0312345678910111213141516171819202122232425262728293005

八月一日・恋の始まる日

 こんにちは、安芸です。
 MerryXmas! イブイブですね。
 遅くなりましたが、ようやく一区切りつきましたので、Leviathan第4話をお届けいたします。

 私は基本的にFTが好きな物書きですが、現代物はどうしても使用する言葉が違うので、そのギャップを楽しみながら書くことにしています。今回の物語は、じわり、なんとなくいいなあ、と感じていただけるようにお届けできるよう頑張ります。
 スローペースの更新ですが、どうぞよろしくお願いします。
<< 前の話


 翌日、<Leviathan>のドアプレートがかかる玄関扉の前で南は固まっていた。
 夏期講習の帰りなので制服のままだ。白の開襟シャツに紺のネクタイ、校章入りのネクタイピン、黒とグレーのタータンチェックのスカート、白靴下と黒の革靴。駅のトイレで念入りに髪型を直して、薄いピンクのリップもつけてきた。
 一度家に帰ることも考えたが、ちょっとでも早く由良に会いたい気持ちを優先した。昨日は興奮してよく眠られなかったから頭の芯がぼうっとしているけれど、気持ちだけはナチュラルハイだ。
 煉瓦造りの建物の前に立つ。門に錠はかかってなく、手で簡単に開けることができた。だけど玄関扉の前まで来て、勇気が底をついた。どこを見まわしても呼び出しブザーがないのだ。

 ど、どうしよう?
 ノックするか、それとも庭に面した窓から中を覗いてみようか?

 南が半泣きになりながらうろうろと迷っていると、背後から声がかかった。

「こんにちは、南さん」
「ぎゃあっ」

 不意を突かれて跳び上がり、悲鳴を上げる。
 声の主を勢いよく振り返って顔を見た南はすぐに後悔した。どう考えてもかわいげのない、大げさすぎる反応だ。

「申し訳ありません。驚かせてしまいました」

 心苦しそうに頭を下げ、詫びたのは有馬だ。
 南は慌てて言った。

「い、いえ、こちらこそすみません。おおげさに叫んだりして……」

 恥ずかしい。

 その有馬の恰好を見て南は眼を見開いた。

「その制服……英聖館高校のものですよね」

 英聖館は言わずと知れた、名門中の名門だ。中学・高校・大学と十年間一貫のプログラムで社会に貢献する人材育成をモットーに掲げている。基礎学力や自立心はもちろんのこと、個人の能力も重要視され、多額の授業料もかかることから、成績優秀者やお金持ちが多いことでも有名だ。
 校則は厳しく徹底され、高校の制服は白の学ランで夏でも着用しなければならないらしい。
 有馬は南の問いに対して「はい」と首肯し、淡々と答えた。

「俺も由良様も英聖の三年です。今日は生徒会の仕事の都合で俺だけ学校に行った帰りで……っと、こんなところで立ち話もありませんね。失礼いたしました。どうぞお入りください」

 言いながら有馬は玄関のドアノブを引いた。その途端、奥からゆったりとした美しいピアノの旋律が流れてきた。
扉を閉めて有馬が中へと南を促す。どうやら土足のままでいいらしい。

「ショパンのノクターン第二番です。今日は教授がいらしているようですね」

 入ってすぐの壁に大きな絵画が飾られている。傍には猫脚の優美なコートハンガーと帽子掛けがあり、右手にショーケース付きのオープンキッチンのカウンター、正面にグランドピアノ、フロアはアンティーク調のソファとローテーブルが適当に置かれ、二人用の椅子席が三つ、壁には書棚とローチェスト、天井にはシャンデリア、内装はゴージャスな深緑で統一されている。
 左手には大きな窓があるため、天然光で室内は明るい。グランドピアノ側の壁面は総ガラスで、室内から直接出られるガラス扉が設けられウッドデッキに出られるようになっているようだ。
 室内には、四人いた。
 カウンターに一人、ピアノの前に一人、椅子席に一人、ソファに一人。
 だが南の視線はただ一点に絞られた。ソファに寛ぐ後ろ姿。ここからでは後頭部しか見えないがあの髪の色は間違いない。
 由良だ。

「おや、新顔だね。有馬君の紹介?」

 不意に横から声をかけられて南は肩をそびやかした。見ると、オープンキッチンにミドル丈の黒いカフェエプロンを身につけ、眼鏡をかけた白髪混じりの年配の男性が立って南を物珍しそうに眺めていた。

「いいえ、違います。俺じゃなくて由良様のお客様です」
「由良君の? へーえ、珍しいなあ。由良君のお客様なんて初めてじゃないか?」

 男性は感嘆の声を漏らし節くれだった指で顎を撫で、興味津々とばかりに南に眼を凝らす。
 自分の名前を聞きつけたのだろう、由良がつと振り返り、南と眼が合った。驚いた顔で眼を見開いたものの、すぐに人好きのする表情を浮かべてすっと立ち上がるとこちらへやって来た。

「いらっしゃい、南さん」
「こんにちは! お邪魔します! お言葉に甘えてお茶をいただきに来ました!」

 南は勢いよくお辞儀した。

 よし、今度は噛まずに挨拶ができた! 昨夜練習した甲斐があった!!

