オリジナル小説サイトです。新刊書籍 王宮書庫のご意見番 恋するきっかけは秘密の王子様 発売中  異世界の本屋さんへようこそ! 全3巻 & 既刊 愛してると言いなさい全4巻 アルファポリス様より発売中です。よろしくお願いいたします
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 拙作 新刊 恋するきっかけは秘密の王子様 5月末頃発売します。

 一人でも多くの方にお手に取ってもらえれば嬉しいです。
 どうぞよろしくお願いします!
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 昨夜、南はスマートフォンを手に悩んで過ごした。
 由良に電話をかけようか、それともメールを打とうか、どちらも迷惑ではないだろうか。
 彼女なら彼氏に連絡をするくらい、なんでもないことのはず。
 そのはず、なのだけれど……もしかしたら由良は、特に用事もない電話をされるのは嫌かもしれない。由良は受験生だし、勉強の邪魔になるのも困る。お風呂に入ろうとしていたり、寝ていたら悪いなあ、とためらううちにどんどん時間だけが過ぎてしまった。
 
 今日は由良に会えるのかな。手紙は彼に届いたのだろうか。

 そんなことばかり考えて集中力を欠いたまま講習を終えると、南は駅のトイレで身だしなみを整える僅かな時間も惜しみ、<Leviathan(リヴァイアサン)>へ急いだ。
 自然と小走りになる。今日も晴天で、うだるように暑い。直射日光を浴びればたちまち汗が出る。
 真鍮の門が見えて、門前に立ち、小路の向こうの玄関に眼を遣って南は驚いた。

「由良さん!」

 玄関扉の横、由良が人待ち顔で立っている。彼女の声を聞きつけると、こちらを見て柔らかく笑う。
 南はもどかしい心地で門を押し開き、閉めて、パタパタと由良の元へ駆け寄った。

「やあ」

 一日ぶりに見る由良の笑顔が眩しい。
 胸が彼に会えた喜びでいっぱいになり、弾けそうだ。
 自覚はあったけれど、本当に本当に心から由良に会いたかったのだ、と改めて思いながら、南は眼を細めた。
 由良の格好は、フィッシャーマン柄の白のサマーニットに紺のスキニーパンツ、それに焦げ茶のバブーシュを履いている。腕時計だけで、アクセサリーはつけていない。
 今日も爽やかで素敵だ。

「どうしたんですか、こんなところで」
「君を待ってたんだ」

 幼い恋心が刺激される甘い言葉に、南はあっさり赤くなる。

「外は暑いのに」
「うん。でも、少しでも早く顔が見たくて。ほら、昨日ずいぶんと熱烈なラブレターをもらったから、嬉しくてね」
「ラ、ラブレター!?」

 南は『会いたい』を連呼した手紙を思い出して猛烈に恥ずかしくなった。自分で書いた本音とはいえ、あれはちょっとやりすぎた。できることなら取り戻したいくらいだ。
 そんな具合に焦っていると、由良は面白そうにクスクス笑いながら裏庭へ続く小路へと南を促す。

「今日は朝から人が多くて、中に入ると君との時間を邪魔されそうだから、庭でいい? ガゼボに行こう」
「ガゼボ?」
「おいで」

 逆らい難い低い声に一も二もなく従いながら、南は由良の背中を追った。
 緑がこんもりと茂る小路を辿ると、ほどなく裏に回った。そこで眼にした光景に、彼女は思わず感嘆の声を漏らす。

「わあ、きれーい……」

 濃淡の異なる緑の植物が重なり合って広がっている。高低差のある植え込み、緑の葉の隙間から色彩豊かな花々が咲き乱れ、幻想的な空間を生み出していた。
 白い蔦バラの絡む緑のアーチの奥には、円形ドームの優雅な白い東屋が見える。
 由良はそちらに足を向けながらゆっくりと喋った。

「もともとは亡くなった祖母の庭でね、自然をより大切にするイングリッシュ・ガーデンに憧れて造ったそうだよ。緑はギボウシにアイビー、コニファー、ヤマボウシ。カレックスにローズマリー。花は真冬を除いて、年中色々なものが咲く」

