オリジナル小説サイトです。新刊書籍 王宮書庫のご意見番 恋するきっかけは秘密の王子様 発売中  異世界の本屋さんへようこそ! 全3巻 & 既刊 愛してると言いなさい全4巻 アルファポリス様より発売中です。よろしくお願いいたします
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「なにを着ようかな」

 ベッドの下に収納していた衣装箱を引っ張り出して、一着一着眺めながら、紅緒は悩む。
 こちらの世界の標準服はラミザイといって、男女ともに立ち衿で丈が長く、両脇にスリットが施された上衣に下衣はゆったりとしたズボンを合わせるもので、男性は腰に太いベルトを締め、女性は細い飾り紐を結ぶ。
 身体のラインがすっきりと見えるし動きやすいため、紅緒は割と気に入っていた。
 だが今日は人と会うので、ラミザイより少し格式の高いサラエンの方がいいかもしれない。
 サラエンは、ワンピース型の長衣で、袖はちょうど振り袖のように長方形に長く、丈は踝(くるぶし)である。でも両裾にスリットが入っているので、歩きにくいことはない。右前を飾り紐で留める形式で、ラミザイより多少動きにくい。

「ね、どっちがいいと思う?」

 紅緒はベッドの上に足を揃えてちょこんと座るチビクロに訊ねた。
 すかさず、リゼが抗議の合いの手を入れて来る。

「待ちなさい! 服を選ぶのに訊くのならまず僕だろう! なんでそのチビに訊ねるんだ? 理不尽だ! 猫贔屓だ! 僕は断然抗議する」

 リゼの大真面目な主張に、紅緒はやや呆れ気味に言った。

「……チビクロと張り合うのってどうかと思うけど。そんなにむきにならなくてもいいのにね?」
「にー」
「うるさいぞ、おまえ」

 ばちばちと、火花を散らすひとりと一匹。
 紅緒はチビクロを掌にすくって抱き寄せ、上目遣いにリゼを振り仰ぐ。

「はいはい、じゃあリゼはどっちがいいと思うの?」
「僕はこっちだ」

 言って、後ろ手に隠していたものをさっと取り出す。見たことのない深い紺青のサラエンだ。
 白銀の糸で細やかな花の刺繍がしてあり、手触りが柔らかく、上質な光沢がある。

「どうしたの、これ」
「君に似合うと思って仕立てた」
「また無駄遣いして」

 きっ、と睨むと、リゼは慌てたように言い繕った。

「違う。これは、前回までの給料の一部だよ。たまにはこんなのもいいかなーと思って。君になにが欲しいのか訊いても、たいてい僕の研究試作品や消耗品やら実用品ばかりだから……」

 紅緒は口を横に結んで、じっとリゼを凝視した。
 貨幣価値の違うあちらとこちらでは、お給料が現金ではあまり意味がなく、そのため紅緒はほとんど物品支給でもらっていた。自動翻訳通訳機や警報装置付きの指輪、疲れない靴、肌のきれいになる石鹸、その他もろもろ。お金はこちらで不便がないよう買い物できるぐらいの金額(それでも四年も貯めれば結構まとまった額になった)しかもらっていない。
 リゼは大きな図体のくせに縮こまって、俯き加減に指をいじっている。

「あの、それとも、やっぱり気に入らない?」
「そうじゃなくて。こんなに高そうなものは受け取れないの。私の仕事に見合ったぐらいのものじゃないと、だめよ。こういう特別な品物は、恋人とか、奥さんにあげるものでしょう? ただの仕事の助手にはすぎた贈り物です」

 紅緒がきつい口調でたしなめると、リゼは眼に見えてしょんぼりしてしまった。
 手の中のチビクロが場を取り繕うように「にー」と小さく鳴く。

「だから、今回だけね?」
「え?」
「今回だけ、受け取ります。ありがとう。きれいな色……あなたの瞳みたい」

 はにかむように紅緒が微笑すると、リゼが弾けたように表情を明るくした。

「いや、君の髪の色だよ。光に透けると、そんな感じに見えるんだ」
「そう?」

 はしゃいだリゼは、膝をついて屈んでいた紅緒の腰を一気にさらった。

「ひゃあっ」

 と色気のない悲鳴が口をついて出る。紅緒はウェストを抱えられ、軽々と振り回された。

「僕の見立てだ、絶対似合うと思うんだ! あ、よければ着せてあげようか?」
「遠慮します!」

 べし、とリゼの顔面に平手打ち。
 それでもまだリゼは声を立てて笑いながら、ぐるぐるまわっている。

「……そんなに嬉しいの?」
「だっていつ渡そうか、ずっと機会を待っていたんだ」

 そう言うと気が済んだのか、トン、と紅緒を床に下ろす。

「……君の喜ぶ顔が見たかったんだ」
 
 リゼは紅緒の肩に顔を埋めた。囁く声は小さすぎて、紅緒の耳には届かない。

「さ、じゃ、着替えてください。僕は外で待ってるから」
「うん」
「ああそうだ。王都まで行くのに、飛竜と魔法と、どっちがいい?」
「竜」
「わかった。じゃ、呼んでおく。あ、戸締りもよろしく」
「了解です」

