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エミオン・九 素敵な贈り物

 おはようございます、安芸です。

 王犬=おうけん。
 王家の犬のことです。
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    エミオン・九

「本当になんて愛らしい王犬でしょう」

 チャチャがエミオンと戯れている黒い子犬のために皿に温いミルクを注ぎながら微笑む。

「王犬?」

 エミオンはじゃれてくる子犬をかまいながら訊き返した。

「はい。王犬の特徴は黒石のように黒い毛並みに平たく垂れた耳、ふさふさの尻尾も瞳も真っ黒で、お腹の真ん中のひと房だけ白い毛が混じっているのです。これは王家に飼われている犬にのみ遺伝するようですよ」

 それは知らなかった。
 エミオンがそう呟くとチャチャは訝しそうに小首を傾げた。

「贈り物ですのに、殿下はそういったことをなにも教えてくださらなかったのですか?」
「贈り物……なのかしら」

 エミオンはゼクスから子犬を受け取った際のことを思い出した。
 ゼクスの執務室で彼の仕事ぶりを目の当たりにし、夫に対する思いやりのなさや自分の日頃の行いに対し反省することしきりで、すごすごと部屋に帰って来たその翌日のこと。

 ゼクスがエミオンを訪ねて来て、いきなり生後数ヶ月の子犬を突き出して言った。

「引き取り手がない。あなたが育ててくれないか」
「私が、ですか」
「嫌ならば捨てる」
「そんな!」

 物じゃあるまいし。
 生きものを簡単に捨てるなどそんな非道は許せない。
 エミオンはゼクスの手から黒い子犬を受け取った。

「わかりました。私が育てます」

 ゼクスはエミオンに子犬を預けるとさっさと踵を返して去った。子犬に関心があるようには少しも見えなかった。どちらかといえば厄介払いをしにきたという態度である。
 それでも子犬に罪はない。

 それからの数週間は悪戦苦闘の連続だった。手元で生きものを育てたことのないエミオンにとってはなにもかもがはじめてで、勝手がわからず、朝から晩まで振り回された。
 子犬は元気でよく動いた。餌をやり、入浴させ、散歩に連れ出し、しつけをする。
 想像以上に大変で、そして、楽しかった。いまでは一日の大半を子犬と一緒に過ごす。
 子犬にはバリィと名付けた。

「ううん、贈り物ではないと思うわ。だって殿下のバリィの扱いといったらすごく冷たかったのよ? 私が育てられないなら捨てるなんておっしゃったくらいだし」

 エミオンが憤然と言うと、チャチャは少し考えてから口を開いた。

「それは、そういう言い方をすればお嬢様がお引き受けするとわかっていてそんなふうにおっしゃったのではありませんか? 私には殿下が生きものをないがしろに扱うとは思えませんが。むしろ頻繁に捨て犬や捨て猫を拾っていそうですよね」
「……どうしてそう思うの……?」
「お優しい御方ですから」

 チャチャはさらっとそう言って微笑する。
 エミオンはチャチャの物言いやゼクスに対し全幅の信頼を寄せるような態度に戸惑った。
 なにをもってゼクスが「優しい」と言い切るのだろう。
 まるでエミオンの知らないゼクスを知っているかのようではないか。
 途端に猜疑心に襲われた。胸がもやっとして、苦しくなった。チャチャから眼を逸らす。バリィをギュッと抱きしめる。自分でもびっくりするくらい動揺しているのがわかる。

 どうしよう。
 もしかして本当にチャチャの方がゼクス殿下のことを理解していたら……?

 なにせ結婚しておきながら二年間もまともな夫婦生活はおろかごく普通の会話すら不足している有様だ。エミオンがゼクスを避けていたといえばそれまでだが、チャチャもそうだとは限らない。
 次第にむかついてきた。
 自分の薄情さや妻としての役割放棄、諸々の怠慢を棚に上げてもチャチャを責めたい気持ちがせり上がってくる。

 ――いったいいつ、どこでどうして、ゼクス殿下と親密になったというのか。
 ――優しいなんて、なぜ言えるのか。

 心が乱れる。
 これは嫉妬だ。
 エミオンは勢いよくチャチャを振り仰いだ。自分でも止められないくらい激しい怒りに衝き動かされる。
 厳しい追及の言葉が口を衝く寸前――。

「殿下は本当にお嬢様のことをよく考えておられますよね」

 と、チャチャが頬に両手をあて、感嘆の吐息混じりに呟いた。

「えっ……」

 なにを言われたのか、咄嗟にわからなかった。
 チャチャは屈託ない調子で喋り続ける。

「きっと、お嬢様が元気のないご様子でしたので励ますためにこの子を連れてきたのですよ」
「まさか」
「普通であれば花にお菓子、本にドレス、宝石、そういったものでご機嫌をとるでしょうに、子犬を選ばれるくらいです。なにを贈ればお嬢様が喜ばれて元気になるのか、相当お考えになったのではないでしょうか」

 エミオンはゼクスの冷たい横顔を脳裡に思い浮かべた。
 チャチャの言うことを真に受けるわけではないが、でももしもそうだとしたら……。

「お礼を言わなきゃ」

 毎日夕食の席で顔を合わせているというのに、ここのところはろくに口も利いていない。
 いいかげん静かな食事にも慣れたが、できれば食卓は賑やかに囲みたいものだ。
 普通の家族のように。

 ぼうっとするエミオンの耳にチャチャがそっと囁いた。

「いかがでしょう。なにか、お嬢様もゼクス殿下に喜んでいただけるような贈り物を差し上げてみては?」

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