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今日は何の日? 星がきれいです

愛してると言いなさい
*小説家になろう様より移行しました。
<< 前の話

 空に一片の雲もない、よく晴れた夜だった。
 手に角灯をぶら下げて、整備された道をてくてくと歩きながら、紅緒が言った。

「別についてこなくてもよかったのに……笹なら午前中に届いたから、力仕事はないんだし。ひとりで大丈夫だってば」
「一緒に行く」
「でも、この間の熱実験の結果を資料整理中でしょう?」
「いいんだ。君のが大事」
「なんでそんなに意固地になるのかなあ……ちょっと夜市に顔を出してお供え用のお酒を買いに行くだけよ? チビクロもいるから平気なのに、ね?」

 と、左肩にちゃっかり陣取る愛猫に頬ずりする。
 リゼはぎしっ、と眼を据わらせて紅緒が滞在中のみ居候を決め込む黒猫を睨んだ。

「男(ムシ)よけだよ。決まっているだろう」

 声を尖らせ断固とした調子で宣言しながら、ひらいた掌にばしっと拳を打ちこんだ。
 眉間に熱が溜まるのがわかる。
 夜市だって? そんな場所に、紅緒をひとりで送り込む危険などどうあっても冒(おか)せない。
 まして――。

「そんなきわどい恰好をした君を……! 本当だったら外なんて歩かせたくないんだよ!?」
「だったらリゼが代わりにおつかいに行ってくれればいいのに」
「でも君をひとりで家に残すのもいやだ! なにかあったらどうすると!?」
「なにもありません」
「わからないだろう!? かわいい君を狙っての押し売りとか強盗とか痴漢とか……! 許せない……そんな不届き千万な輩は八つ裂きからあげぶつ切りにして……っ」
「怖いこと言わないの! もう、さっきからなんなんですか、今日のリゼはちょっと変です」
「だって、君がそんな、眼のやり場に困る、色っぽい仮装をしてくるから……っ」
 
 今日の紅緒はラミザイでもサラエンでもなく、向うの世界から持参した衣装を纏っている。
 生地が薄く風通しがよいと言うそれは、一枚布で仕立てられ、腰にきつく巻いた帯のせいもあって、身体の線があらわになる。紺地に白い花柄。加えて、長い髪を結いあげて襟足をさらし、ふっくらした胸元がちらりと見え、とどめは素足に履きものをひっかけるという、どこを見ても眼がちかちかして、けしからん妄想が掻きたてられるという始末だ。
 しかし紅緒はいつもの如く、なにもわかっていない様子で。

「仮装じゃありません。浴衣です。リゼが見たいって言うからわざわざ持って来たのに。なんで怒るの?」
「怒ってるわけじゃ……嬉しい、嬉しいんだけど。まさかこんなに脱がしやすそうな服だとは……それに帯に押さえつけられていい感じで胸も目立って、足なんて歩くたびに太腿まで見えそうじゃないか……まずい、まずいだろ。やっぱりいまからでも引き返して――」
「あ、流れ星!」
「え?」

 口をひらいて天空を指差し、見上げながら、にこっと笑う紅緒はやたらと愛らしく。
 リゼはたまらずごくりと唾を呑み、衝動的に細い腰を腕ずくで引き寄せ、潰さないよう力を加減して、後ろから抱きしめた。

 いい匂いがする……。

 柔らかくて、温かくて、優しくて……規則的な鼓動を近くに感じれば感じるほど安心する。守りたいと思う。傷つけたくないと。離れたくない、離したくない。
 そしてつい、本音がぼろっと口からこぼれた。

「……帰したくない……」

 紅緒はほんの束の間、真顔になってリゼをじっと見つめ、リゼはそのつぶらな瞳にどきっとした。

 どう反応されるか。

 緊張の一瞬。
 ところが紅緒は、よしよし、とリゼの額を撫ぜて言うことに。

「大丈夫、今回はばっちりごはんをつくっておいたから飢えることはありません」
「そうじゃなくてっ!!」
 
 まるで意思が通じ合わない。
 リゼはこの歯がゆさをなんともしがたく、もういっそ、このまま頭から覆いかぶさって唇が腫れるくらいキス責めにしてやろうか――と邪悪な下心に唆されそうになったとき、

