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 こんばんは、安芸です。
 遅くなりましたが、Leviathan第3話目をお届けします。
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 もしかしたら、雨が降ったらもう一度会えるかもしれない――。
 となんの根拠もない思考に傾いていた南の願いも空しく、この日も雲ひとつない鮮やかな晴天となった。
 南は太陽の照りつける夏空を恨めしく思いながら、借りた傘をエクスカリバーのように後生大事に抱く。
 玄関でお気に入りのサンダルを履きながら南はポツリと呟いた。

「……今日が、最後」

 気が重い。気が重いから、溜め息も重い。
 今日会えなければきっぱりと諦める。そう決めた。それなのにいざとなったら踏ん切りのつかないような気もする。いつまでもいつまでも、うじうじ未練がましく引きずる予感がすごくする。

「会いたいなぁ……」

 腕の中の傘をそっと撫でる。祈る。神頼みならぬ、傘頼みだ。

 ――どうかお願い、もう一度だけでいいから彼に会わせてください。


 南は眼を疑った。心臓がばくんと跳ねた。

「いた……」

 彼だ。間違いない。
 あの日と同じ葉桜の木の下に、無造作に座っている。片膝を立ててやや前屈みになり、膝の上にスケッチブックらしきものを広げて冷めた表情で鉛筆を動かしている。枝葉の隙間から射す微かな木漏れ日が柔らかく彼を照らし、輪郭をなぞっていた。

 ……どうしよう。

 南は足が竦んで動けなかった。あんなに会いたいと望んでいたのに、毎日毎日待って、待ち続けて強く再会を願っていたのに、いざとなったら緊張のため全身に震えが奔り一歩も前に進めない。

「……」

 ――なんて言えばいいの? 挨拶? お礼? それとも自己紹介が先?

 自分の中の色々な声で脳内戦争が勃発して完全にパニックになってしまった。
 どのくらい経ったのか、彼のもとに見憶えのある人物が颯爽とした足取りで近づいた。南に傘を貸し手ぶらになった彼を自分の傘に入れた男の人だ。
 二人は視線を合わせて会話を交わし、少し年長の男の人に急きたてられる恰好で物憂い態度で彼が腰を上げた。反論を諦めた表情で彼はスケッチブックを閉じて脇に挟み、手で軽く尻を払い、南に背を向ける。

 ――あ、行っちゃう!

 咄嗟に、南は走った。身体が勝手に動いていて、気がついたときには衝動的に彼を呼び止めていた。

「待ってください!」

 自分でもびっくりするほど大きな声が出た。彼と彼の横に並んで歩いていた男の人が肩甲骨のあたりをピクリと震わせ、ほぼ同時に南を振り返る。
 今日の彼は白のTシャツに色の抜けたブルージーンズとコンバースの白スニーカー。
 もう一人の男の人はグレーの半袖ポロシャツに黒のパンツ、ナイキの黒スニーカー。
 呼び止めたものの二の句が継げず南が立ち尽くしていると、二人の内の一人が口を開いた。

「由良(ゆら)様、お知り合いですか?」

 彼ではない男の人が、丁寧な口調で彼に訊ねた。間近で見ると真面目で礼儀正しそうな、凄みのある美形だ。真っ黒い髪は清潔に短く整え、南を見つめる眼はまっすぐで清々しい。彼よりほんの少しだけ背が高く肩幅もあり、背筋をぴんと伸ばして立つ姿は細いけど精悍な身体つきだ。
 由良、と呼ばれた彼は南をじっと見て、「ああ」と呟いた。

「君か」
「どちらさまですか? 失礼ながら、俺の記憶には見覚えのない方のようですが」
「前にここで僕が傘を貸した人だ。ほら、手に持っている」

 二人の視線が南の抱える傘に集中する。
 南は「二人並ぶとすごく絵になるなあ」と見惚れていたが、ハッと我に返り慌てて由良に頭を下げて、傘を差し出した。緊張のため口から心臓が飛び出しそうだ。

「あ、あの、そ、その節は、お、お世話に、なりましたっ。かかか、か、傘を、ありがとうございました! ほ、ほ、本当に助かりにゃした」

 噛みまくった。最悪だ。「にゃした」ってなに! 「ました」でしょうが!!
 恥ずかしくて顔を上げられない。もっときちんと落ちついてお礼を言いたいのに!
 赤面して黙り込む南から由良が傘を受け取り、南の手が空になる。

