オリジナル小説サイトです。新刊書籍 王宮書庫のご意見番 恋するきっかけは秘密の王子様 発売中  異世界の本屋さんへようこそ! 全3巻 & 既刊 愛してると言いなさい全4巻 アルファポリス様より発売中です。よろしくお願いいたします
愛してると言いなさい
*小説家になろう様より移行しました。
<< 前の話

 乾杯のあとは、しばらく和やかな雰囲気だった。
 紅緒を中心に、皆が上機嫌のまま、はじめの一杯目を干した。
 リゼがターキーにナイフを入れて切り分ける。皆が舌鼓を打つ。料理はどれも好評で、味にも量にもうるさいアビオンを黙らせると言う快挙を成し遂げた。
 和気あいあいと食事が進み、デザートのケーキが運ばれてくる。

「わあ、変わった形のケーキですの! これは……丸太、ですの?」と、アルディ。
「ビュッシュ・ド・ノエルって言って、“クリスマスの薪(たきぎ)”という意味なの。これは切り株の形で、ココアとバタークリームのロール・ケーキです。はい、どうぞ」

 金箔縁の白いお皿に、苺ののった部分をアルディにあげると、アルディはさっそく三又のフォークで一口食べた。

「……おいしいですのーっ!」

 人数分切り分けて、ジーチェに配り歩いてもらう。
 紅緒は感激に眼を潤ませるアルディをクスッと笑う。

「まだたくさんあるから」
「ううう。太っちゃいますですのー……」
「いやいやいや、少しぐらいぽちゃっとしたところであなたの魅力は損なわれませんよ」

 どこからともなく降って湧いたラヴェルは、白いサラエンを若干着崩して身につけているのに、だらしなくみえない(片眼鏡の威力かもしれない)。

「あっちいってくださいですの」
「いやです」

 にこっ、とラヴェルが挑発的に微笑する。
 ひくっ、とアルディが剣呑な表情を纏う。

「私、お姉さまとお話していますの。空気の読めない男は嫌いですの」
「ゲームのお誘いに来たんです」

 言って、ラヴェルはカードの束を眼の前に翳した。

「勝負しましょう」
「お断りですの」
「おや、なにも二人きりでと申し上げているわけではないですよ?」
 
 ラヴェルはクリスマス・ツリー横の小卓をちゃっかりと確保していた。既に人数分の椅子が用意されている。

「皆で、です。もちろん、恥ずかしい罰ゲームありで」
 
 意外にも負けず嫌いなアルディの眼が、不敵な微笑をたたえるラヴェルを捉える。

「のりましたの」
「そうこなくては」

 そして意気揚々と対戦の場が組まれた。
 紅緒はパーティの主催者という立場を主張して、辞退。
 他に、アビオンとリゼはマントルピース前の席で額を突き合わせ、絶賛酒量を競う勝負の真っ最中であるため不参加。
 満腹で眠たくなったチビクロがうろんげに見つめる中、ゲーム開始。
 残った面子での恩情なき戦いは、一進一退の攻防のあと、白熱を極めて、最終戦。

「ふはははははははっ!! 正義は我にあり!!」と、ラヴェル。
「いやああああああっ!! 負けましたのー!!」と、アルディ。

 紅緒は「勝負ありです」とラヴェルに軍配を上げた。こほん、と咳払いして、ぽん、とアルディの肩を叩く。
「じゃ、行きましょうか。ジーチェ、手伝ってください」
「はい」
「え。い、行くって、ど、どちらにですの? ジーチェの手まで借りるなんて……ア、アルは怖いですのー! 助けてですの―、王妃様ああああー」