「……星がきれい」

 紅緒が全身をリゼに預けてきた。
 つられて見上げれば、夜空には銀河がかかっている。
 澄み切った空気、満天のきらめく星。
 それを映す紅緒のきらきらした黒い瞳こそ、一番美しい。

「……君の方がきれいだ」
「はいはい」
「またそうやって茶化して……いったいいつになったら君は僕のこと……」
「ぶつぶつ言わないの。さ、お買い物して、帰ろう? 短冊書かないといけないし」
「“たんざく”?」
「短冊。自分の願い事を書くの。そうすると、願い事がかなうっておまじない。今日は七夕だから」
「七夕……?」

 紅緒はむずがるように身体を動かして、リゼの腕から抜け出した。華奢な背と細い足首が暗がりに浮き上がり、ほのかな色香を漂わせて、リゼを惑わす。

「星を祭る日。天の川に隔てられた恋人同士の伝説で、正しくは織女星(しゅくじょせい)と牽牛星(けんぎゅうせい)――一般には織り姫と彦星っていうんだけど、一年に一度、今日この日にしか会えないの。それも雨が降っていたらだめ。晴れてよかった」
「? でも、こちらとあちらでは、星座なんてまるで違うだろう」
「そこはそれ、イベントだからいいの。祈るだけだったらどこでも一緒でしょ。それに向うでは、特に私が住んでいるところじゃ、星なんて見えないよ……」
 
 その口ぶりが寂しげだったので、肩を抱いて慰めようとなにげなく腕をまわしたところ、

「に?」

 と、すっかり存在を忘れていた黒猫が、しゃきーんと爪を伸ばして、油断しきっていたリゼの手の甲をひっかいた。

「いっ……! このおっ、なにするんだ、クソバカチビ猫が――」
「にー!」
「問答無用! 覚悟しろ!」
「ににーっ」
 
 リゼは抵抗する黒猫を鮮やかな手つきで素早く掴み、握り潰そうとした。
 だが。

「喧嘩するなら、帰ります」

 紅緒の一言で、リゼは空中に黒猫を放り出した。

「喧嘩やめます!!」
「にー!!」
 
 そして、ひゅーっと垂直落下してきた黒猫を、紅緒が両手で受け止める。
 
 あとはおとなしく用事を済ませて家路に着いた。

















      おまけ





 昼間の内に用意した笹は飾り物で彩られ、更に、黒猫の足跡がポン、とひとつ捺された短冊と、紅緒とリゼの願いが書かれた短冊がそれぞれ吊るされた。
 しかし、紅緒の短冊はあちら側の文字で記されているため、リゼには解読不能だった。
 そこで訊いてみると、

「内緒です」
「なんで?」
「なんでも」
「ぼ、僕は、ちゃんと一番の願い事を書いたよ!?」
 

 君といつまでも一緒にいられますように――。

 紅緒はその意味するところをわかっているんだか、いないんだか、わからない、健全な眼つきで、後ろ手を組み、夜風にそよぐ笹と短冊を眺めて、すがすがしい表情を浮かべている。

「教えてよ」
「教えません」
「ずるい」
「ずるくないです」
「気になります!!」
「恥ずかしいから、だめです」
「はっ、恥ずかしい!? ちょっ、なっ、ど、どういうこと――ベニオ!!」
 
 必死で引き止める甲斐もなく、紅緒は愛猫を肩からおろし、撫でながら、家に入ってしまった。なぜかとても嬉しげな顔で。
 リゼはそれからしばらく茫然と突っ立っていたものの、ややあって、諦めた。
 
 いまは無理でも。
 いつか教えてもらえばいい。

 ふと衝動的に、リゼは紅緒の願いが書かれた短冊に手を伸ばした。角を指でつまんで引き寄せ、キスを落とす。

「……願わくば、君の願いが僕と同じであることを」

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