 南は眼に留まった花を指して訊いた。直径二〇センチほどの大輪の花で、白地にピンクの筋がスッと入り、凛として綺麗だ。

「この星みたいな薄紫の花はなんですか」
「星?」

 由良がクスリと笑う。肩越しに彼女を振り返り、茶色の眼を愉快そうに細めて言った。

「君の眼には星に見えるんだ」
「お、おかしいですか」
「いいや、ちっともおかしくないよ。とても言い得て妙だ。それはクレマチスのアンドロメダ。花言葉は、美しい心」
「こっちの雪の結晶のような白い花は?」
「それもクレマチスで、サマー・スノー」
「夏の雪なんてロマンチックで素敵ですね! あ、この日陰の花もイヤリングみたいで可愛い」
「それはフクシアのアナベル。花言葉は、慎ましい愛。信じる愛」
「これは? 白い花びらに中心が薄い黄色で、すごく華やか」
「ダリアのムーンワルツ。花言葉は、感謝と豊かな愛情」

 訊ねれば、すぐに答えが返ってくることにすっかり感心して、南は由良を尊敬のまなざしで見つめた。

「由良さん、すごい」
「すごくないよ。ただ祖母と一緒に僕も庭仕事を手伝って覚えただけ」

 彼は謙遜するが、南は首を横に振って言った。

「それでもすごいです。もしかして、お庭の花の名前、全部言えたりするんですか」
「それくらいはね。いまはガーデナーに任せているけど、祖母が元気だったときは僕たち二人で水やりや手入れをしたから」

 そう言って懐かしそうに庭を眺める由良の眼は優しい。たぶん、彼の祖母のことを思い出しているに違いない。
 南は緑の中に佇む由良の姿をじっと見つめた。思いがけず、彼の昔の話を聞けて嬉しい。
 ふと我に返った由良が、「行こうか」と蔓バラのアーチを潜る。彼女も後に続く。

「どうぞ、座って」

 ガゼボはきちんと手入れされていて、とてもきれいだ。中央に白いテーブルと、周囲には白いベンチがある。
 蒸し暑いが陽射しは遮られているし、風が吹けば涼しい。葉擦れの音や緑の匂いと花の甘い香りが盛夏を感じさせて気持ちよく、南はガゼボが気に入った。
 こうして座って緑と花に埋もれた庭を眺めると、おとぎ話の国に紛れ込んだ気がする。

「なんだか妖精の庭みたい」

 由良は南の隣に座り、背凭れに軽く寄りかかって、ある細い木を指して口を開く。

「じゃあ今度、あのサンザシを見張ってみようか。妖精が踊るかもしれない」
「えっ!? 本当に妖精がいるんですか!?」
「どうかな。僕は見たことないけど、祖母は妖精のためにってサンザシやスイカズラ、ハシバミの木を植えていたな。なんでも妖精が好きな草木なんだって」
「うわあ、優しい。妖精のために気配りするなんて、すごく素敵なおばあさまですね」