 心の中でガッツポーズする南の前で、由良が薄い唇に指をあててクスクス笑う。

「元気だね」
「元気と健康が取り柄なんです」

 南が真面目に答えると由良は微笑んだ。南の斜め背後にいた有馬や他の面々がギョッとした表情を浮かべたが、由良しか眼に入っていない南は彼らの動揺した様子にはまるで気がつかなかった。
 南は由良の笑顔を見て、内心ほっとした。由良に最初に会ったとき感じた物寂しさがだいぶ薄らいでいる。よかった、そう思って嬉しくなった。
 由良が手を差し出し、緊張する南を物馴れた振る舞いでソファにエスコートしてくれた。

「どうぞ、座って。飲み物は? なんでも好きな物を頼んで」
「な、なんでも?」
「うん。マスターが作ってくれるから」

 由良の視線の先には、オープンキッチンに立ち親しげにこちらに手を上げる男性がいる。

「えっと……じゃあ、冷たいカフェラテをお願いします」

 由良にマスターと呼ばれた男性が鼻歌まじりにさっそく作りにかかった。
 由良は南と向かい合わせには座らず、ごく自然に南のすぐ隣へ腰を下ろした。少し動けば肩がぶつかる近さにドキドキしながら、南は鞄を膝の上に置いて室内を見まわした。

「あ、あの……ここ、喫茶店かカフェ、ですか?」
「いや、違うよ。ここは<Leviathan(リヴァイアサン)>」

 耳慣れない単語に首を傾げると、有馬から筆記用具を受け取った由良が美しい筆跡で書いてくれた。

<Leviathan(リヴァイアサン)>

 ドアプレートに記された文字の読み方がようやく判明した。
 どういう意味だろう? と首を傾げる南に由良が落ちついた声音で淡々と話をしてくれる。

「営利目的で営業しているわけじゃないから、看板とかは出ていないんだ。ただ会員制で、メンバーの紹介がなければ中には入れない」

 会員制!

 途端に敷居の高さを感じて南はあたふたした。

「わ、私がお邪魔してもよかったんですか? ご迷惑だったんじゃ……」
「迷惑じゃないよ。君は僕が招待したのだから気にしないで堂々としていればいい。本当言うと、昨日の今日で君がここへ来てくれるとは思っていなかったから、ちょっと驚いたけどね」

 やっぱり図々しかったかも。

 南がいきなりドーンと気落ちしてどんよりした顔で俯くと、横で由良が笑う気配がした。

「来てくれて嬉しかった。また会えたらいいと、思っていたから」
「……え?」

 空耳だろうか? いま、ものすごいことを言われたような気がする……!?

 脳が思考停止し南が石のように硬直していると、由良が軽やかな調子で続けて言った。

「ほら、向こうの壁を見て」

 言われるがまま顎を上向かせ、由良の指が示す壁に視線を移した。そこにはコルクボードがあり、たくさんの白い紙片が無造作に留まっている。

「あの紙には、ここに来る人たちの大切な夢が書かれている」
「……えっと、見てきてもいいですか?」
「いいよ」

 南より一瞬早く由良が立ち上がり、柔らかい物腰でコルクボードの前へと導かれた。
 紙片の一枚一枚に眼を凝らす。それらには、『画家志望』、『ピアニスト』、『考古学者』、『時計職人』、『医者』、『小説家』、『外交官』、『保育士』、『料理人』、中には『海外で暮らしたい』、『マグロを釣る』、『優しいお父さん』だの『家庭円満の幸せ奥さん』なんていうものもあり、思わず共感してしまった。
 由良がコルクボードの夢を綴った紙片へ、羨望のこもったまなざしを注ぎながらそっと呟いた。

「ここ<Leviathan(リヴァイアサン)>はそんな彼らの夢を応援する場所なんだ。会員の会員による紹介制で、オーナーの承諾を得たら夢が叶うまで自由に出入りできる」
「夢を応援する場所、ですか」
「うん、そう。他人の夢を笑わない、自分の夢を見失わない、だけど夢を追うことはとても勇気のいることだから……疲れたときにはここで休み、食べて飲んで語って、力を蓄えてもらう」

 南は温かい気持ちに包まれながら溜め息を漏らした。

「なんだか、素敵ですね……」
「じゃあ君も仲間に入る?」

 あまりにもあっさりと誘われたので南は呆けた。

「私が?」
「夢があれば、書いて。有馬」

 いつのまにか背後で待機していた有馬の手からサインペンと白いカードを手渡された。
 由良は南の前で優しく、だけどどこか寂しそうに微笑んでいる。

「君の叶えたい夢を書くといい。そうすれば、その夢が叶うまでここには自由に出入りできるから。あとは夢を叶えたらここへきてカードを破棄すれば、それで卒業だ」
「で、でも、私、叶えたい夢なんて……」

