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異世界からの召喚状・三

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 ぐっと身体ごと引き寄せられて、両方の二の腕をがっちり掴まれる。斜め上から見下ろされたが、紺青の眼は怒っているように黒々と燃えていた。
 わけがわからず、紅緒は不可解そうに眉をしかめて身動(みじろ)ぎする。

「ちょっと力ゆるめて……なあに、急にどうしたの?」
「行かせないから、絶対」

 声に切羽詰まったものが混じり、ぎゅっと細められた眼は物思わしげで。その様子が狂おしく、あまりに必死だったので、紅緒は間もなくほだされた。

「わかりました、行きません」
「……本当に?」
「行かせたくないんでしょ?」
「うん」

 紅緒は溜め息をついて「しょうがないなぁ」と続けて言うことに。

「寂しがりやなんだから、もう」
「……は?」
「寂しいんでしょ? 置いていかれるのが」
「いや、まあ、君がいないならそりゃ寂しいけど……って! そ、そうじゃなくて。僕が言いたいのは、やたらと無防備に男の誘いに乗るなということであって」
「そんなにむきにならなくてもいいのに。ちゃんと帰ってくるし、喚ばれればこっちにも来るわよ。どうせならハワイ土産にマカデミアナッツでも買ってきてあげようと思っていたけど、リゼがそんなにいやがるなら、不参加申請しておきます」

 それでもまだ疑っているのか、不安そうな眼でじーっと見つめられるので、紅緒は「約束するから」と真面目に請け合った。渋々リゼが手を放す。紅緒はなにごともなかったように身体を離して、スポンジの代用品の海綿を手に、食器を洗い始める。

「……どうしたら君を帰さないですむかなあ」
「え?」
「ん、なんでもない――いや、なくはない。そうか!」

 突然、素っ頓狂に声を高く張り上げられて、紅緒はびくっとした。あやうくリゼ専用の茶器を落として割るところだった。半歩引いて身体を捩じり、リゼを非難のこもった眼で見る。

「急に大声出さないで。びっくりしたじゃない。どうかしたの?」
「うん。あのさ、さっきの話だけど」
「どの話?」
「新しい仕事」
 
 ああ、と紅緒は相槌を打つ。そういえばその件を持ちかけられて、なんだか話が逸れたのだ。

「実はその話を持ってきたのは、僕の友達なんだ」
「えっ。リゼって、友達がいたの?」

 間。
 沈黙が重い。
 先に謝ったのは紅緒だった。

「ごめんなさい。とっても失礼だった……でも、だって私、あなたのところに来て四年経つけど、誰にも紹介されたことなかったから、てっきりひと付き合いが嫌いなんだとばかり思っていたの」

 次にリゼも謝った。

「それは君との時間を誰にも邪魔されたくなかったからで……でも、そうか。確かに他の人間に紹介したことなかったな。ごめん」
「いいの。リゼに友達がいるってわかっただけで嬉しい」

 紅緒は正直に言って微笑んだ。つられたように、リゼもきれいな歯を見せて微笑する。

「友達は少ないけど、いる。本当に少ないけどね。僕がひと付き合い、というか、人間があまり好きじゃないのは本当のことだし。実際、そんじょそこらの有象無象はどうでもいい。ましてや大切な君を紹介するなんてもったいないことはしたくない。第一、他の野郎に見せた時点で手を出されるかもしれないし、そんな危険は冒したくなくて当然だろう?」
 
 熱のいったリゼの主張を、「ぷ」と紅緒は笑い飛ばした。

「私をそんな眼で見るひとなんていないわよ」
「いるだろう、ものすごく、あちこちに!」
「いない、いない」

 すると、リゼはムキになって指折り数えはじめた。

「いつも行く野菜屋の息子、香辛料屋の主人、情報屋の若造、郵便配達人、引きこもり貴族、辺境警備隊の奴ら、それに、それから、それと……」

 ぶつぶつと呟く姿は偏執狂のようで。
 紅緒は、「もしもし、リゼさん。戻ってきなさいよー」と肩を揺すった。

「はっ」
「うん、それで? また話が逸れたけど、あなたのお友達がどうしたの?」

 リゼは咳払いをした。深刻そうに長い息を吐き、睫毛を伏せる。

「困っているんだ、ものすごく。それで助けて欲しいと縋られてね、弱っている」
「リゼが助けてあげられないこと?」
「僕じゃだめだ。君じゃなきゃだめなんだ」
「なにそれ、どんなこと? 仕事の内容は?」

 真面目に聞こうと仕事の手を休めて、きちんとリゼに向き合う。だが身長の差がありすぎた。正面から眼を見たいのに、首を急な角度に傾けた不自然な立ち姿になってしまう。
 察したのか、リゼは手近にあった椅子を手前に引くと、背凭れを胸に抱えるように後ろ向きに腰かけた。さりげなく紅緒の手をすくい取り、きゅっと握り締める。

「僕の友達の息子の『女嫌い』を治してほしいんだ」
「『女嫌い』?」
「そう。話を聞くところによれば、相当ひどいらしいよ。母親以外とはほぼまったく口も利かない」
「それは……確かにひどいかな」
「だろう? 彼の父親がその行状を見かねて、女性交際指南役として百人雇ったものの、責任感の欠如から、全員もれなくクビ」

 紅緒は軽く眼を瞠った。

「それで、真面目で信用のおける人材を、誰か紹介してくれないかと頼まれたんだ」

 話を聞いた紅緒は、最初、半信半疑だった。いつものように、自分をこちら世界に引き止めたがるリゼの苦肉の策ではないかと、ちょっぴり疑ってかかってしまったのだ。
 だがリゼは至って真摯な顔で、紅緒の反応を窺っている。
 口から出かけた言葉を呑みこみ、考えてみる。結論は割とすぐに出た。

「それ、私じゃ力不足よ」
「そんなことはないだろ」
「あるの。つまりその、私、男性に女性とのお付き合いの仕方をレクチャーできるほどの経験値がないの。皆無に近いの。れ、恋愛なんて、ほとんどしたことないから……」

 あまり大きな声で言えることじゃないので、言葉も声も尻すぼみになる。神妙に俯いた紅緒だったが、すぐに顎を持ち上げられた。

「わ」

 思わず、腰が引ける。眼の前に、ずいとリゼの精緻に整った顔が迫っていた。顎を絡めとっているのは、神経質そうな細い指。

「あのさ」
「な、なに」

 語尾が上ずる。リゼの表情が、再び険悪化している。眼もきついが、声も刺々しい。おまけに逆らうことを許されないような、びりびり緊張した空気。

「……皆無じゃないってことは、少しはなにかがあったんだ……?」



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