「返さなくてもいいと言ったのに。律儀な人だね、君は」

 低く掠れた声に、少しだけ笑いがこもる。一秒後、由良はふと気づいたように声を落とした。

「まさか、わざわざこのために僕を待っていた?」

 南が小さく頷くと、由良は「そう」と相槌を打った。

「ありがとう。かえって手間をとらせたみたいだ」
「いえ、そんな!」

 南は視線を跳ね上げた。まだ顔は真っ赤だろうけど、しょうがない。

「親切にしていただいて、とても嬉しかったです」

 眼を合わせてから笑って、深々とお辞儀をした南を見つめて由良が言った。

「顔が赤いね。暑そうだ。僕らは冷たいものでも飲みに休憩に行くところだけれど、よかったら君も一緒にどうかな」
「は、はい!」

 一も二もなく即答した南を由良が面白そうに眺めて、横にいた男の人に声をかけた。

「有馬(ありま)」
「はい」

 由良に有馬と呼ばれた男の人が一歩前に出た。会釈して、南に優雅なしぐさで手を伸ばす。

「お荷物をどうぞ。俺がお持ちします」
「えっ。そんな、いいです。自分で持ちます」

 驚いて辞退すると、有馬はあっさりと引き下がってくれた。

「左様でございますか。では、休憩場所までご案内いたします。と申しましても、すぐ近くですが」
 
 由良と有馬のあとについて公園を出て横断歩道を渡り、少し歩くとあの煉瓦造りの建物に着いた。
 内心動揺する南をよそに、有馬が流れるような動作で真鍮の門を開け、まず由良を通す。

「どうぞ、お入りください」

 有馬に丁重に促されたものの、南は二の足を踏んだ。
 困った。
 どうしよう。カフェとかならいざ知らず、いきなり見ず知らずの他人のお宅にお邪魔するのは非常識じゃないかな。でもここで断ったら、もう二度と会ってもらえないかもしれないかも。
 南が判断しあぐねてグズグズしていると、ゆっくりと先を歩いていた由良が肩越しに振り返った。

「どうしたの? おいで」

 澄んだ低音の美声が南の鼓膜を直撃する。合わせて優しげな微笑みにくらっとした。心臓が鷲掴みにされたみたい。とてもでないが絶対に逆らえないくらい、魅力的だ。
 南の足は自然と動き、花に吸い寄せられるミツバチのように由良のもとへと向かった。
 ところが、<Leviathan>のドアプレートが揺れる玄関扉まで来たとき、スマートフォンの着信音が鳴った。
 誰だろう、こんなときに。
 由良に断り、慌てて電話に出る。母だった。最初に「いまどこ?」と訊かれ、次に幼なじみが家に来て待っていることを告げられて、「早く帰って来なさいよ」と電話が切られた。
 そうだった。自分で約束しておきながらすっかり忘れていた。
 南はスマートフォンを手に握りしめたまま、由良に謝った。

「すみません、せっかく誘っていただいたのに……家に帰らなければいけなくなりました」

 泣きたいくらい残念だけど、幼なじみとの約束が先だから勝手にすっぽかすわけにはいかない。
 でもせっかく、ようやく彼と会えたのに――。
 南が心の中で号泣していると、次の瞬間、由良から思いもがけない一言が告げられた。

「そうか。だったら、お茶は次の機会に」
「次があるんですか!?」

 素っ頓狂な声で叫んでしまった。
 由良は南の威勢に少しだけ驚いた顔をして、それから表情を和らげた。茶の静かな瞳がわずかに細められ、口角が持ち上がる。淡い微笑が向けられて南の胸は動悸を速めた。

「……いいよ。君の都合のいいときに、いつでもおいで。もし僕がいなくても話は通しておくから、中に上がって待っているといい。君、名前は?」
「南理子(みなみりこ)です」

 長めの前髪に隠れた眼が優しくほころび、由良が微かに頷く。
 その風に揺れる柳のように穏やかな立ち姿に南は心を奪われ、息を止めて見惚れた。

「じゃあ南さん、さよなら。また今度」



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2014.11.21 / Top↑
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