 片手をあげてリゼが踵を返す。が、すぐに戻ってきて、チビクロを鷲掴みにして出ていく。
 紅緒は腕に広げた紺青のサラエンを眺めて、大事に着よう、と心に決める。
 着替えをしながら、今回の滞在予定が完全に狂ってしまったことを考えた。いつも通り二連泊して帰るつもりだったので余分な下着を持ってきていない。

「向うに着いたら買いに行かなきゃ」

 よく話を聞いていないのでなんとも言えないが、いったいどのくらいの雇用期間なのだろう。

「引き受けるにしても、あんまり長くないといいな。こっちの空気に慣れすぎると困るもの」
 
 だが、リゼはたぶん帰したがらない。あの手この手で(しまいには泣き落としという最終技さえ辞さず)引き止めにかかるだろう。それを思うといまからもう憂鬱だ。
 髪を結い上げ、ゆるくまとめて、化粧してから着替えた。身支度を整え、窓の鍵や火の元を点検し、小さな手荷物ひとつ下げて表に出る。
 途端に、むっとした生き物の強い臭気を嗅ぐ。頭上に覆いかぶさる大きな影にはっとする。
朝の透明な光線を一身に浴びながら視界を埋めるのは、翼を柔らかに折りたたみ、しなやかな長い首をこちらに向けて座している、勇壮なる双頭の竜――。
 紅緒は自然と顔をほころばせて、そちらに駆け寄ろうとした。
 その矢先、空を泳いだ手首をぱし、とリゼに掴まれる。なぜか、真顔。遠慮のない眼でまっすぐに紅緒をまじまじと見つめて、打ちのめされたような悲愴な表情を浮かべている。

「どうしたの?」
「ひどい」


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「なにを着ようかな」

 ベッドの下に収納していた衣装箱を引っ張り出して、一着一着眺めながら、紅緒は悩む。
 こちらの世界の標準服はラミザイといって、男女ともに立ち衿で丈が長く、両脇にスリットが施された上衣に下衣はゆったりとしたズボンを合わせるもので、男性は腰に太いベルトを締め、女性は細い飾り紐を結ぶ。
 身体のラインがすっきりと見えるし動きやすいため、紅緒は割と気に入っていた。
 だが今日は人と会うので、ラミザイより少し格式の高いサラエンの方がいいかもしれない。
 サラエンは、ワンピース型の長衣で、袖はちょうど振り袖のように長方形に長く、丈は踝(くるぶし)である。でも両裾にスリットが入っているので、歩きにくいことはない。右前を飾り紐で留める形式で、ラミザイより多少動きにくい。

「ね、どっちがいいと思う?」

 紅緒はベッドの上に足を揃えてちょこんと座るチビクロに訊ねた。
 すかさず、リゼが抗議の合いの手を入れて来る。

「待ちなさい! 服を選ぶのに訊くのならまず僕だろう! なんでそのチビに訊ねるんだ? 理不尽だ! 猫贔屓だ! 僕は断然抗議する」

 リゼの大真面目な主張に、紅緒はやや呆れ気味に言った。

「……チビクロと張り合うのってどうかと思うけど。そんなにむきにならなくてもいいのにね?」
「にー」
「うるさいぞ、おまえ」

 ばちばちと、火花を散らすひとりと一匹。
 紅緒はチビクロを掌にすくって抱き寄せ、上目遣いにリゼを振り仰ぐ。

「はいはい、じゃあリゼはどっちがいいと思うの?」
「僕はこっちだ」

 言って、後ろ手に隠していたものをさっと取り出す。見たことのない深い紺青のサラエンだ。
 白銀の糸で細やかな花の刺繍がしてあり、手触りが柔らかく、上質な光沢がある。