 急に言われても困る。
 南には将来の展望など漠然とし過ぎていた。ただなんとなく大学に進学し、普通に就職して結婚するんだろうなと思っていただけに、一瞬で頭が混乱した。

「難しく考えなくてもいいよ。なにかないの?」

 茶色の瞳に長く見つめられていると頭の芯がぼうっとしてきた。心臓が勝手に暴れて頬に血が昇っていくのがわかる。
 あの雨の日の由良との出会いが脳内リピートされ、いつしか由良で胸がいっぱいになり、他にはなにも考えられなくなった。
 南は由良の注視を浴びながら、震える手でサインペンを持ち白いカードに書いた。

『素敵な恋がしたい』

 ――あなたと。

 さすがに、そこまでは書けなかったけれど。
 でも書いたあとですぐに後悔した。これは夢ではなく単に下心を露呈しただけにすぎないかもしれない。ばか正直に書いてしまって由良は気を悪くしたかもしれない。嘲笑われたらどうしよう。
 だが由良は無言で南のカードを指でつまみ、コルクボードに画鋲で貼りつけた。

 沈黙が痛い……やだ怖い。逃げたいかも。

 由良のリアクションを悪い方向に想像して南が息も絶え絶えに身を強張らせて棒立ちになっていると、由良から「南さん」と改まって声をかけられた。ビクッと首を竦めつつ、おずおずと由良を見上げる。

「僕と恋をしようか」
「え……?」
「相手が僕でよければ、君と恋がしたい。君の夢を叶えるのが僕ではだめかな」

 心臓が止まるかと思った。
 眼を剥いて絶句する南に向けて由良がいかにも名案だ、と澄んだ瞳を輝かせて甘く微笑する。

「ただし、八月三十日まで。それ以降は用事があって僕の身体の都合がつかないから期間限定の短い恋で申し訳ないけど、それでもよければ」

 このときの南の心情はパニックを絵に描いたようだった。
 あとになってよく考えてみると疑問がいくつも湧いてきたが、この瞬間の南の脳裡は『棚からぼたもち』、『濡れ手で粟』、『渡りに船』、『ビギナーズラック』などの諺が次々と閃いた。

 ――彼と恋ができる。

 たとえ一ヶ月未満でもかまわない、と即座に思った。一日でも、数時間でも、由良の彼女になれるなら。彼と恋ができるなら。そんなチャンスは絶対に逃せない。
 嬉しさのあまり南は涙目になって、勢いよくお辞儀して言った。

「よろしくお願いします!」

<< 次の話  
目次
スポンサーサイト

コメントの投稿

secret

top↑

comment

trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

top↑

プロフィール

安芸とわこ

Author:安芸とわこ
 安芸とわこと申します。aki・towako

 ここに置いてある作品は管理人のオリジナルであり、著作権は管理人にあります。無断転載やパクリは厳しく対処いたします。どうぞご了承くださいませ。

 尚、荒らしや悪戯目的の訪問は固くお断りいたします。
 感想・ご意見等は喜んで承ります。

 拙作 恋するきっかけは秘密の王子様 新刊書籍発売中
 拙作 異世界の本屋さんへようこそ! 全3巻
 拙作 愛してると言いなさい 全4巻 書籍発売中。

では、物語が少しでも皆様の心に届きますように……。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

カテゴリ

恋するきっかけは秘密の王子様

恋するきっかけは秘密の王子様 (レジーナブックス)

新品価格
¥1,296から
(2016/5/26 21:43時点)

異世界の本屋さんへようこそ!3

異世界の本屋さんへようこそ!〈3〉 (レジーナブックス)

新品価格
¥1,296から
(2015/6/18 17:42時点)

異世界の本屋さんへようこそ!2

異世界の本屋さんへようこそ!〈2〉 (レジーナブックス)

新品価格
¥1,296から
(2014/9/1 12:17時点)

異世界の本屋さんへようこそ!

異世界の本屋さんへようこそ! (レジーナブックス)

新品価格
¥1,260から
(2014/1/22 13:55時点)

愛してると言いなさい 発売中です

愛してると言いなさい (レジーナブックス)

新品価格
¥1,260から
(2011/12/22 01:19時点)

愛してると言いなさい・2 発売中です

愛してると言いなさい〈2〉 (レジーナブックス)

新品価格
¥1,260から
(2012/1/2 17:42時点)

愛してると言いなさい・3 発売中です

愛してると言いなさい 3 (レジーナブックス)

新品価格
¥1,260から
(2012/8/1 22:51時点)

愛してると言いなさい番外編~彼方へ~

愛してると言いなさい番外編―彼方へ (レジーナブックス)

新品価格
¥1,260から
(2013/12/26 11:13時点)

愛してると言いなさい 

愛してると言いなさい・2

愛してると言いなさい・3

愛してると言いなさい・番外編~彼方へ~

アルファポリス様

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR