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愛してると言いなさい
*小説家になろう様より移行しました。
<< 前の話
    
「今日はリゼの好きなことをしてあげる。なんでも言って?」
 
 あちら世界から訪れるなり、紅緒がそう言って服を脱いだので、リゼの頭は一瞬にして薔薇色に染まった。

「えええっ。そんなっ。いいの!? 本当に!?」
「うん、なんでもいいよ? なにかしたいこととか、食べたいものとかある?」
「君が食べたいです!!」
 
 ついばか正直に口を滑らせたリゼは、手元をおろそかにしたばかりに、八時間かけて詠唱し構成した、哨戒魔法の元素を吹っ飛ばしてしまった。
 
 そんなものかまうものか。

 この失敗に加え、ここ五日間の研究成果をすべて放り出す。
 いまこのとき、リゼの眼には紅緒しか映っていなかった。
 長い指をひっかけ、ラミザイの襟元を弛める。緊張と興奮のため、既に息が上がりはじめた。
 あちこちにぶつかり、物をひっくり返したり、割ったりしながら、悪態を吐きつつ、一時も惜しみ、紅緒のもとへと急ぐ。狭い家のほんのわずかな距離でさえ、もどかしいことこのうえない。
 紅緒はオレンジ色の七分袖の上着から腕を抜いたところで、上半身は細い肩紐の薄物一枚を身につけているだけだった。
 窓から射す朝の透明な光に白いうなじが輝いている。傷ひとつないきれいな背中は、華奢で、艶やかで、とてもとても眼の毒だった。

「……ベ、ニオ」

 咽喉の奥が焼けるように熱い。気が昂って、心臓が破れそうだ。
 
 ……触れたい。
 ……抱きしめたい。
 ……それから……。

 リゼは紅緒の後ろにそっと近寄って、半ばくらくらしながら、小さな身体を囲うように両腕を伸ばした。
 そのときだった。

「キッシュ、っていつものホウレンソウもどきとひき肉とチーズと青トマトの? ……ホウレンソウもどき、あったっけ? それに生クリームもつくらないとだめかな」
「そう、いつもの…………は? ホ、ホウレンソウ? 生クリームって……」
「え? だっていま、『キッシュが食べたい』って言ったでしょう?」
「言ってないよ、そんなこと!! 僕は、君が――」
「『君が』?」

 と言いながら肩越しに紅緒が振り返ったので、リゼは本能的に万歳をした。

「わ、なんでこんな近くにいるの」
 
 脱いだものでぎゅっと胸元を隠し、紅緒が肩をそびやかして後ろに下がる。上目遣いに睨まれてしまい、リゼは慌てて回れ右をした。

「み、見てないよっ!? ちょ、ちょっとしか見てない! 本当! 大事なところは見えなかった! 胸の谷間が小さいな、とか、ふっくらやわらかそうだな、とか、きれいな鎖骨をなぞってみたい、とか、うなじを攻めてみたいなんて思ってないから!!」
 
 すると紅緒は呆れたような、おどけたような笑い声を洩らした。

「あたりまえでしょ。リゼがそんな危険人物だったら困るんだから」
 
 バカを承知でリゼは大声でわめいた。

「僕は危険人物です!!」
 
 だが案の定、紅緒はとりあってくれない。

「え? どこが?」
「ど、どこって……そりゃ、その、つまり、僕だって男で、あるものはあるわけで、いつだって我慢できるわけでもなくて、えーと……なんでもないです……」
「? 変なリゼ」
 
 リゼはそのまま頭を抱えて床にうずくまった。
 もう何年もこんなことを繰り返している。

「――――ッたく! くそっ。今日こそは、今日こそはと思ったのに……っ。ひどい、なぜだ。僕は弄ばれているのか……!? だって好きにしていいって、いや、好きなことをしてあげるって言ったのに。危険人物だったら困るって、そりゃないよ。だってさ男は普通、狼だろう!? それなのに、僕だけ、僕だけなんで……あーっ! むかつくっ、あんなにかわいい顔して人を誘惑しておきながら、完全放置、すっとぼけるなんて、むごい、むごすぎる。この僕が、この僕がいいようにあしらわれるなんてあっていいのか!? いや! よくない! ようし、今日こそは一言、言ってやる――」
 
 十指で頭皮を掻くように長めの髪を掻き上げながら、敢然と首を振り上げる。すっくと起立し、意を決して呼びかけた。

「ベニオ――」
 
 ところが、いない。
 庭に出たようで、裏口の扉が半分開いている。
 肩すかしをくらい、壁に手をついてがっくりするリゼの前に、網カゴにたっぷりと収穫したホウレンソウもどきを抱えた紅緒が戻ってきて、笑いかける。

「なにして欲しいか、決まった?」
 
 無条件で信頼しきった笑顔。
 手を出しにくい、憎らしいほど清楚なその瞳の前に、リゼは屈した。

「…………はあ」
 
 再び、床に四つん這いになる。
 紅緒はモスグリーンのラミザイに着替えていた。そしてその上から、いつもの白いエプロンをつけて、腕まくりをはじめる。

「キッシュは焼いてあげる。他には? なにかしてほしいことない? あるなら――やだ、どうしたの、床に座り込んで。立ちくらみ? 大丈夫?」
「……平気」
「そう? ならよかった」