 カルバロッサは無情にも白いハンカチを振ってアルディを見送った。隣では、寸前のところでビリを免れたアワードが蒼くなってしきりに額の汗を拭いている。
 アルディが連れ去られたのは続きの間で。
 閉じられた扉の向こうからは、どたん、ばたん、どすん、ぼわん、とただならぬ物音と、悲鳴・雄叫び・泣き落とし、と三拍子揃った騒動がものものしく聞えてくる。
 そして唐突に、しーん、と静まり返った。
 だがなかなか出てこない。
 待ちくたびれて、カトレーはシャンパンのおかわりを求めて席を立った。
 未開封の一瓶を持ってきて、栓を抜く。国王夫妻のグラスにはまだ半分ほど残っていたので、空になっていたジークウィーンのグラスに注ぎ、ついで、ラヴェルのグラスを満たした。

「おや、お気遣いいたみいりますね」
「いやいや、これぐらい」
 
 二人はグラスを揺らして、きつく視線を交えた。
 先に口をきいたのはラヴェルだった。

「無駄に女性に優しいあなたのことです、てっきり、さりげなく勝ちを譲るものかと思っていましたがねぇ」
「……アルディ殿はそんな陳腐な小細工を喜ぶ女性ではないからね、余計な真似は控えましたよ。しかし、ああまでこてんぱんに負かす必要もないでしょう。おとなげない」
「なにごとにも、手加減できない性分でして。まして、他の男にちょっかいなど出された日にはもう、我慢なりませんよ」
「心外だな。今日はなにもしていないじゃないか」
「うっとりじっくりとっくり、頭のてっぺんから足の爪先まで眺めてからに、なにを言うんです。よほどその眼を抉ってやろうかと思いましたよ、ははははは」
「ははははは」

 乾いた笑い。どちらも一歩も退かず、二人は同時にグラスを呷った。
 そのとき、続きの間の扉が開いて、アルディが姿を見せた。
 途端、

「ぶーーっ!!」と、吹いたのはラヴェル。
「げぇほげぇほげぇほっ」と、噎せかえったのはカトレー。
「いやーっ。あんまり見ないでくださいですのー!!」

 半泣きになりながら、顔から火を噴く勢いで真っ赤になるアルディの背中をとんとんと叩いて、紅緒はクリスマス・ツリーの方へと促した。

「落ちついて。すごくかわいいし、ばっちり似合っているから大丈夫」
「恥ずかしいですのー! こんなの罰ゲームじゃないですのー」
「サンタクロース役は大事です。名誉だと思ってください」
「とても思えませんのー!」
「……っは、はっ、くそっ。息が……っ。待ちなさい、ベニオ殿」
「げーほげほげほげほっ、ぶほん、げほう、ごほっ!! ちょっ、ま、待った……っ! ま、待った、待ってくださいよ、ベニオ殿! アルディ殿のそ、そ、その、けしからん格好はいったいなんですかっ」

 カトレーとラヴェルはほぼ同時に制止をかけたものの、かたや直視をためらい半分背を向けて、かたや寸暇も惜しまぬ勢いで貪るように凝視する。
 紅緒はアルディの肩を抱いて言った。

「ミニスカサンタです」
「み、みにすかさんた?」

 袖なしの赤い上着と手首に白い羽ありの腕輪、ボンボン付きの白いマフラー、膝上十五センチの赤いスカート、赤いハーフ・ブーツ、赤と白の帽子。
 華奢なアルディはお世辞の必要がまったくないほど、かわいらしい。

「これから贈り物の交換会をします。皆様、クリスマス・ツリーのもとにお集まりください。贈呈者はアルディです。この恰好はサンタクロースを模したもので、サンタクロースは幸せを届けるひとのことです」

 ラヴェルはアルディのすらりとした脚線美から眼を逸らさずに、嫌そうに言った。

「……そんなきわどい恰好で?」
「き、きわどいと思ったらそんなにじっと見ないでくださいですのっ」
「いやあ、見るでしょう。見ますとも。なんたる眼の保養。いい脚だなあ。撫でてみたいなあ。いやあ、クリスマス万歳ですね! あいたっ」

 殴られて、文句を言ってやろうとしたラヴェルは口を開けたまま硬直した。
 カトレーの理性が切れている。
 普段の温厚軽薄な上辺をかなぐり捨てて、尋常ならざる剣幕で、どす黒い微笑を浮かべていた。とてもではないが、逆らえば命はないだろう。

