特別欲しくはないが」とか「仕方ないから食してやる」とか「料理は見ためじゃない」とかつべこべ言いながら、大事そうに容器を抱え満足したように帰っていく。

 その都度、だいたいエミオンはキレる。

「なんなのあれは。いらないなら持っていかなければいいでしょう」

 エミオンが憤然と言うとチャチャがやんわりと宥めにかかる。

「お嬢様の手料理ですもの、本当は召し上がりたいのですよ」
「だったら素直にそう言えばいいのに。どうしていつも一言多いの!」
「照れ隠しでは?」
「そんなわけないでしょう」

 ありえない。

 エミオンは塩を撒いた。清めの塩だ。厨房は食べ物を作る神聖な場所なのだ。不浄な空気はよくない。かっかしながらでは料理だっておいしくできないに決まっている。
 怒りを収め、気を取り直してエミオンは作業に戻った。
 今日は三種の野菜のキッシュに挑戦してみた。
 なかなかいい出来栄えだと思う。最初に焼いたものよりこっちの方がおいしそうだ。

「……これも届けて差し上げようかしら」
「それは喜ばれると思います」
「べ、別にゼクス殿下を喜ばせようとか、そんなんじゃないわよ? ただせっかくの試作品なんだし、どうせ味見をしていただくならやはり本人の方がいいと思うし――それだけなんだから」

 ちょっとむきになってしまった。
 エミオンは丁寧に切り分け、二切れ盛りつけた皿を蓋つきの容器に入れて直接ゼクスの執務室を訪ねることにした。

 あいにく(というか当然)ゼクスは執務中だったため、扉番を務める衛兵に差し入れの旨を告げて預け帰ることにした。
 ところが部屋に戻る途中、

「エミオン姫!」

 ゼクスが慌てた様子で廊下を走ってきた。

「あの」

 手にいましがたエミオンが運んだ容器をしっかりと抱えている。

「なんですか」

 わざわざ突っ返しに来たのだろうか。
 やや身構えてエミオンが眼で問い質すと、

「ありがとう」
「……え?」

 眼元を赤く染め、ゼクスが嬉しそうに笑っている。

「大事に、食す、から」

 そんなおおげさな。
 今度はエミオンが慌てた。

「試作品ですし。うまく焼けたかどうか、お訊きしたかっただけなんです。味がこれでよければ次はアギル殿下に召し上がってもらおうと思って――」

 ゼクスの顔色が変わった。

「……兄上?」
「あ、はい。前回お茶会のとき、アギル殿下にもお目にかかったんです。ちょうど王妃陛下に所用があったようで顔を出された際にキッシュがお好きと伺ったので――」
「……兄上のために作ったのか」

 声がだんだんと低く冷めていく。

「それは、そうですけど……あの、でも」

 エミオンは口ごもった。
 ゼクスが怒っている。
 気を悪くしたのかもしれない。
 余計なことを言ってしまった、とエミオンは後悔した。試作品は試作品でも、今日のこれはアギル殿下のために作ったわけではない。青野菜が苦手なゼクスのために考案した特別なレシピなのだ。

「あの偏食の弟が満足するようなおいしいものができたらぜひ私にもお裾分けして欲しいね。ゼクスも私もキッシュが好きなんだ」

 と冗談まじりにアギル殿下に囁かれ、「やってみます」とエミオンは請け負った。
 だから何日もかけてチャチャと一緒にレシピを考えた。
 ゼクスのために。
 だがゼクスは完全に誤解していた。

「兄上に差し入れは許さん。いや、他の誰にもだ。いいな」

 冷淡に言い捨ててゼクスはエミオンに背を向けた。


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