 相変わらず大事な部分は通じていないものの、紅緒は親切で、優しい。
 
 …………まあ、いいか。
 
 紅緒の鈍感はいまにはじまったことではない。
 もう何年も待っているのだから、このままあと数年待ったところで、どうってことはない(たぶん)。
 
 …………君がこうして気持ちよく僕の傍にいて笑ってくれるなら、いまはそっとしておこう。気が置けない関係と言うのも、悪くはない。
 
 だけど、いつか――。
 
 リゼの視線の先で、紅緒は擦り棒でクルミもどきやナッツ類をカシカシと砕きはじめた。
 リゼはその穏やかで美しい後ろ姿に眼を細めながら、呟いた。
 
 いつか、必ず。

「僕を愛していると言ってくれ」












 おまけ



 小さな食卓に向かい合わせで席に着く。
 焼きたてのホウレンソウもどきとチーズとトマトのキッシュと冷たい甘茶をいただきながら、リゼは訊いた。

「ところで、なんで急に変なことを言いだしたの?」
「変なこと?」
「……ほら、さっきの、な、なんでもしてあげる、とか。あ、言っておくけど、間違ってもあんなこと、他の男には言わないでね?」
 
 ああ、と紅緒は合点がいったように口角を横に伸ばした。

「今日はね、向うの世界では五月五日、端午の節句の日で」
 
 リゼは甘茶のおかわりを紅緒と自分のカップにそれぞれ注いだ。

「? ふうん? それ、なにか特別な日?」
「子供の日なの」
 
 ちょうど、ぐい、と甘茶を口に含んだところで、それを聞いたリゼは、「ぶーっ」と盛大に吹いてしまった。

「きゃっ。リゼ! 汚い!」
「ご、ごめん! でも――君が悪いんだぞ!?」
「なんでよ!? ああもう、せっかく新しいクロスをかけたばかりなのに――」
「なんでもなにも、なんで僕が子供扱いされなきゃならないんだ!?」
「やることなすこと子供と一緒でしょ! 手がかかるったらありゃしない――ほら、脱いで。洗わなきゃ。びしょびしょじゃないの、もう……」
 
 ああ――。
 
 とリゼは絶望的に嘆息し、両手で顔を覆って(さめざめと泣きながら)テーブルの上に突っ伏した。
 
 両想いへの道はまだまだ険しい――。

<< 次の話 
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「今日はリゼの好きなことをしてあげる。なんでも言って?」
 
 あちら世界から訪れるなり、紅緒がそう言って服を脱いだので、リゼの頭は一瞬にして薔薇色に染まった。

「えええっ。そんなっ。いいの!? 本当に!?」
「うん、なんでもいいよ? なにかしたいこととか、食べたいものとかある?」
「君が食べたいです!!」
 
 ついばか正直に口を滑らせたリゼは、手元をおろそかにしたばかりに、八時間かけて詠唱し構成した、哨戒魔法の元素を吹っ飛ばしてしまった。
 
 そんなものかまうものか。

 この失敗に加え、ここ五日間の研究成果をすべて放り出す。
 いまこのとき、リゼの眼には紅緒しか映っていなかった。
 長い指をひっかけ、ラミザイの襟元を弛める。緊張と興奮のため、既に息が上がりはじめた。
 あちこちにぶつかり、物をひっくり返したり、割ったりしながら、悪態を吐きつつ、一時も惜しみ、紅緒のもとへと急ぐ。狭い家のほんのわずかな距離でさえ、もどかしいことこのうえない。
 紅緒はオレンジ色の七分袖の上着から腕を抜いたところで、上半身は細い肩紐の薄物一枚を身につけているだけだった。
 窓から射す朝の透明な光に白いうなじが輝いている。傷ひとつないきれいな背中は、華奢で、艶やかで、とてもとても眼の毒だった。

「……ベ、ニオ」

 咽喉の奥が焼けるように熱い。気が昂って、心臓が破れそうだ。
 
 ……触れたい。
 ……抱きしめたい。
 ……それから……。

 リゼは紅緒の後ろにそっと近寄って、半ばくらくらしながら、小さな身体を囲うように両腕を伸ばした。
 そのときだった。

「キッシュ、っていつものホウレンソウもどきとひき肉とチーズと青トマトの? ……ホウレンソウもどき、あったっけ? それに生クリームもつくらないとだめかな」
「そう、いつもの…………は? ホ、ホウレンソウ? 生クリームって……」
「え? だっていま、『キッシュが食べたい』って言ったでしょう?」
「言ってないよ、そんなこと!! 僕は、君が――」
「『君が』?」