 亡くなられているとは残念。ぜひお会いしてみたかったなあ、と南が肩を落とすと、由良はつくづくと彼女を眺めて言った。

「……妖精の話を聞いて笑わなかったのは、君で二人目だ」
「一人目は誰です?」
「僕。僕と、君だけ」

 静かな声でそう呟き、由良はより低いトーンで囁いた。

「昔、祖母が……」

 彼が話を続けようとしたとき、突然、第三者の声が割って入った。

「ご歓談中、失礼します。飲み物をお持ちしました」

 現れたのは有馬だった。手に木製のトレイを持っていて、一声かけるなり、てきぱきとテーブルセッティングを始める。

「ダージリンのアイスティーと水菓子はマスカットの白ワインゼリーです」

 アイスティージャグとグラスとガラスの器を二つずつ並べて、スプーンを添える。

「どうぞ冷たいうちにお召し上がりください」
「ありがとうございます、有馬さん」

 南がペコリと頭を下げて礼を言うと、有馬は穏やかな笑顔を浮かべて答えた。

「どういたしまして。由良様、あまり暑いようでしたら中にお戻りください」
「ああ、わかってる」
「それから、こちらもよろしければご使用ください」

 そっと置かれたのは丸い形のカラフルなシリコン氷嚢だ。ピンクとブルー、二つある。
 握ると冷たい。額にあてると熱が引いていくようだ。

「気持ちいいー」
「よかったですね」

 よほどだらけた顔をしたのかもしれない。
 有馬が噴き出しそうになるのを堪えているような表情で、肩を微妙に震わせながら踵を返して去っていく。

「由良さんも、ほら、握ってみてください。ひんやりしてます」

 由良は有馬の後ろ姿をじっと見送り、次いで、南を見た。

「昨日、有馬となにかあった?」
「え?」

 南は氷嚢を頬にくっつけたままキョトンとした。
 由良は少し距離を詰め、彼女の眼を上目遣いで覗き込む。

「有馬があんなふうに笑うなんて、珍しいから」
「そうなんですか? えっと……でも、特に思い当たりません。別になにもなかったですよ。ただ、スマホで写真を一枚撮られたのと、て、手紙を書くようにお願いされたくらいで」

 そう言えば、変顔の写真を撮られて由良に送信されたはずだ。
 できれば消去してほしい、と言いかけたところ、由良に先手を打たれてしまった。

「あの写真だったら、待ち受けにしたよ」

 最悪だ。
 なんでよりによって変顔を撮られてしまったのか、悔やまれてならない。
 ショックを受けて絶句する南を余所に、由良は続ける。

「自然な表情がいいよね。今度、僕にも撮らせてくれる?」

 彼女は自棄(やけ)になって頷いた。

「由良さんも私に撮らせてくれるなら……」
「いいよ。いつでも好きに撮って」
「本当ですか!?」

 俄然、元気を取り戻す。
 彼は南の勢いにびっくりしたようで、一瞬息を呑んだが、すぐに相好を崩す。

「うん。ああでも、外部には流さないでくれる? 自分の写真が自分の知らない人の間で広まるのは、ちょっと気持ち悪いから」
「もちろんです。絶対にそんなことはしません!」

 力んで誓う。
 南があまりにも真に迫っていたためか、由良はおかしそうにくつくつと笑った。

「じゃあ、どうぞ? そうだ、せっかくだから二人一緒の写真も撮ろうか」
「ぜひ!」

 ときめき全開だ。嬉しくて嬉しくて、自分でも気持ち悪いくらい顔がニヤけてしまう。
 彼女はポーチから鏡を取り出して、髪の乱れを整えた。こっそり、リップも塗り直す。

「用意できました」
「よし、撮ろうか」

 南はスマートフォンのカメラアプリを立ち上げて、解像度を上げ、スタビライザー機能をオンにし、ホワイトバランスや露出などを調整した。最後にレンズを拭くのも忘れない。

「えっと、ここは少し暗いので、明るいところに移動したいです」
「背景も映るなら、サマー・スノーの前あたりはどうかな」

 白い夏の雪の花が満開の中に、由良と肩をくっつけて並ぶ。
 頭より少し上にスマートフォンを構えて眼を上げ、顎は引く。緊張して、手が震えた。

「と、撮ります」

 低いシャッター音。
 念のため確認してみると、心配したほどブレていない。それに写りもまあまあだ。言うまでもなく、由良は文句なしに格好いい。
 幸せだ。まるで夢のよう。
 念願の『彼氏とツーショット』だ。
 決めた。これは永久保存して、待ち受けにしよう。
 南がスマートフォンの画面に見入りながら幸福感を噛みしめていると、由良が彼女の手元を覗き込んで微笑む。

「よく撮れているね。その写真、僕にも送ってくれる?」
「はい。すぐに送ります。由良さん、ありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとう。『彼女とツーショット』写真を撮れるとは思ってもみなかったよ」

