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愛してると言いなさい
*小説家になろう様より移行しました。
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 夕食後、さきほど届いたばかりの注文した品を片手にカトレーがアルディのもとを訪ねる途中、偶然飛び込んできた会話に耳を澄ます。
 男性専用の娯楽室前を通ったときだった。七、八名がたむろして雑談している。

「なぁ、デューイ家の令嬢だけどさ、最近ぐっと大人っぽくなったと思わないか」
「思う。前はただお人形さんのようにかわいいだけだったけど、いまはこう、はっとするほどきれいだよな」
「同感です。眼元とか細い襟足とか、思わず視線で追うほど色っぽい。やはり男ができると見違えるほど変わりますね」
「あ、じゃ、あの噂って本物? カトレー・ヴァン・クローデルが執拗に言い寄ってものにしたって……」
「俺が小耳に挟んだ限りじゃあ二人は友人以上、恋人未満。つまり、俺達にもまだ手を出す隙はあるってわけだ。うひひ」
「あなた下品ですよ。私は結婚を前提とした婚約者だと聞きましたけど?」
「一旦付き合って別れたって話じゃないのか。いや、それともまだ続いているのかな」
「続いていますとも」

 カトレーは娯楽室の扉に手をかけたまま、にっこりと微笑した。
 いきなり現れたカトレーに度肝を抜かれたのか、一瞬でその場にいた全員が口を閉じて寒々しい愛想笑いを返してきた。

「カ、カ、カトレー殿。い、いつからそこに……」

 カトレーは居合わせた顔ぶれを瞬時に記憶照合し、下位の華貴族と上位の豪貴族であることを把握した。上位の大貴族である彼の機嫌を損ねていいことはなにもないと理解しているためか、これ以上の失言をさらすまいと誰も下手な逃げ口上を並べなかった。ただ気まずそうに眼を泳がせて、どう保身したものかと互いの様子を窺っている。

「歓談中、首を突っ込んで悪かったね。私の名前が聞こえたものだから、つい」
「は、はは……」
「なにか噂に誤解があるようからはっきりと言っておくけど、アルディ・ドォワ・デューイ嬢とは結婚を視野に入れてお付き合いをさせていただいている。どんな手出しも無用に願いたいものだ」
「も、も、も、もちろんですとも!」
「もしもアルディ殿になにかあれば――」

 あえて言葉を区切り、カトレーは声を低く落として冷たく凄んでみせた。

「この私が黙っていないと憶えておくがいい」

 完璧な笑顔で恫喝を締め括るとカトレーはさっさと踵を返した。
 暇な宮廷人共をまともに相手になどしていられない。あれだけ脅しておけば噂はあっという間に広まり、アルディに余計なちょっかいをかけようという輩もこれまで以上に減るだろう。

 だが、やや大人げなかったかもしれない。

 そう自省する一方で早く手を打たなければ面倒な事態になるという危機感もあった。
 カトレーはぐいと肩を怒らせた。自然と歩幅が広くなり、足も速まる。手中のものが俄かに重みを増した。
 急ぎ足で向かいながら、噂になるのも仕方ない、と嘆息を吐く。最近のアルディはとみに美しい。頻繁に会っているカトレーでさえドキッとする瞬間があるのだ。たまに見かける程度であれば噂になるのも道理である。

 特に、笑った顔は……。

 罪なくらいきれいで、まともに見てしまえばコロッと恋に堕ちるに違いにない。事実、その手の輩が既に片手の指では足りないくらいの数に上っていることをカトレーは把握していた。

 気が焦る。これは嫉妬だ。
 懸念はわかっている。横から他の男に奪われることがないとは決して言い切れない以上、早く既成事実をつくってしまいたいのだ。
 いっそダナンのように式はあとでも婚姻届だけ先に出してしまうのも有効な策かもしれない。それとも大々的に婚約披露パーティでも開いて……。