 と言いながら肩越しに紅緒が振り返ったので、リゼは本能的に万歳をした。

「わ、なんでこんな近くにいるの」
 
 脱いだものでぎゅっと胸元を隠し、紅緒が肩をそびやかして後ろに下がる。上目遣いに睨まれてしまい、リゼは慌てて回れ右をした。

「み、見てないよっ!? ちょ、ちょっとしか見てない! 本当! 大事なところは見えなかった! 胸の谷間が小さいな、とか、ふっくらやわらかそうだな、とか、きれいな鎖骨をなぞってみたい、とか、うなじを攻めてみたいなんて思ってないから!!」
 
 すると紅緒は呆れたような、おどけたような笑い声を洩らした。

「あたりまえでしょ。リゼがそんな危険人物だったら困るんだから」
 
 バカを承知でリゼは大声でわめいた。

「僕は危険人物です!!」
 
 だが案の定、紅緒はとりあってくれない。

「え? どこが?」
「ど、どこって……そりゃ、その、つまり、僕だって男で、あるものはあるわけで、いつだって我慢できるわけでもなくて、えーと……なんでもないです……」
「? 変なリゼ」
 
 リゼはそのまま頭を抱えて床にうずくまった。
 もう何年もこんなことを繰り返している。

「――――ッたく! くそっ。今日こそは、今日こそはと思ったのに……っ。ひどい、なぜだ。僕は弄ばれているのか……!? だって好きにしていいって、いや、好きなことをしてあげるって言ったのに。危険人物だったら困るって、そりゃないよ。だってさ男は普通、狼だろう!? それなのに、僕だけ、僕だけなんで……あーっ! むかつくっ、あんなにかわいい顔して人を誘惑しておきながら、完全放置、すっとぼけるなんて、むごい、むごすぎる。この僕が、この僕がいいようにあしらわれるなんてあっていいのか!? いや! よくない! ようし、今日こそは一言、言ってやる――」
 
 十指で頭皮を掻くように長めの髪を掻き上げながら、敢然と首を振り上げる。すっくと起立し、意を決して呼びかけた。

「ベニオ――」
 
 ところが、いない。
 庭に出たようで、裏口の扉が半分開いている。
 肩すかしをくらい、壁に手をついてがっくりするリゼの前に、網カゴにたっぷりと収穫したホウレンソウもどきを抱えた紅緒が戻ってきて、笑いかける。

「なにして欲しいか、決まった?」
 
 無条件で信頼しきった笑顔。
 手を出しにくい、憎らしいほど清楚なその瞳の前に、リゼは屈した。

「…………はあ」
 
 再び、床に四つん這いになる。
 紅緒はモスグリーンのラミザイに着替えていた。そしてその上から、いつもの白いエプロンをつけて、腕まくりをはじめる。

「キッシュは焼いてあげる。他には? なにかしてほしいことない? あるなら――やだ、どうしたの、床に座り込んで。立ちくらみ? 大丈夫?」
「……平気」
「そう? ならよかった」

 相変わらず大事な部分は通じていないものの、紅緒は親切で、優しい。
 
 …………まあ、いいか。
 
 紅緒の鈍感はいまにはじまったことではない。
 もう何年も待っているのだから、このままあと数年待ったところで、どうってことはない(たぶん)。
 
 …………君がこうして気持ちよく僕の傍にいて笑ってくれるなら、いまはそっとしておこう。気が置けない関係と言うのも、悪くはない。
 
 だけど、いつか――。
 
 リゼの視線の先で、紅緒は擦り棒でクルミもどきやナッツ類をカシカシと砕きはじめた。
 リゼはその穏やかで美しい後ろ姿に眼を細めながら、呟いた。
 
 いつか、必ず。

「僕を愛していると言ってくれ」












 おまけ



 小さな食卓に向かい合わせで席に着く。
 焼きたてのホウレンソウもどきとチーズとトマトのキッシュと冷たい甘茶をいただきながら、リゼは訊いた。

「ところで、なんで急に変なことを言いだしたの?」
「変なこと?」
「……ほら、さっきの、な、なんでもしてあげる、とか。あ、言っておくけど、間違ってもあんなこと、他の男には言わないでね?」
 
 ああ、と紅緒は合点がいったように口角を横に伸ばした。

「今日はね、向うの世界では五月五日、端午の節句の日で」
 
 リゼは甘茶のおかわりを紅緒と自分のカップにそれぞれ注いだ。

「? ふうん? それ、なにか特別な日?」
「子供の日なの」
 
 ちょうど、ぐい、と甘茶を口に含んだところで、それを聞いたリゼは、「ぶーっ」と盛大に吹いてしまった。

「きゃっ。リゼ! 汚い!」
「ご、ごめん! でも――君が悪いんだぞ!?」
「なんでよ!? ああもう、せっかく新しいクロスをかけたばかりなのに――」
「なんでもなにも、なんで僕が子供扱いされなきゃならないんだ!?」
「やることなすこと子供と一緒でしょ! 手がかかるったらありゃしない――ほら、脱いで。洗わなきゃ。びしょびしょじゃないの、もう……」
 
 ああ――。
 
 とリゼは絶望的に嘆息し、両手で顔を覆って(さめざめと泣きながら)テーブルの上に突っ伏した。
 
 両想いへの道はまだまだ険しい――。

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【2016/08/10 05:40】 | 愛してると言いなさい
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