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大変なことになりました・二

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「えっ」

 びくっとして、自分の恰好を見おろす。髪に手をやり、ほつれを気にしながら、なにがどうおかしいのか、うろたえながらあちこちを見る。

「ど、どこがひどいの。なにか変? なにが変?」

 自分ではまあまあ似合っている、と思っていただけに、ショックだ。

「君は……っ」

 眦をきつくして、リゼが唇を真横に引き結ぶ。力ずくで傍まで引き寄せられて、互いの身体の距離間がほとんどないほど密着した。

「君は……っ、ひどい! なんでそんなにかわいくなるんだ! 人前に出るのにわざわざきれいにするなんておかしいだろう!」
「おかしいのはリゼの方! 人前に出るからきれいにするんじゃない。なに言ってるのよ、もう」
「僕は、そんなにきれいな君を他の男に見せるなんて、嫌だ」

 紅緒はこめかみを押さえた。頭痛がする。毎度のことながら支離滅裂な言い分だ。

「……あのね、言っておきますけど、私の容姿は十人並みです。私をきれいなんて褒めるのは、あなたぐらいだから。それ、完全に身内の欲目。外でそんなこと言ったら笑われるのは私よ?」

 紅緒は大きな溜め息を吐いてリゼから離れ、荷物をその胸に押しつけて、鮮やかに半身を翻した。

「テス! サジェ!」

 双頭の竜――雲ひとつない青空に映えるダークアイアンの体躯は光を乱反射している。一枚一枚が涙型の鱗はギザギザで、触れると怪我をしそうだ。
 知的で智慧深いトパーズの瞳が紅緒を捉えて、わずかに和む。

 ――息災か?

 と思念波で訊ねてきたのは、右側の竜、テス。

 ――すまぬ。主がまた無理を申しているようだな。

 と常日頃より苦労性なのは、左側の竜、サジェ。
 紅緒は屈託なく微笑み、両腕を天に向けてひろげ、差し上げた。

「会えて嬉しい。元気だった?」
 
その手に擦り寄るように、二竜の頭部がわずかにくねって下がる。

「……あんまり甘やかさないように」

 いつのまにか背後にぴたりとついていたリゼの手が、紅緒の口元をそっと塞ぐ。

「……キスとか、しないでくれ。妬ける」

 いちいち言うことが細かくて正直鬱陶しいものの、反面、リゼはなんでも思ったことを口に出すのでわかりやすい。肩越しにちらりと一瞥すると、ぶっきらぼうな口調の通り、完全に拗ねていて、いかにも不機嫌そうだ。
 思わず紅緒はくすりと笑った。ちょっと叱られたくらいでへそを曲げるなんて、子供と一緒なんだから。
 そう言うとむきになってまた怒るだろうから言わないが。なにせ相手は、実年齢不明なほど、年上なのだ。本当はもう少し敬って距離を置くのが当然なのだろう。
 そこへ、脳裏に響く声なき声。水に通る波紋のように、するりと届く。

 ――乗りなさい。

 と、出発を速やかに促したのはテス。
 
 ――主(あるじ)よ。その者をあまり苛めるでない。嫌われようぞ。

 と、辛口の忠告をしたのはサジェ。
 リゼが無言で動く。すっと膝を折って身を屈め、紅緒を両腕に抱きあげて、地を軽く蹴る。重力に反した放物線を描きながら、竜の背に飛び移る。

「にー!」

 地上では取り残されたチビクロが抗議の声を上げたが、リゼはおとなげなく無視を決めている。
 紅緒の頼みでサジェが頭を下げて乗り移らせ、チビクロもまた無事に紅緒の手の中におさまった(ち、と言うリゼの舌打ちを、紅緒は聞かなかったふりをする)。
 リゼはあらかじめ用意してあった大きめのクッションの上に胡坐をかいて座る。

「おいで」

 優しく差し伸べられる手に紅緒は自分の手を重ねた。リゼが紅緒を自分の前に座らせ、後ろから抱きすくめる姿勢だ。身長と体格差により、紅緒はリゼの身体にすっぽりと隠れてしまう。

「もうちょっと離れてください」
「危ないからだめだね」

 紅緒は若干居心地の悪さを感じた。いくら相手がリゼとはいえ男性にさほど免疫があるわけではないので、この体勢は気恥ずかしい。そう言うと、リゼはにやりとして、いっそうぴったりくっついてきた。

「揺れるから」

 しゃあしゃあと、こう述べる。紅緒に睨まれてもどこ吹く風だ。
 竜の翼がひろげられる。緩慢だが優美な動き。ばさっ、と一度の羽ばたきで高々と宙に浮き、そのまま高度を上げて、ゆるやかに飛翔した。風が正面からぶつかってくる。地面は既に遠く、雑音も途絶えた。
 しばらくのんびりした飛行を楽しんでいると、リゼが紅緒のうなじに鼻筋を近づけてきた。

「……甘い匂いがする。それに柔らかくて温かくてふわふわして……君の身体は気持ちいいな」
「そ、それ以上、近寄っちゃだめ」
「なぜ? 僕、ちょっと齧ってみたい」

 そしていきなり、かぷっ、と耳たぶを甘噛みされた。

「リゼっ!」
「ははははははははは」

 リゼの屈託ない高笑いが蒼穹に吸い込まれてゆく。
 いつも通り仲良く喧嘩する二人と一匹をのせて、双頭の竜は、一路、王都へと向かった。




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