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八月六日・古い絵画

 久々の更新です。
 近々、タイトルを変更するかもしれません。
<< 前の話



 南は<Leviathan(リヴァイアサン)>に着いて「こんにちはー」と挨拶しながら中に入り、ふと玄関脇に飾られた大きな絵画に眼を留めた。
 今までよく見たことがなかったが、とても古い絵だ。色調は暗く、重苦しい雲に覆われた空と荒々しい海の様子が生々しく描写されている。弾ける波頭の白は鮮烈で、じっと見ていると絵の中に引き込まれそうな感覚に陥った。

「……これ、なんだろ?」

 絵の中央よりやや右側、波間になにか生き物のようなものが小さく描かれている。
 南はちょっと腰を屈め、絵に顔を近づけて眼を細めた。

「……へび?」
「蛇じゃない。<Leviathan(リヴァイアサン)>だよ」

 突然降って湧いた声は由良のものだった。
 南はパッと顔を上げ、「由良さん!」と反射的に笑顔を浮かべる。

「いらっしゃい、南さん。今日も元気だね」

 由良はクスクス笑いながらそう挨拶し、視線を絵に振った。
 彼の注意が絵に向けられたので、南は遠慮なく疑問をぶつけた。

「<Leviathan(リヴァイアサン)>ってなんですか」

 この場所と同じ名前なことも気にかかる。
 由良は懐かしい記憶を辿るような遠い眼をして絵を眺めながら、南の質問に答えてくれた。

「旧約聖書では海中に棲む巨大な生物として記されているね。海を泳げば波が逆巻き、口から炎を、鼻から煙を吹く。全身を覆う鱗はとても硬くてどんな武器でも傷つけることはできないらしい。性質は狂暴、不死身で、最強。最初は番(つがい)で存在していたけど、その強さゆえに危険視されて繁殖を防ぐために雄は殺され、雌だけが残された。――だからかな、<Leviathan(リヴァイアサン)>には不思議な言い伝えがあるんだ」
「不思議な言い伝え?」

 南が好奇心をくすぐられて訊ねると、由良に真顔で問い返された。

「聞きたい?」
「聞きたいです」
「じゃあ話してあげる。おいで。マスター、ライムアイスティーを二つ頼む」

 由良に奥と促され、定位置となりつつあるソファに南は彼と並んで座る。
 不意に由良が南の顔を横から覗き込む。

「顔が赤いね」
「ちょっとだけ走ったから」

 その先を続けられず、南は口ごもり、前髪を指でいじった。
 一秒でも早く由良に会いたかった、なんてさすがに言えない。
 ところが由良は南の心を見透かしたようにあっさり見抜く。

「少しでも早く、僕に会いたくて?」

 南はびっくりして言った。

「どうしてわかったんですか」

 すると由良も驚いた表情になる。

「え……本当に? からかうつもりで言ったんだけど、まともに返されるとは思わなかった」

 一瞬で頭に血が上る。南はバカ正直に反応した自分が恥ずかしかった。

「あの、いまのなし! なしです! 由良さん、忘れて!」
「どうしようかな」
「そこで笑う!? イジワルですよ、由良さん」

 南が膨れっ面を見せると、由良はより破願した後で言った。

「ありがとう」

 なぜ礼を言われるのかわからなくて、南は「え?」と訊き返す。

「僕に会うために走ってきてくれて、ありがとう」

 胸が熱くなる。勝手に爆走しはじめる心臓の音がけたたましい。
 南は照れながら、しかし本気で言った。

「そんなこと言われたら、毎日だって走ってきちゃいますよ」
「気持ちは嬉しいけど、熱中症や前方不注意の事故が心配だから、走らないで」

 それもそうか。
 由良の心配はもっともだ。もしいま彼に止められなかったら、全力疾走で駆けて来るに違いない。
 一秒でも一瞬でも早く彼に会いたくて、足が止まらないだろう。
 ほどなく螺旋状に刻んだライムの皮をグラスに沈めた、ライムアイスティーが運ばれてきた。南はマスターに礼を言って、一口飲む。