「……卑猥なまなざしはやめてもらいましょうか?」

 こくこくこく、とラヴェルは頷いた。
 カトレーはアルディを通り越して紅緒に呼びかけた。

「ベニオ殿」
「はい?」
「お見受けしたところ、それは女性用の衣装のようですが、男性用のものもありますか?」
「ありますけど」
「アルディ殿」
「は、はいですの」
「着替えなさい。早く」
「え? で、でも」
「早く。それ以上つべこべ言うなら、問答無用で私が脱がせるよ?」

 ぎろりと恐ろしい眼で睨まれて、アルディは一も二もなく続きの間に駆け込んだ。
 ジークウィーンは静かに激しく憤るカトレーの肩に手をおいて、わずかに口辺を持ち上げる。

「……滅多に見られないものを見たな」
「……からかうんじゃないよ、ジーク」

 取り乱した自覚のあるカトレーは渋面をつくり、体裁を取り繕うとしたが、うまくいかなかった。
 かくして、アルディはぶかぶかの男性用の衣装でサンタクロースに扮した。
 クリスマス・ツリーの周囲には各自持ち寄った贈り物が寄せ集められていた。色とりどりに包装されたそれらには、それぞれ番号札が置かれている。
 紅緒はクリスマス装飾を施した小さな木箱を用意していた。

「この中に、番号を記した木札が入っています。もし自分の贈り物の番号を引いたら中に戻してください。そうじゃなければ、アルディに木札を渡して引き換えてください。あ、自分がなにを贈ったのかは内緒にしてくださいね? 誰のどんなものがあたっても文句を言ったり、交換もなしです。心のこもった記念品ですので、大事にしてください。さ、では、まず王太后殿下、どうぞ!」

 だいぶ酔いもまわってきたあとの贈り物交換会は心躍る愉しさで、全員にいきわたった後、さっそく開けてみる。わっと歓声が飛び交う。気の置けない者同士の他愛のない会話は尽きることなく、夜は更けていく。

 アルディは窓辺に立って表を眺めていた。
 いつのまにか雪が降りはじめていて、外はうっすらと銀世界だ。

「……さっきは怒鳴って悪かったね」
 
 気がつけばすぐ傍にカトレーがいた。いくぶん居心地悪そうにしている。

「……気にしていませんの」

 二人並んで、しばらく無言で佇む。
 深々と降る雪に見入るふりをして、どちらも会話の続きをさぐっていた。

「……似合っていた」
「え?」
「君の……だが、あの恰好は二度としてはいけない。夫でもない男に脚を見せるなんて、私なら相手の奴らの眼を潰して縊り殺す。いっそ、生き埋めにしてもいいくらいだ」

 言葉を失うアルディと怒りを燻らせるカトレーの視線が交差する。

 なぜか、眼が離せない……。
 うまく、口もきけない……。
 なのに、動けない……。

「あ、ヤドリギの下」
 
 紅緒のなにげない一声に二人同時に我に返る。
 お互いになんとなく焦ってしまう。
 そこへ、続きの言葉が投げかけられた。

「カトレー様、アルにキスしてください」

 アルディは仰天した。思わず飛び退いて、窓にぶつかる。
 さすがにカトレーも面喰らい、紅緒に怪訝そうな一瞥を向ける。

「……キス?」
「そうです。ヤドリギの下に居合わせた男女はキスする慣例があるんです。『争いをしないで、愛に満ちた口づけを交わす』って。だから、それが婚約者同士だと永遠に幸せになれるって伝説もあるくらい」
 
 カトレーがおもむろにアルディを振りかえった。その眼に射竦められる。洗練された物腰でゆっくりと重心を移し、窓硝子に手をついて、カトレーは咄嗟に逃げようとしたアルディを腕の中に囲い込んだ。

