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たまにはこんな一日 ~『どこでも読書』特別番外編SS~

愛してると言いなさい
*小説家になろう様より移行しました。
<< 前の話


「今日一日、ベニオはなにもしないでね! 家事は全部僕がやるから」

 ある寒い冬の日。
 いつものように召喚されてリゼの家を訪れた紅緒は、出迎えたリゼに、開口一番こう告げられた。

「ベニオは好きなことをして寛いでいてくださいっ」

 ほとんど強引に長椅子に腰かけさせられる。

「たまには僕に任せてよ」

 やる気だ。なぜだかわからないけれど。
 紅緒は戸惑いながらも、コクリと頷いた。

「じゃあ……せっかくだから、お言葉に甘えようかな」
「あ、でも、外には出ないでね。なんだか雪が降りそうだし、そうじゃなくても、僕の眼の届くところにいてくれたら嬉しい」
「はいはい」

 紅緒はクスクス笑いながら、リゼがエプロンを身につけて、腕まくりする様子を眺めた。

「頑張って、リゼ」

 ひと声かけると、リゼはぱっと笑って、胸を叩いた。

「はいっ」

 どうして急にこんなことを言い出したのかな? と紅緒は不思議に思った。
 だが理由はともかく、せっかくリゼが働く気で張り切っているのに水を差すのも悪い気がしたので、深く追求するのはやめておいた。
 いつのまにそこにいたのか、小さな黒猫に指を舐められた。愛猫のチビクロだ。

「チビクロ」
「にー」

 ぱっちりした黒眼を輝かせて、しなやかな尻尾をはたはたと振るしぐさが愛らしい。

「……遊ぶ?」
「にー!」

 紅緒は猫じゃらしを持ち出して、リゼの邪魔にならないよう、厨房の食卓の席でチビクロをかまうことにした。
 リゼは片付けからはじめて、窓拭きを含む、本格的な掃除を開始した。
 それが済むと昼食を拵え、食器を洗い、洗濯、薪割り、蝋の補充、買い物と甲斐甲斐しく働いている。
 紅緒は思いがけず空いた時間を、有効活用することにした。

 久々に新しい器でも作ろう。

 そこで、きれいになった居間に大きな敷物を広げ、椅子と足踏み式轆轤(ろくろ)を運んだ。作業着に着替え、髪を結び、粘土とヘラ、手拭き布などを用意する。
 リゼは外の浴室掃除にかかっている。チビクロは少し離れた長椅子の上で丸くなり、時折こちらを窺っては、眼を瞑ったり、欠伸をしたり、ヒゲをひくつかせたりしていた。

「よい、しょっと」

 紅緒は鏡盤と呼ばれる回転台の中央に粘土の球を置いた。椅子に座り、粘土に手を添えて、足で速度を制御しながら鏡盤を回転させはじめる。しばらく粗い粘土を手で下と内側に押して、潰し、こねて、掌になじませる。柔らかくなるまで続ける。

「あれ、珍しい。なにか作るの?」

 リゼが戻って来た。白い吐息。外は寒かったのだろう。吹き込んだ風が暖炉の炎を揺らした。

「うん。サラダ用の少し深い器。いまのより大きめのものが欲しくて」
「僕も手伝う」
「いいよ、ゆっくりしていて。ずっと動いていたから疲れたでしょう?」
「手伝いたいんだ」

 と言って、リゼはいそいそと椅子を持ってきて、紅緒の背後に座り、後ろから手を伸ばして紅緒の手に重ねる。リゼの胸にすっぽりと抱きこまれるような恰好だ。

「じゃあ……そっとね、指に力を入れないで」

 回転する粘土に手を這わせて穴を開けていく。広げたところで、不意にぺしゃっと潰れた。

「失敗」
「失敗だ」

 小突き合う。
 次はもっと慎重に形を整えて、いい感じに穴を広げ、底を作ったところで、またも歪んだ。

「ンもう、リゼが変に動いたから」
「だって君の髪が首筋にかかってくすぐったくてさ。ごめん、もう一度」

 呼吸を整えて、手に手を重ね、粘土に触れる。形が徐々に丸みを帯びていく。穴を開けて、丁寧に広げ、底を作り、壁面を滑らかに、厚みを均等に仕上げる。

「よし、上出来」
「もう終わり?」

 紅緒は素生地のそれを乾燥棚に運んだ。
 物足りなさそうなリゼの声に、紅緒は笑い、新しい粘土玉を準備した。

「もう一枚作ろうか?」
「うん!」

 暖炉の火がパチパチと爆(は)ぜる。たまに風に叩かれた窓がカタカタ鳴った。轆轤がまわる音。穏やかな沈黙。チビクロが長椅子の上でうつらうつらしている。このこじんまりとした家の隅々まで、優しい静けさがみちている。
 リゼが紅緒のうしろで心から寛いだような呟きを漏らした。