 嬉しそうに声を弾ませて、彼が少しはにかんだように笑う。
 その笑顔は南の胸を直撃した。心が締めつけられて苦しくなるほど、きれいだった。
 この瞬間を、この彼の笑顔を、一生忘れない――と南はそう思った。


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 由良に電話をかけようか、それともメールを打とうか、どちらも迷惑ではないだろうか。
 彼女なら彼氏に連絡をするくらい、なんでもないことのはず。
 そのはず、なのだけれど……もしかしたら由良は、特に用事もない電話をされるのは嫌かもしれない。由良は受験生だし、勉強の邪魔になるのも困る。お風呂に入ろうとしていたり、寝ていたら悪いなあ、とためらううちにどんどん時間だけが過ぎてしまった。
 
 今日は由良に会えるのかな。手紙は彼に届いたのだろうか。

 そんなことばかり考えて集中力を欠いたまま講習を終えると、南は駅のトイレで身だしなみを整える僅かな時間も惜しみ、<Leviathan(リヴァイアサン)>へ急いだ。
 自然と小走りになる。今日も晴天で、うだるように暑い。直射日光を浴びればたちまち汗が出る。
 真鍮の門が見えて、門前に立ち、小路の向こうの玄関に眼を遣って南は驚いた。

「由良さん!」

 玄関扉の横、由良が人待ち顔で立っている。彼女の声を聞きつけると、こちらを見て柔らかく笑う。
 南はもどかしい心地で門を押し開き、閉めて、パタパタと由良の元へ駆け寄った。

「やあ」

 一日ぶりに見る由良の笑顔が眩しい。
 胸が彼に会えた喜びでいっぱいになり、弾けそうだ。
 自覚はあったけれど、本当に本当に心から由良に会いたかったのだ、と改めて思いながら、南は眼を細めた。
 由良の格好は、フィッシャーマン柄の白のサマーニットに紺のスキニーパンツ、それに焦げ茶のバブーシュを履いている。腕時計だけで、アクセサリーはつけていない。
 今日も爽やかで素敵だ。

「どうしたんですか、こんなところで」
「君を待ってたんだ」

 幼い恋心が刺激される甘い言葉に、南はあっさり赤くなる。

「外は暑いのに」
「うん。でも、少しでも早く顔が見たくて。ほら、昨日ずいぶんと熱烈なラブレターをもらったから、嬉しくてね」
「ラ、ラブレター!?」

 南は『会いたい』を連呼した手紙を思い出して猛烈に恥ずかしくなった。自分で書いた本音とはいえ、あれはちょっとやりすぎた。できることなら取り戻したいくらいだ。
 そんな具合に焦っていると、由良は面白そうにクスクス笑いながら裏庭へ続く小路へと南を促す。

「今日は朝から人が多くて、中に入ると君との時間を邪魔されそうだから、庭でいい? ガゼボに行こう」
「ガゼボ?」
「おいで」

 逆らい難い低い声に一も二もなく従いながら、南は由良の背中を追った。
 緑がこんもりと茂る小路を辿ると、ほどなく裏に回った。そこで眼にした光景に、彼女は思わず感嘆の声を漏らす。

「わあ、きれーい……」

 濃淡の異なる緑の植物が重なり合って広がっている。高低差のある植え込み、緑の葉の隙間から色彩豊かな花々が咲き乱れ、幻想的な空間を生み出していた。
 白い蔦バラの絡む緑のアーチの奥には、円形ドームの優雅な白い東屋が見える。
 由良はそちらに足を向けながらゆっくりと喋った。

「もともとは亡くなった祖母の庭でね、自然をより大切にするイングリッシュ・ガーデンに憧れて造ったそうだよ。緑はギボウシにアイビー、コニファー、ヤマボウシ。カレックスにローズマリー。花は真冬を除いて、年中色々なものが咲く」

