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異世界からの召喚状・四

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 びくりとする。紅緒は身体を引こうとしたが、リゼはそれを許さない。

「相手は誰? どっちの世界の男?」

 厳しく冷たい声だった。紅緒は射竦められたまま、だがかろうじて、突っ撥ねた。

「そんなの、気にしなくていいです」
「いーや、気になる。白状しなさい、いますぐに」

 頭ごなしの発言がむかついた。紅緒は空いている方の手で、ぺし、とリゼの手をはたき落とす。

「プライベートです。喋る必要ありません」

 すると、音を立ててリゼが立ち上がり、蹴るように椅子をどけて紅緒の肩を掴んだ。身動きが出来ないように、押さえつけられる。

「どうしても言わない気なら……」

 殺気だったまなざしで凄むリゼは、別人のようだ。紅緒はかろうじて首を振るしぐさをしたが、威圧され、言葉が出てこない。
 そのとき、小さな黒い影が視界を斜めによぎった。

「っ」

 咄嗟に、リゼが首を後ろに反らす。肩を拘束していた手が浮く。
 紅緒はその隙に逃げた。鋭敏な動作で床に軽やかに着地した小さな黒い影に眼を落とす。

「チビクロ!」
「にー」

 咽喉を鳴らして応えるのは、掌サイズの華奢な黒猫。紅緒のオスの愛猫で、こちら世界のペットだ。なぜかリゼとは折り合いが悪く、紅緒滞在時しか家にはいつかない。不思議なもので、紅緒が召喚されるとすばやく察知して、どこからともなく現れる。

「ありがとう、助けてくれて」

 黒猫チビクロを抱き上げ、ちゅ、とキスする。

「あーっ。ずるい! なんでそいつにキスなんて」

 紅緒はチビクロを胸に抱きしめたまま、リゼから確かな距離を取って言った。

「リゼ、怖い」

 半眼で、眦に力を込めて涙が滲むのをこらえながら、震える声で訴える。
突如として我に返ったリゼが、大仰に万歳をして大きく、ざっと飛び退いた。

「ご、ごめん」

 おたおたするさまは、いつもの少し情けない雇用主だ。
ばつの悪そうに頭を掻きながらリゼは謝った。

「悪かったよ――つい、あの、動揺して」

 それでもまだ紅緒が警戒を解かないでいると、リゼは天井を仰いで嘆息してから、交差した腕で顔を覆った。居心地のよくない、ぎすぎすした沈黙。ややあって掠れた低い声が耳に届く。

「君に触れた男がいるかもしれないって……そう考えたら、逆上しないではいられなかったんだ。君を脅すつもりじゃなかったけど、怖がらせたみたいで本当にごめん。許してくれないかな」
「……許してあげる」

 紅緒は抗議を唱えて「フーッ」と気色ばむチビクロを優しく撫でながら、リゼの傍にいって「顔を見せて」と言った。リゼが腕の力を抜いて、身体の脇に垂らす。紅緒に向けるまなざしは後悔と反省の色も濃く、そしてやるせなさそうな光を浮かべている。

「……リゼって」

 紅緒がくすっと笑って曰く、

「こちら世界での私のお父さんみたい」

 その瞬間のリゼは見物だった。

「――お、おとっ……お、父さん?」

 奇怪な人面岩ハンマーで頭を殴られたって、これほどの衝撃ではないだろう。というくらいに眼を剥いて、あんぐり口を開けたまま、絶句してしまう。
 紅緒は微笑みを残したまま、トン、とリゼの胸を指で軽く突いた。

「だってあんなに血相変えるくらいだもの、私が悪い男に引っかかってないか、心配してくれたんでしょう?」

 リゼは過呼吸に陥る寸前のところを踏ん張って持ち直し、懸命に否定した。

「ち、ちがっ。な、なんでそうなるんだ? お、俺は――いや違った、僕は、単純に面白くなかったんだぞ! いわゆる嫉妬で頭が狂ったアホな男、ってわざわざ自分で言うまでもないけど、つまり昂る衝動を抑えられなくて、君を無茶苦茶にしたいな―なんて、思ったような、思わないような……えーと、とにかく、お願い、『お父さん』はやめて……」

 なぜだか涙目になって懇願してくるリゼは、哀愁を漂わせていた。
 紅緒は「はいはい」と適当な返事をして、くしゃっと前髪を撫でた。リゼはされるがままだが、虚空に向かって、つらつらと独りごとをごちている。

「……ない、ないだろ。なんだって、お父さん……なんでこうなるんだ。ニブイ、ニブすぎる。お父さんって、お父さんって、それって眼中にないってことで……いやいやまさか……」

 ふと、リゼの顔色の悪さが気にかかった。ずっと口おかず喋っていたので見過ごしていたが、唇が青みを帯びて
いる。顔もよく見れば、土気色。

「……まさかとは思うけど、食べていないだけじゃなくて、寝てもいないの?」

 指摘が図星だったのか、リゼはぎくりとして怯み、眼を泳がせた。

「えーと」
「正直に言いなさい」

 追及すると肩をすぼめて、両手を差し上げた。降参のしぐさだ。

「……君が隣にいないと眠れない」

 言いにくそうに呟いて、そっぽを向く。

「それに、研究も佳境だったし、色々と忙しくて――」
「言い訳しないで、寝なさい! 信じられない、一週間も寝ないなんて倒れるでしょっ。どうしてそう無茶なことするの」

 紅緒はリゼをベッドまで引っ張っていって、強引に横にならせた。

「食べて寝る! 私がいなくても最低限それだけは守りなさいって、あれほど言ったのに」

 だが、リゼは素直に寝ようとせず、子供のように愚図った。

「せっかく君が来ているのに僕だけ寝るなんて、つまらない」

 今度は紅緒が凄んで見せた。

「ね・な・さ・い」
「……はい」

 紅緒のただならぬ剣幕にたじろいで、リゼはおとなしく従った。そのまま、ほどなく寝入る。
 紅緒は血色の悪い、疲れ切ったリゼの寝顔を眺めて考えた。リゼは人間があまり好きじゃない。よそで愛想よくしている姿など見たことない。そのリゼの口から、友達なんて言葉を聞いたのは本当にはじめてのことだった。
 思えば、アルバイトで雇われの身であるとはいえ、リゼには世話になりっぱなしだ。なにか自分で役立てるなら、その友達のためと言うよりも、リゼのために力を尽くしてあげたいと思う。
 紅緒はリゼの鼻の頭をつついた。あとでもう一度話をしてみようか。

「とりあえず、あちこち中途半端な仕事を全部片づけちゃおうかな。ね、チビクロ」

 左肩という定位置にちょこんとのっかっている黒猫は、きちんと紅緒の言葉を理解しているかのように「にー」と鳴いた。




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