「……キスしても?」
 
 ふるふるふるとアルディは首を横に振った。
 カトレーはぷはっ、と笑った。

「……君はまったく意地悪のしがいのある女性だな……」

 そっと唇が触れる。浅く、ついで、やや深く。両頬をしっかりと押さえつけられているため、口づけが真剣さを帯びた気配を察したものの、逃げられず。
 アルディが甘やかな刺激的混乱に泣きそうになったとき、ラヴェルの絶叫が轟いた。

「なっ、なにを、あなたたち、なにをしているんですか――っ」
「に!?」
 
 そうして間髪おかず、なにかが一直線に飛んで来た。カトレーがアルディを背に庇うように振り返り、吹っ飛んで来たものを手に掴む。

「……」
「……」

 チビクロだった。
 紅緒の愛猫は当然怒り狂い、毛を逆立てて、ふーっと唸り、すかさずラヴェルに猛攻撃を加える。
 ラヴェルは逃げまわり、挙句、テーブルにぶつかってよろめき、その拍子にまだ三分の一ほど残っていたケーキに頭から突っ込む羽目になった。
 罵声と怒声と笑声が入り混じる中、アルディも笑い転げていた。

「アルディ殿」
「はいですの?」
 
 ふと眼を上げると、すぐ傍にカトレーの端正な顔が迫っていて。
 跳ね上がる心臓とは裏腹に、身体は緊張のため身動きできなくなる。

「……さっきの続きを、ぜひまた今度二人きりで、お相手願いたいな」

 耳元で囁かれた声は低くしっとりと艶っぽく。
 なのに眼はおもしろそうに笑っていて。
 アルディはからかわれたと思った。

「絶対絶対、お断りですのーっ」

<< 次の話 


追記を閉じる▲

【2016/08/10 05:50】 | 愛してると言いなさい
トラックバック(0) |
愛してると言いなさい
*小説家になろう様より移行しました。
<< 前の話

「よし、完璧」

 紅緒は我ながらよくできた、とひとり悦にいった。
 クリスマス・ツリーはもみの木によく似た常緑樹で、高さ三メートルくらい。
 オーナメントは先端に星飾り、天使、リンゴの形をしたクリスマス・ボール、キャンディケイン、金・銀・赤・緑のリボンとたくさんのベルを飾り紐で結わえる。それから、色々な形の手作りクッキー(アイシングで絵を描いた)。
 電気が使えないので電飾がないのは少々寂しいが、これでも十分だ。
 一昨日、ほぼ一日がかりで室内にクリスマス装飾を施した。あちこちにリボンを結び、天使や星をちりばめた。窓辺にはヤドリギ(この下に立った人たちはキスすることができる)。
 今日は朝から厨房で奮闘し(ジーチェと宮廷料理長にも手伝ってもらった)、ごちそうと、特大ケーキが完成。ジーチェ以下、応援に駆り出された侍女たちは厨房からせっせと料理をワゴンに乗せて運び出していく。
 十時間かけてじっくり焼いた七面鳥もこんがりとおいしそうに焼き上がった。オーブンから慎重に取り出して、大皿に盛り付けてから、リゼを呼ぶ。

「これはテーブルの中央に運んでね。ひっくり返さないように気をつけてください」
「わかった。あ、そこのシャンパンも全部僕が持っていく。ベニオは先に支度していいよ」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えようかな。ジーチェ! そろそろ着替えに行こ」
「いえ、せっかくですが、私は使用人ですし、やはり辞退致します。場違いだと――」
「そんなことないです。ジーチェにはいつもなにかとお世話になっているし、内輪のパーティなんだから、あまり気を遣わないで。今日は親しいひとたち皆で楽しく過ごしたいの。ね?」
「……では、せめてお飲みものの給仕を務めさせていただくということでしたら……」
 