 南は眼に留まった花を指して訊いた。直径二〇センチほどの大輪の花で、白地にピンクの筋がスッと入り、凛として綺麗だ。

「この星みたいな薄紫の花はなんですか」
「星?」

 由良がクスリと笑う。肩越しに彼女を振り返り、茶色の眼を愉快そうに細めて言った。

「君の眼には星に見えるんだ」
「お、おかしいですか」
「いいや、ちっともおかしくないよ。とても言い得て妙だ。それはクレマチスのアンドロメダ。花言葉は、美しい心」
「こっちの雪の結晶のような白い花は?」
「それもクレマチスで、サマー・スノー」
「夏の雪なんてロマンチックで素敵ですね! あ、この日陰の花もイヤリングみたいで可愛い」
「それはフクシアのアナベル。花言葉は、慎ましい愛。信じる愛」
「これは? 白い花びらに中心が薄い黄色で、すごく華やか」
「ダリアのムーンワルツ。花言葉は、感謝と豊かな愛情」

 訊ねれば、すぐに答えが返ってくることにすっかり感心して、南は由良を尊敬のまなざしで見つめた。

「由良さん、すごい」
「すごくないよ。ただ祖母と一緒に僕も庭仕事を手伝って覚えただけ」

 彼は謙遜するが、南は首を横に振って言った。

「それでもすごいです。もしかして、お庭の花の名前、全部言えたりするんですか」
「それくらいはね。いまはガーデナーに任せているけど、祖母が元気だったときは僕たち二人で水やりや手入れをしたから」

 そう言って懐かしそうに庭を眺める由良の眼は優しい。たぶん、彼の祖母のことを思い出しているに違いない。
 南は緑の中に佇む由良の姿をじっと見つめた。思いがけず、彼の昔の話を聞けて嬉しい。
 ふと我に返った由良が、「行こうか」と蔓バラのアーチを潜る。彼女も後に続く。

「どうぞ、座って」

 ガゼボはきちんと手入れされていて、とてもきれいだ。中央に白いテーブルと、周囲には白いベンチがある。
 蒸し暑いが陽射しは遮られているし、風が吹けば涼しい。葉擦れの音や緑の匂いと花の甘い香りが盛夏を感じさせて気持ちよく、南はガゼボが気に入った。
 こうして座って緑と花に埋もれた庭を眺めると、おとぎ話の国に紛れ込んだ気がする。

「なんだか妖精の庭みたい」

 由良は南の隣に座り、背凭れに軽く寄りかかって、ある細い木を指して口を開く。

「じゃあ今度、あのサンザシを見張ってみようか。妖精が踊るかもしれない」
「えっ!? 本当に妖精がいるんですか!?」
「どうかな。僕は見たことないけど、祖母は妖精のためにってサンザシやスイカズラ、ハシバミの木を植えていたな。なんでも妖精が好きな草木なんだって」
「うわあ、優しい。妖精のために気配りするなんて、すごく素敵なおばあさまですね」