「おいしい!」
「レモンとは一味違った清涼感があるでしょ」

 南が大きく頷くと由良が眼を細めて笑う。南は身悶えした。由良の自然な笑顔がすてきすぎる。

「ん? どうしたの、固まって」
「い、いえっ。別に、なんでも」

 急いでごまかし、心のアルバムに由良の笑顔を激写しておく。今日の由良はリンネルの白シャツと群青色のアンクル丈スラックス、それに黒いキャンバスシューズだ。
 ちっとも気取っていないラフなスタイルなのに、ものすごく様になっている。

「爽やかで格好いいなあ……」
「それ、僕のこと?」

 まずい。独り言のつもりがうっかり口に出ていたらしい。
 恥ずかしさのあまり南が焦ると、由良はクスッと笑って「君も可愛いよ」なんてリップサービスを添えてくれた。お世辞だってわかっているけど、それでもちょっと嬉しい。
 冷たいものを飲んで人心地つくと、ゆっくりとした口調で由良が話し始める。

「<Leviathan(リヴァイアサン)>はね、欠けた番(つがい)を求めて今も大海を探し回っているらしい。その哀しい咆哮は嵐を呼び、雷雲を引き寄せ、稲妻が閃く。口から吐いた炎で海面は不気味に赤く照らされ、鼻から吹く煙で視界は不良、荒れ狂う大波は船も人も飲み込み、一度海底に沈んだものは二度と浮上してこない……」

 南はブルッと震えた。思わず二の腕を擦る。

「そ、想像すると、ちょっと怖いかも」

 怯える気持ちが伝わったのだろう、由良の話し方が心持ち明るくなる。

「そんな恐ろしい<Leviathan(リヴァイアサン)>だけど、一つ、面白い逸話があるんだ」

 ここで由良は一拍間を置き、じっと南の眼を覗き込む。
 話の中断に焦れた南が「どんな話ですか」と先を促すと、由良が真面目な顔で言う。

「嵐の海で真剣に祈りながら<Leviathan(リヴァイアサン)>を呼ぶと、迎えに来るらしいよ」

 突拍子もない内容が理解できず、南は眼をぱちくりした。

「む、迎え? って、えーと、ええええ!?」

 南の頭の中では、巨大な蛇に似た海獣が海面からザバーっと現れ、波打ち際に首を擡げて巨体をうねらせながら、ぐんぐんと迫ってくる映像が浮かぶ。
 脳内では有名な怪獣映画の背景音楽まで流れて、映像と合わせると、リアルホラーだ。
 恐怖で身が竦んだ南をよそに、由良は淡々と話を続ける。

「そう。そのまま<Leviathan(リヴァイアサン)>の背に乗ると、ある場所に連れて行ってもらえる」
「……ある場所?」
「うん」
「どこですか」

 すると由良が身体を寄せてきて、内緒話をするように耳元で小さく囁いた。

「深い深い、海の底」

 南も小声で訊き返す。

「……深い深い海の底に、なにがあるんですか」

 由良と眼が合う。
 彼は答えない。もったいぶっているのか、ためらっているのか、なかなか口を開こうとしない。
 焦れた南が口を尖らせ眼でせっつくと、由良は不意に身体を離してグラスに手を伸ばした。

「やっぱり教えない」
「えーっ。ちょ、それはないですよ! ここまで引っ張っておいて、気になるじゃないですか!」

 南が抗議すると、由良はひょいと肩を竦めて言い訳した。

「だって祖母と秘密にすると約束したからね」
「じゃあ私も秘密にします。それなら教えてくれてもいいでしょう?」
「秘密に? 本当?」
「本当です」

 由良の眼が南の顔を窺う。
 ややあって、由良は納得したように小さく頷くと「おいで」と言って席を立った。
 由良に先導されるまま南は彼の後についてガラス扉を潜り、ウッドデッキから裏庭に下りる。冷房の効いた涼しい室内から、うだるような暑さの中に移動するとギャップが激しい。むわっとする蒸した空気に包まれて、一気に肌が汗ばむ。
 だが、嫌じゃない。
 裏庭の緑は明るく鮮やかで、色とりどりの花が咲き乱れ、キラキラと光が舞っている。

「眩しい」

 南が思わず額に手を翳すと、由良も同じ仕草をしていた。

「眩しいね」

 微笑みながら、相槌を打ってくれる。
 そんなささやかなことすら、嬉しい。
 由良が小路を指して言う。

「向こうに行こう。ブーゲンビリアが真っ盛りなんだ」
「あ、ブーゲンビリアなら私もわかりますよ。薄い紙みたいな花びらの赤紫の花ですよね」
「正解。じゃあ花言葉は知ってる?」