「どうしたの、これ」
「君に似合うと思って仕立てた」
「また無駄遣いして」

 きっ、と睨むと、リゼは慌てたように言い繕った。

「違う。これは、前回までの給料の一部だよ。たまにはこんなのもいいかなーと思って。君になにが欲しいのか訊いても、たいてい僕の研究試作品や消耗品やら実用品ばかりだから……」

 紅緒は口を横に結んで、じっとリゼを凝視した。
 貨幣価値の違うあちらとこちらでは、お給料が現金ではあまり意味がなく、そのため紅緒はほとんど物品支給でもらっていた。自動翻訳通訳機や警報装置付きの指輪、疲れない靴、肌のきれいになる石鹸、その他もろもろ。お金はこちらで不便がないよう買い物できるぐらいの金額(それでも四年も貯めれば結構まとまった額になった)しかもらっていない。
 リゼは大きな図体のくせに縮こまって、俯き加減に指をいじっている。

「あの、それとも、やっぱり気に入らない?」
「そうじゃなくて。こんなに高そうなものは受け取れないの。私の仕事に見合ったぐらいのものじゃないと、だめよ。こういう特別な品物は、恋人とか、奥さんにあげるものでしょう? ただの仕事の助手にはすぎた贈り物です」

 紅緒がきつい口調でたしなめると、リゼは眼に見えてしょんぼりしてしまった。
 手の中のチビクロが場を取り繕うように「にー」と小さく鳴く。

「だから、今回だけね?」
「え?」
「今回だけ、受け取ります。ありがとう。きれいな色……あなたの瞳みたい」

 はにかむように紅緒が微笑すると、リゼが弾けたように表情を明るくした。

「いや、君の髪の色だよ。光に透けると、そんな感じに見えるんだ」
「そう?」

 はしゃいだリゼは、膝をついて屈んでいた紅緒の腰を一気にさらった。

「ひゃあっ」

 と色気のない悲鳴が口をついて出る。紅緒はウェストを抱えられ、軽々と振り回された。

「僕の見立てだ、絶対似合うと思うんだ! あ、よければ着せてあげようか?」
「遠慮します!」

 べし、とリゼの顔面に平手打ち。
 それでもまだリゼは声を立てて笑いながら、ぐるぐるまわっている。

「……そんなに嬉しいの?」
「だっていつ渡そうか、ずっと機会を待っていたんだ」

 そう言うと気が済んだのか、トン、と紅緒を床に下ろす。

「……君の喜ぶ顔が見たかったんだ」
 
 リゼは紅緒の肩に顔を埋めた。囁く声は小さすぎて、紅緒の耳には届かない。

「さ、じゃ、着替えてください。僕は外で待ってるから」
「うん」
「ああそうだ。王都まで行くのに、飛竜と魔法と、どっちがいい?」
「竜」
「わかった。じゃ、呼んでおく。あ、戸締りもよろしく」
「了解です」

 片手をあげてリゼが踵を返す。が、すぐに戻ってきて、チビクロを鷲掴みにして出ていく。
 紅緒は腕に広げた紺青のサラエンを眺めて、大事に着よう、と心に決める。
 着替えをしながら、今回の滞在予定が完全に狂ってしまったことを考えた。いつも通り二連泊して帰るつもりだったので余分な下着を持ってきていない。

「向うに着いたら買いに行かなきゃ」

 よく話を聞いていないのでなんとも言えないが、いったいどのくらいの雇用期間なのだろう。

「引き受けるにしても、あんまり長くないといいな。こっちの空気に慣れすぎると困るもの」
 
 だが、リゼはたぶん帰したがらない。あの手この手で(しまいには泣き落としという最終技さえ辞さず)引き止めにかかるだろう。それを思うといまからもう憂鬱だ。
 髪を結い上げ、ゆるくまとめて、化粧してから着替えた。身支度を整え、窓の鍵や火の元を点検し、小さな手荷物ひとつ下げて表に出る。
 途端に、むっとした生き物の強い臭気を嗅ぐ。頭上に覆いかぶさる大きな影にはっとする。
朝の透明な光線を一身に浴びながら視界を埋めるのは、翼を柔らかに折りたたみ、しなやかな長い首をこちらに向けて座している、勇壮なる双頭の竜――。
 紅緒は自然と顔をほころばせて、そちらに駆け寄ろうとした。
 その矢先、空を泳いだ手首をぱし、とリゼに掴まれる。なぜか、真顔。遠慮のない眼でまっすぐに紅緒をまじまじと見つめて、打ちのめされたような悲愴な表情を浮かべている。

「どうしたの?」
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【2011/05/16 06:27】 | 愛してると言いなさい
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