 思考がだんだんと危険な方向に及びはじめたとき、アルディの部屋に着いた。手の中の品を懐に隠す。身なりを確認し、ノックする。

「はい。どなたですの?」
「私だ、カトレーだよ」
「えっ。あ、あの、ちょっとお待ちくださいですの」

 慌てたようにバタバタする音が聞こえてくる。
 ややあって扉が開き、うすいピンク色の部屋着を纏い、髪を下ろしたアルディが姿を見せた。

「やあ」
「こ、こんばんはですの」
「話があってね。少しだけ時間をもらえないかな」
「ええと、あの」
「入ってもいい?」

 押しの強い声で言う。女性の部屋を訪ねるには遅い時間だが、相手は恋人だ。非常識というほどでもない。
 退くつもりがないことを察したのだろう、アルディは中に通してくれた。

「お話を聞く前にちょっとだけあっちを向いていてくださいですの」

 アルディは壁を指す。

「なぜ?」
「こっちを向いちゃだめですの! アルがいいって言うまで絶対に見ないでくださいですの!」

 見られて困るなにがあるというのだろう?

 年頃の女性だ、色々とあるに違いにない。
 カトレーは肩を竦めた。

「わかったよ。壁を眺めていればいいんだね?」

 せっかく二人きりだというのに、このつれない仕打ちにカトレーは苛立たしさともどかしさで愚痴をこぼしそうになった。
 だが年上としての矜持もあり、グッと不満を堪えておとなしく後ろを向く。
 しかし、待てども待てども、合図がない。
 しまいには腹が立ってきた。
 浮気を疑ったことはないが、絶えず恋文や花や贈り物が届くとは聞いていた。もしかしたら、その中に無視できないものでも混じっていたのかもしれない。

 たとえば、元婚約者からの手紙だったら――?
 そんなものを見られるわけにはいかないと、証拠隠滅に右往左往していたりするのかもしれない。

 途端に猛烈な嫉妬の炎が胸を焦がした。ばかげている想像だ、と思いつつも不安と焦燥がカトレーの思考を乱した。これ以上じっとしていられず、肩越しに振り向く。

「もういいかげん――え?」
「完成ですの!」

 眼に飛び込んできたのは、手編みの手袋。
 アルディがにこにこしながら両手で差し出している。

「……私に?」

 拍子抜けして、とぼけた声が出てしまう。

「はいですの!」

 アルディが小さな手を胸の前で合わせてはしゃいだ声で続ける。

「カトレー様には緑色が似合いますの。もうだいぶ寒くなりましたから使っていただけると嬉しいですの!」

 眩しいほどの笑顔が弾ける。
 感動で胸が震えた。こんなに嬉しい贈り物ははじめてで、眼頭が熱くなった。

「まいったな……」
「なんですの?」
「くだらない嫉妬でばかなことを考えて……自分が恥ずかしいよ。もう少しで君を傷つけるところだった。いや、なんでもない。本当に嬉しいよ、ありがとう。大切にする」

 カトレーは手袋を嵌めてみた。温かい。しっくりくる。手を開いて閉じてと二、三度繰り返し、感触を味わって、様子を見守るアルディに微笑みかけた。

「いいね。気に入った」
「よかったですの」

 ぱっと表情が明るくなる。アルディは嬉しそうに笑った。
 それからおもむろに小首を傾げて訊ねた。

「そういえば、カトレー様のお話ってなんですの?」

 カトレーは頷き、手袋を嵌めたままの手で懐から小さな箱を取り出し、アルディにそっと手渡した。

「君のこのすてきな贈り物には劣るけど……受け取ってくれないか」

 もっと気の利いた甘いセリフを言えばいいものを、だが口からこぼれたのは平凡極まりない言葉で、しかもあとが続かない。

「その……」

 うまく言えない。

 カトレーは噛みしめた唇に悔しさを滲ませた。アルディが相手だとどうしてこうも愚鈍な一面ばかりを見せる情けない男になり下がるのか。

「……開けてみてもよろしいですの?」
「あ、ああ、もちろん」

 アルディの細い指が箱の蓋を押し開く。
 中身は、赤い指輪。
 婚約者同士が嵌める対の指輪で、中央に赤い宝石、輪の裏に両名の名と家紋が刻まれている。
 なにか言ってくれ、と願うカトレーの心の悲鳴も空しく沈黙が返ってくる。
 間が重い。
 耐えきれなくなり、カトレーは口を切った。

「先に結婚は申し込んだものの、まだ正式に婚約していなかったろう。私としては、つまりその、今更と言えば今更だが、けじめとして君と結婚を前提としちゃ――っ」

 緊張のため、噛んだ。

 ……恰好悪い。

 内心、悪態をつく。ここぞというときに決められないとはどれだけ余裕がないのか、ほとほと自分に嫌気がさす。きっとアルディも呆れているに違いない。
 笑われるのも覚悟の上で恐々とアルディの表情を窺う。そろりと下に視線を向けて、カトレーは絶句した。
 アルディがしゃくり上げながら、大粒の涙を流して泣いている。

「ど……」

 声が詰まる。予想外の反応に硬直してしまう。唾を呑んで、カトレーは喉を整えた。

「どうしたのだね、いったい……」
「……ですの」
「え?」
「嬉しいですの。とってもとっても――嬉しいですの! カトレー様、大好きですの!」

 わあああああん、と感激の声を放ち、アルディはカトレーの胸に飛び込んできた。
 カトレーは面食らいながらもアルディを受け止め、泣きじゃくるアルディの背を撫でてあやした。

 号泣するほど嬉しいのか……。

 これほど喜ばれるとは思ってもみなかった。
 カトレーはアルディの涙を見て、変に気張っていた自分を愚かしく思った。
 なにも取り繕う必要などない。ただ自分の正直な気持ちをそのまま告げることが大事なのだ。
 この手袋のように。
 心から相手を想う気持ちがあれば、そう伝えるだけで十分なのだ。
 
 君が欲しいと。
 君と結婚したいと。
 一生共にいてほしいと願い出るのだ、いますぐに。

 カトレーはそっとアルディの手に触れ、片膝を床について視線を合わせた。

「遅くなってすまなかったね……もう一度、今度はきちんと伝えるから、私の言葉を聞いてくれないか……?」

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 夕食後、さきほど届いたばかりの注文した品を片手にカトレーがアルディのもとを訪ねる途中、偶然飛び込んできた会話に耳を澄ます。
 男性専用の娯楽室前を通ったときだった。七、八名がたむろして雑談している。

「なぁ、デューイ家の令嬢だけどさ、最近ぐっと大人っぽくなったと思わないか」
「思う。前はただお人形さんのようにかわいいだけだったけど、いまはこう、はっとするほどきれいだよな」
「同感です。眼元とか細い襟足とか、思わず視線で追うほど色っぽい。やはり男ができると見違えるほど変わりますね」
「あ、じゃ、あの噂って本物? カトレー・ヴァン・クローデルが執拗に言い寄ってものにしたって……」
「俺が小耳に挟んだ限りじゃあ二人は友人以上、恋人未満。つまり、俺達にもまだ手を出す隙はあるってわけだ。うひひ」
「あなた下品ですよ。私は結婚を前提とした婚約者だと聞きましたけど?」
「一旦付き合って別れたって話じゃないのか。いや、それともまだ続いているのかな」
「続いていますとも」

 カトレーは娯楽室の扉に手をかけたまま、にっこりと微笑した。
 いきなり現れたカトレーに度肝を抜かれたのか、一瞬でその場にいた全員が口を閉じて寒々しい愛想笑いを返してきた。

「カ、カ、カトレー殿。い、いつからそこに……」

 カトレーは居合わせた顔ぶれを瞬時に記憶照合し、下位の華貴族と上位の豪貴族であることを把握した。上位の大貴族である彼の機嫌を損ねていいことはなにもないと理解しているためか、これ以上の失言をさらすまいと誰も下手な逃げ口上を並べなかった。ただ気まずそうに眼を泳がせて、どう保身したものかと互いの様子を窺っている。

「歓談中、首を突っ込んで悪かったね。私の名前が聞こえたものだから、つい」
「は、はは……」
「なにか噂に誤解があるようからはっきりと言っておくけど、アルディ・ドォワ・デューイ嬢とは結婚を視野に入れてお付き合いをさせていただいている。どんな手出しも無用に願いたいものだ」
「も、も、も、もちろんですとも!」
「もしもアルディ殿になにかあれば――」

 あえて言葉を区切り、カトレーは声を低く落として冷たく凄んでみせた。

「この私が黙っていないと憶えておくがいい」

 完璧な笑顔で恫喝を締め括るとカトレーはさっさと踵を返した。
 暇な宮廷人共をまともに相手になどしていられない。あれだけ脅しておけば噂はあっという間に広まり、アルディに余計なちょっかいをかけようという輩もこれまで以上に減るだろう。

 だが、やや大人げなかったかもしれない。

 そう自省する一方で早く手を打たなければ面倒な事態になるという危機感もあった。
 カトレーはぐいと肩を怒らせた。自然と歩幅が広くなり、足も速まる。手中のものが俄かに重みを増した。
 急ぎ足で向かいながら、噂になるのも仕方ない、と嘆息を吐く。最近のアルディはとみに美しい。頻繁に会っているカトレーでさえドキッとする瞬間があるのだ。たまに見かける程度であれば噂になるのも道理である。

 特に、笑った顔は……。

 罪なくらいきれいで、まともに見てしまえばコロッと恋に堕ちるに違いにない。事実、その手の輩が既に片手の指では足りないくらいの数に上っていることをカトレーは把握していた。

 気が焦る。これは嫉妬だ。
 懸念はわかっている。横から他の男に奪われることがないとは決して言い切れない以上、早く既成事実をつくってしまいたいのだ。
 いっそダナンのように式はあとでも婚姻届だけ先に出してしまうのも有効な策かもしれない。それとも大々的に婚約披露パーティでも開いて……。

 思考がだんだんと危険な方向に及びはじめたとき、アルディの部屋に着いた。手の中の品を懐に隠す。身なりを確認し、ノックする。

「はい。どなたですの?」
「私だ、カトレーだよ」
「えっ。あ、あの、ちょっとお待ちくださいですの」

 慌てたようにバタバタする音が聞こえてくる。
 ややあって扉が開き、うすいピンク色の部屋着を纏い、髪を下ろしたアルディが姿を見せた。

「やあ」
「こ、こんばんはですの」
「話があってね。少しだけ時間をもらえないかな」
「ええと、あの」
「入ってもいい?」

 押しの強い声で言う。女性の部屋を訪ねるには遅い時間だが、相手は恋人だ。非常識というほどでもない。
 退くつもりがないことを察したのだろう、アルディは中に通してくれた。

「お話を聞く前にちょっとだけあっちを向いていてくださいですの」

 アルディは壁を指す。

「なぜ?」
「こっちを向いちゃだめですの! アルがいいって言うまで絶対に見ないでくださいですの!」

 見られて困るなにがあるというのだろう?

 年頃の女性だ、色々とあるに違いにない。
 カトレーは肩を竦めた。

「わかったよ。壁を眺めていればいいんだね?」

 せっかく二人きりだというのに、このつれない仕打ちにカトレーは苛立たしさともどかしさで愚痴をこぼしそうになった。
 だが年上としての矜持もあり、グッと不満を堪えておとなしく後ろを向く。
 しかし、待てども待てども、合図がない。
 しまいには腹が立ってきた。
 浮気を疑ったことはないが、絶えず恋文や花や贈り物が届くとは聞いていた。もしかしたら、その中に無視できないものでも混じっていたのかもしれない。