 亡くなられているとは残念。ぜひお会いしてみたかったなあ、と南が肩を落とすと、由良はつくづくと彼女を眺めて言った。

「……妖精の話を聞いて笑わなかったのは、君で二人目だ」
「一人目は誰です?」
「僕。僕と、君だけ」

 静かな声でそう呟き、由良はより低いトーンで囁いた。

「昔、祖母が……」

 彼が話を続けようとしたとき、突然、第三者の声が割って入った。

「ご歓談中、失礼します。飲み物をお持ちしました」

 現れたのは有馬だった。手に木製のトレイを持っていて、一声かけるなり、てきぱきとテーブルセッティングを始める。

「ダージリンのアイスティーと水菓子はマスカットの白ワインゼリーです」

 アイスティージャグとグラスとガラスの器を二つずつ並べて、スプーンを添える。

「どうぞ冷たいうちにお召し上がりください」
「ありがとうございます、有馬さん」

 南がペコリと頭を下げて礼を言うと、有馬は穏やかな笑顔を浮かべて答えた。

「どういたしまして。由良様、あまり暑いようでしたら中にお戻りください」
「ああ、わかってる」
「それから、こちらもよろしければご使用ください」

 そっと置かれたのは丸い形のカラフルなシリコン氷嚢だ。ピンクとブルー、二つある。
 握ると冷たい。額にあてると熱が引いていくようだ。

「気持ちいいー」
「よかったですね」

 よほどだらけた顔をしたのかもしれない。
 有馬が噴き出しそうになるのを堪えているような表情で、肩を微妙に震わせながら踵を返して去っていく。

「由良さんも、ほら、握ってみてください。ひんやりしてます」

 由良は有馬の後ろ姿をじっと見送り、次いで、南を見た。

「昨日、有馬となにかあった?」
「え?」

 南は氷嚢を頬にくっつけたままキョトンとした。
 由良は少し距離を詰め、彼女の眼を上目遣いで覗き込む。

「有馬があんなふうに笑うなんて、珍しいから」
「そうなんですか? えっと……でも、特に思い当たりません。別になにもなかったですよ。ただ、スマホで写真を一枚撮られたのと、て、手紙を書くようにお願いされたくらいで」

 そう言えば、変顔の写真を撮られて由良に送信されたはずだ。
 できれば消去してほしい、と言いかけたところ、由良に先手を打たれてしまった。

「あの写真だったら、待ち受けにしたよ」

 最悪だ。
 なんでよりによって変顔を撮られてしまったのか、悔やまれてならない。
 ショックを受けて絶句する南を余所に、由良は続ける。

「自然な表情がいいよね。今度、僕にも撮らせてくれる?」

 彼女は自棄(やけ)になって頷いた。

「由良さんも私に撮らせてくれるなら……」
「いいよ。いつでも好きに撮って」
「本当ですか!?」

 俄然、元気を取り戻す。
 彼は南の勢いにびっくりしたようで、一瞬息を呑んだが、すぐに相好を崩す。

「うん。ああでも、外部には流さないでくれる? 自分の写真が自分の知らない人の間で広まるのは、ちょっと気持ち悪いから」
「もちろんです。絶対にそんなことはしません!」

 力んで誓う。
 南があまりにも真に迫っていたためか、由良はおかしそうにくつくつと笑った。

「じゃあ、どうぞ? そうだ、せっかくだから二人一緒の写真も撮ろうか」
「ぜひ!」

 ときめき全開だ。嬉しくて嬉しくて、自分でも気持ち悪いくらい顔がニヤけてしまう。
 彼女はポーチから鏡を取り出して、髪の乱れを整えた。こっそり、リップも塗り直す。

「用意できました」
「よし、撮ろうか」

 南はスマートフォンのカメラアプリを立ち上げて、解像度を上げ、スタビライザー機能をオンにし、ホワイトバランスや露出などを調整した。最後にレンズを拭くのも忘れない。

「えっと、ここは少し暗いので、明るいところに移動したいです」
「背景も映るなら、サマー・スノーの前あたりはどうかな」

 白い夏の雪の花が満開の中に、由良と肩をくっつけて並ぶ。
 頭より少し上にスマートフォンを構えて眼を上げ、顎は引く。緊張して、手が震えた。

「と、撮ります」

 低いシャッター音。
 念のため確認してみると、心配したほどブレていない。それに写りもまあまあだ。言うまでもなく、由良は文句なしに格好いい。
 幸せだ。まるで夢のよう。
 念願の『彼氏とツーショット』だ。
 決めた。これは永久保存して、待ち受けにしよう。
 南がスマートフォンの画面に見入りながら幸福感を噛みしめていると、由良が彼女の手元を覗き込んで微笑む。

「よく撮れているね。その写真、僕にも送ってくれる?」
「はい。すぐに送ります。由良さん、ありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとう。『彼女とツーショット』写真を撮れるとは思ってもみなかったよ」

 嬉しそうに声を弾ませて、彼が少しはにかんだように笑う。
 その笑顔は南の胸を直撃した。心が締めつけられて苦しくなるほど、きれいだった。
 この瞬間を、この彼の笑顔を、一生忘れない――と南はそう思った。


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【2016/05/12 03:23】 | Leviathan ――リヴァイアサン――
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