「なんか……こういうの、いいね。幸せな感じ」
「おおげさ」
「おおげさじゃないよ。本当だよ」

 紅緒はリゼの手に覆われた自分の手を、そろそろと放した。ゆっくりと回転が止まるのを待ち、成形した全体像を眺める。

「んー……ここらへんが不格好だけど、ご愛嬌かな」
「完璧じゃない方がいいよ。少しくらい歪な方が器に味が出るし、愛着も湧くと思う」
「そうだね」

 リゼの言うとおりだ。
 紅緒はこれも慎重に乾燥棚に運び、先程のものと並べた。

「のんびり乾燥させて、暖かくなるまで待って、春になったら焼こうか?」
「火は僕が熾(おこ)すよ」
「うん」
「楽しみだね」
「楽しみだな」

 リゼと声がぴったり同調した。なんだかおかしくなって、二人で顔を見合わせて笑い転げる。

「じゃあ、ごはん前にベニオはお風呂に入ってきてください」

 いつのまにかお湯を沸かしていたらしい。
 紅緒は自分の粘土にまみれた姿を見て、さっぱりしたいな、と素直に思った。

「リゼは?」
「僕はあとで入るよ。ゆっくり温まってきて。その間にごはんもできるから」
「じゃあ……お言葉に甘えようっと」
「にー」

 いつのまにか、チビクロが眼を醒まして、足元に擦り寄っている。

「チビクロも私と一緒にお風呂に入る?」

 紅緒が屈むと、愛猫は嬉しそうにすぐさま腕から定位置の左肩へ駆け上がった。
 だが、ひょい、と伸びたリゼの手で、ただちに首根っこを掴まれてしまう。

「お・ま・え・も・あ・と・だ!」
「にーっ!」

 チビクロは抗議してジタバタしたが、リゼに放す気はないようだ。ぎゃあぎゃあと、いつものように騒々しく揉めはじめる。
 紅緒は仲良く喧嘩するリゼとチビクロを横目に、ひとり入浴にいった。
 ぽかぽかと温まり、さっぱりして戻ると、リゼがちょうど夕食の支度を終えたところだった。

「わあ、おいしそう」

 食卓の上には、野菜のリゾットと具だくさんのポトフ、サラダが並んでいた。
 既にチビクロは所定の位置にちょこんと座っている。
 リゼは紅緒のために椅子を引いてくれた。

「さ、どうぞ。温かいうちに召し上がれ」

 その言い回しはいつもの紅緒の真似たもので、思わず笑いが込み上げた。

「はい、いただきます」

 まずはリゾットから。スプーンを口に運ぶ。
 向かい側に着席したリゼは、ちょっと緊張した面持ちで紅緒の反応を見ている。

「ど、どう?」
「とってもおいしいです」
「よかった! たくさんあるからいっぱい食べてね。デザートも作ったんだ」

 ほっとしたように笑うリゼは満足そうだ。
 和やかな雰囲気で食事が進む。他愛のない会話。ふとした沈黙。外はいつのまにか雪景色。
 二人で長椅子に寛ぎ、暖炉の火を見るともなく見つめる。食後のお茶をゆったりとした気分で楽しみながら、紅緒はリゼに声をかけた。

「ね」
「ん、なに?」
「……今日は、どうしてこんなに色々、頑張ったの?」

 言おうか、言うまいか。
 少しの逡巡を示し、リゼは口角を結ぶと、無言で腕を伸ばしてきた。軽く肩を抱き寄せられる。
 ややあって、

「……この前、君が来たとき、なんだか元気がないように見えたから。訊いても答えてくれないし、なんでもないふりをしていたけれど、疲れているみたいで、気になって。……僕でなにかできないかなあって思ったんだ」
「……私を元気づけようとしてくれたの?」
「たいしたことできなくて、ごめん」
「そんなことない」

 紅緒は胸が詰まった。思いがけないリゼの心遣いが嬉しかった。
 優しいまなざし。
 労わりの心は気持ちを柔らかく宥(なだ)めてくれる。

「そんなことないよ……ありがとう、リゼ……」

 感謝の言葉を伝えて、空になったカップを小卓に置く。
 紅緒は身動ぎし、両腕をリゼの首に絡めた。
 リゼはポンポン、と背中をあやすように優しく叩いてくれる。

「……元気、出た?」
「元気出た」
「よかった」

 リゼが笑う。紅緒も笑った。チビクロは天井の梁から尻尾を垂らして、「にー」と鳴いている。

「お茶のおかわりは?」
「もらおうかな」
「了解。ちょっと待ってて」

 リゼは立ち上がりかけて、思い直し、口を寄せてきた。
 耳元に、照れたような、はしゃいだような、幸せに弾む声で囁かれる。

「……たまにはこんな一日も、いいね」
 紅緒はくすりと笑って、頷いた。


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