 得意になったのもほんの束の間で、南は言葉に詰まる。

「うっ……花言葉までは知りません」
「幾つもあるけど、君にぴったりなのは『あなたは魅力に満ちている』かな」
「それは私じゃなくて由良さんにぴったりの花言葉だと思います!」

 南が拳を握って力説すると、少し先を歩いていた由良は肩越しに振り返り、苦笑した。

「いや、花言葉は女性のためにあるようなものだよ。男なんて二の次でいい」
「そんなこと――きゃあっ」

 ない、と言いかけて、南は悲鳴を上げた。
 突然、地面に設置されたスプリンクラーから水が放射され、足元がびしょ濡れになる。

「しまった、散水の時間か。ごめん、南さん。大丈夫?」

 謝りながら、慌てて由良が小路を引き返してくる。

「大丈夫です。今日は素足にサンダルだし。ちょっとびっくりしただけで、むしろ気持ちいいかも」

 南はスプリンクラーの拡散範囲から外れたところで、膝丈のワンピースを持ち上げてみた。裾が少し濡れただけだ。この強い陽射しなら、すぐに乾くだろう。
 そこで由良は、いま気がついたという調子で問いかけてきた。

「そういえば、今日は制服じゃないね。講習はお休み?」
「はい。今日は甲子園の全校応援の練習だったので、午前中で終わりです」

 由良が驚き顔になる。

「甲子園? 君の学校の野球部が甲子園出場校なの?」
「はい! 三年ぶりの夏の甲子園なので気合入っていますよ。在学中の生徒は甲子園で全校応援なんてみんな初めてだから、校歌とか大会歌とか、掛け声も何種類も覚えなくちゃいけなくて」
「へぇ。じゃあ、今日はその練習日だったの?」
「そうなんです。応援団長の指示に合わせて声出しの練習です。全校生徒が体育館に集まってやったので、もう暑くて暑くて。結構、大変でした。あとはお揃いのグッズも配られました」
「どんなもの?」
「まず帽子でしょ、白い扇子と、それにメガホン! みんな同じ物を持って三塁側のアルプススタンドから応援するんです。目指せ、一回戦突破! 打倒、春日辺東高校!」

 南が力んで拳を突き上げる。
 由良が更に踏み込んで問いかけてきた。

「その、春日辺東高校が一回戦の対戦相手なの?」
「はい。四日に組み合わせ抽選会があって決まったんです」
「試合はいつ?」
「大会二日目の第二試合です。明日が開会式なので、明後日八日の第二試合になりますね」

 だから明後日は由良に会えないことになる。
 そう考えると少し寂しい。
 やや意気消沈した南に、由良が思いもがけない提案をしてきた。

「僕も君の高校の応援に参加してもいいかな」
「えっ」
「だめかな?」

 南はぶんぶんと首がもげそうなほど勢いよく横に振った。
 信じられない気持ちで、意気込んで言う。

「だめじゃないです! すごく嬉しいです!」
「よかった。あ、でも、夏の甲子園球場で野球観戦なんてしたことないから、マナーがわからないな。服装とか、持ち物とか、なにか必要な物があれば教えてくれる?」

 一も二もなく頷いて、南は家に帰ってから折り返しメールすると約束した。学校側からもらった甲子園観戦の注意事項のプリントを確認し、必要な情報をまとめて伝えるつもりだ。
 嬉しい。楽しい。嬉しい。楽しい。
 自然と笑みがこぼれてしまう。
 由良の表情も明るい。
 緑あふれる妖精の庭にスプリンクラーの水が弾ける。太陽が小路の石畳を照りつける。通り過ぎるゆるい風がブーゲンビリアを揺らし、葉ずれの音が耳に届く。
 すべてが夏らしく、輝いている。

「教えてあげる」

 不意に由良が言った。

「<Leviathan(リヴァイアサン)>が連れて行ってくれる、深い深い海の底には真珠とサンゴ礁に彩られた美しい園があって、そこは」

 一度言葉を区切って、由良は南を見つめて仄かに微笑む。

「会いたい人にもう一度会える場所なんだ」



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