 これ以上の押し問答は時間の無駄だなあ、と紅緒はひとまずジーチェの提案を呑むことにして、二人で急ぎ居室に戻り、続きの間にこもった。
 今日のパーティのドレス・コードは男女とも、白い衣装を指定した。
 紅緒は純白のサラエン、ジーチェは光沢のある素材の白のラミザイ。二人とも髪を高く結い上げて、毛先をやや遊ばせる。前髪を整えるのに時間をかけて、更に、ふわふわ羽飾りをアクセントにした細いレース飾りをくるりと髪に巻きつける。

「わ、ジーチェかわいい」
「ありがとうございます。あの、でもこんなに高価そうなレースを私がお借りしてもいいのでしょうか」
「いいの。これね、私が編んだの。よかったらもらってください。ちなみに、女の子全員分編みました。妃殿下や王太后殿下、つけてくださるかな?」
「まあ。それはぜひ、つけていただかないと」

 紅緒とジーチェの眼が悪戯っぽく輝く。
 二人でふふっと笑う。
 紅緒も自分の髪の仕上げにかかった。羽の部分が耳の上にかかるように結び、鏡の前で横を向いたり、斜めから見たりして、角度を調整。

「ん、いいかな。じゃあ次はお化粧ね」

 いつもより丁寧に化粧をして、最後に薄桃色の口紅を塗る。
 鏡に映る姿はうぬぼれるほどではないけれど、それなりに上出来で。
 ジーチェときゃわきゃわ褒め合いながら続きの間を出ると、リゼは既に純白のスィーラを着用、短い白の上着の袖に腕を通しているところだった。
 そしてこちらを一目見るなり、眼を剥いて頭を抱え、絶叫。

「ぎゃーっ。なんでなんでなんで、そんなに気合入れてきれいになってるの!? ひどい! やめてくれ! 他の男になんて見せたくありません!! もったいない! はっ。ま、まさか、僕の眼の前で浮気するつもりじゃあないだろうね!? ぐはあっ」

 紅緒は待機していたチビクロに無言の攻撃指令を下して、うっとおしいばかりのリゼを黙らせた。

「ひ、ひどい……」
「ひどくありません」
 
 紅緒はぐるりをみまわした。
 あれだけ広い居室が今日は狭く見える。部屋の中央にクリスマス・ツリー。白いレースのクロスを敷いた円形テーブルには立食形式に仕立てたごちそうがずらりと並べられている。銀食器とキャンドルは配置済み。いつもの倍の大燭台を運び込み、マントルピースには赤々と炎が燃えて部屋は十分に暖かい。肘掛椅子やソファ、小卓は適当に配置した。
 紅緒は外を眺めた。
 夜になって冷えてきても、雪が降る気配はない。

「雪、降らないのかな」
「……雪? 降ってほしいの?」
「ホワイト・クリスマスになるもの」
「ふうん」

 思案気にちら、と窓向こうの夜空を眺めるリゼは、白い衣装をさらりと着こなしている。普段は実験などで汚れるので、白はあまり着る機会が少ない。だからだろうか。新鮮で、ちょっとだけ、恰好いい。
 紅緒がそう言うと、

「えっ! ほ、本当!? 僕、恰好いい!?」
「恰好いいよ。でもね、男のひとは、見ためが一番じゃないよ?」
「一番はなんですかっ」
「優しさかな。あ、でも、リゼはいつも優しいよね?」
「僕は優しい男です!」
「うん。だから、皆を気持ちよくおもてなしできるよね? 喧嘩しないでね? ね?」
「出来ます!!」
「よかった。じゃ、お出迎え手伝ってください」
「はいっ!!」

 はじめの訪問者はジークウィーンとカトレーだ。

「いらっしゃいませ」
 
 扉を開いて声をかけても、ジークウィーンはしばらく反応がなかった。
 こちらを唖然と凝視したまま、固まっている。

「王子?」

 ようやくはっとした様子で、ついで、かあっと真っ赤になった。
 視線を捩じ伏せ、手で顔を擦るしぐさ。

「っ。だ、誰かと思えば、そなたか……」
「? 変ですか?」
「……いや……似合っていないこともなくはない」
「どっちです、それ」

 するとカトレーの茶々が入る。

「素直に君にみとれていたと言えばいいのに」
「ば、ば、ば、ばかが! そ、そ、そ、そんなわけがなかろう!!」
「そうですよ、私より、王子の方がすてきです」
「なっ!?」