 たとえば、元婚約者からの手紙だったら――?
 そんなものを見られるわけにはいかないと、証拠隠滅に右往左往していたりするのかもしれない。

 途端に猛烈な嫉妬の炎が胸を焦がした。ばかげている想像だ、と思いつつも不安と焦燥がカトレーの思考を乱した。これ以上じっとしていられず、肩越しに振り向く。

「もういいかげん――え?」
「完成ですの!」

 眼に飛び込んできたのは、手編みの手袋。
 アルディがにこにこしながら両手で差し出している。

「……私に?」

 拍子抜けして、とぼけた声が出てしまう。

「はいですの!」

 アルディが小さな手を胸の前で合わせてはしゃいだ声で続ける。

「カトレー様には緑色が似合いますの。もうだいぶ寒くなりましたから使っていただけると嬉しいですの!」

 眩しいほどの笑顔が弾ける。
 感動で胸が震えた。こんなに嬉しい贈り物ははじめてで、眼頭が熱くなった。

「まいったな……」
「なんですの?」
「くだらない嫉妬でばかなことを考えて……自分が恥ずかしいよ。もう少しで君を傷つけるところだった。いや、なんでもない。本当に嬉しいよ、ありがとう。大切にする」

 カトレーは手袋を嵌めてみた。温かい。しっくりくる。手を開いて閉じてと二、三度繰り返し、感触を味わって、様子を見守るアルディに微笑みかけた。

「いいね。気に入った」
「よかったですの」

 ぱっと表情が明るくなる。アルディは嬉しそうに笑った。
 それからおもむろに小首を傾げて訊ねた。

「そういえば、カトレー様のお話ってなんですの?」

 カトレーは頷き、手袋を嵌めたままの手で懐から小さな箱を取り出し、アルディにそっと手渡した。

「君のこのすてきな贈り物には劣るけど……受け取ってくれないか」

 もっと気の利いた甘いセリフを言えばいいものを、だが口からこぼれたのは平凡極まりない言葉で、しかもあとが続かない。

「その……」

 うまく言えない。

 カトレーは噛みしめた唇に悔しさを滲ませた。アルディが相手だとどうしてこうも愚鈍な一面ばかりを見せる情けない男になり下がるのか。

「……開けてみてもよろしいですの?」
「あ、ああ、もちろん」

 アルディの細い指が箱の蓋を押し開く。
 中身は、赤い指輪。
 婚約者同士が嵌める対の指輪で、中央に赤い宝石、輪の裏に両名の名と家紋が刻まれている。
 なにか言ってくれ、と願うカトレーの心の悲鳴も空しく沈黙が返ってくる。
 間が重い。
 耐えきれなくなり、カトレーは口を切った。

「先に結婚は申し込んだものの、まだ正式に婚約していなかったろう。私としては、つまりその、今更と言えば今更だが、けじめとして君と結婚を前提としちゃ――っ」

 緊張のため、噛んだ。

 ……恰好悪い。

 内心、悪態をつく。ここぞというときに決められないとはどれだけ余裕がないのか、ほとほと自分に嫌気がさす。きっとアルディも呆れているに違いない。
 笑われるのも覚悟の上で恐々とアルディの表情を窺う。そろりと下に視線を向けて、カトレーは絶句した。
 アルディがしゃくり上げながら、大粒の涙を流して泣いている。

「ど……」

 声が詰まる。予想外の反応に硬直してしまう。唾を呑んで、カトレーは喉を整えた。

「どうしたのだね、いったい……」
「……ですの」
「え?」
「嬉しいですの。とってもとっても――嬉しいですの! カトレー様、大好きですの!」

 わあああああん、と感激の声を放ち、アルディはカトレーの胸に飛び込んできた。
 カトレーは面食らいながらもアルディを受け止め、泣きじゃくるアルディの背を撫でてあやした。

 号泣するほど嬉しいのか……。

 これほど喜ばれるとは思ってもみなかった。
 カトレーはアルディの涙を見て、変に気張っていた自分を愚かしく思った。
 なにも取り繕う必要などない。ただ自分の正直な気持ちをそのまま告げることが大事なのだ。
 この手袋のように。
 心から相手を想う気持ちがあれば、そう伝えるだけで十分なのだ。
 
 君が欲しいと。
 君と結婚したいと。
 一生共にいてほしいと願い出るのだ、いますぐに。

 カトレーはそっとアルディの手に触れ、片膝を床について視線を合わせた。

「遅くなってすまなかったね……もう一度、今度はきちんと伝えるから、私の言葉を聞いてくれないか……?」

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【2016/08/10 05:55】 | 愛してると言いなさい
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