 ジークウィーンは純白のスィーラに身を包み、銀の飾り紐を結んでいた。特別に贅を凝らしたふうでもないのに、品格があり、佇む姿はとても絵になっている。
 きれいなひとは得だな、と思う。

「女の私より美人だなんて、ずるいです」
「美人じゃない! 私の顔などどうでもいい! 絶対にそなたの方が――」
「私の方が?」
 
 間。
 ジークウィーンは紅潮した顔のまま、口を金魚のようにパクパクさせている。
 カトレーが「やれやれ、まだまだだね」と、ふうっと溜め息をついて、あとを引き取る。

「今日はお招きありがとう。これは君に。それから贈り物交換用の品をということだったから、用意したよ。いま預ければいいのかな?」
「はい、ありがとうございます。確かにお預かりしました。どうぞ、中へ」

 紅緒の手に蜂蜜草の花束を握らせ、如才なく挨拶のキスを落としてから、カトレーはジークウィーンの背を押すように中に入った。

「……へぇ! これはすごい。もみの木を飾るとは……なかなか凝っているなあ。ジーク、いつまでも葛藤していないで見たまえ。華やかだよ」
 
 それからも次々に来客が訪れた。
 アワード王とカルバロッサ王妃。
 アビオン王太后。
 ラヴェルにエスコートされたアルディ。

「役得でした」

 と、片眼鏡の奥でほくそ笑みながらラヴェルが言えば、

「いっぺん誰かあの男の軽薄な口を縫い合わせてくださいですの……っ」

 と、アルディはいかにも迷惑千万だとばかりに、耳を塞いで肩で息をしている。
 紅緒は扉を閉めた。
 これで招待客全員が揃った。
 紅緒の合図でジーチェがキャンドルに火を灯す。リゼが銀のリボンを持ち手に結んだ白い籠を抱え、各人に三角クラッカーをひとつずつ配って歩く。
 紅緒はアルディ・王妃・王太后の髪にそれぞれ白い羽飾りのついたレース帯を結わえた。

「お似合いです」
「アタシもかい?」と、アビオン。
「はい!」
「そ、そうかい?」
「はいっ!!」

 紅緒は全員の手にクラッカーがいきわたったのを見て、クリスマス・ツリーのまわりに集まるように呼んだ。

「今日はお忙しいところお集まりいただきましてありがとうございます。皆様、白い衣装がキャンドルの光に映えてとってもすてきです」
 
 リゼが最後のクラッカーを紅緒に運ぶ。小さく礼を言って受け取った。

「私の世界では、今日はクリスマスです。ある聖人の誕生を祝う日で、家族や友人、恋人、大切なひとと一緒に過ごす日なんです。ですから少々無理を言ってしまいました。でも今宵こうして皆様と一緒にいられることをとても幸福に思います」
「お誘い嬉しいですのー!」とアルディ。
「ありがとうございます。では、お腹も空きましたし、さっそくパーティをはじめます。私が『メリー・クリスマス』と言ったら、皆様も復唱をお願いします。そしてこのクリスマス・ツリーに向けて、お手持ちのクラッカーの紐を、力いっぱいひいてください」
「『メリー・クリスマス』とはどういう意味だね?」と、アワード。
「『クリスマスおめでとう』という意味です」
「そのもみの木にはどんな意味があるのです?」と、カルバロッサ。
「ええと、奇跡と、永遠の愛・永遠の命を象徴しています」
「これはなにかな?」
「クラッカーといいます。あ、ひとに向けてはダメですよ? ツリーに向けてお願いします」
 
 紅緒とリゼ以外ははじめて手にする代物を物珍しそうにいじっていたが、合図すると、怪訝そうな面持ちのまま先端を持ち上げた。

「メリー・クリスマス!」
「メリー・クリスマス!!」

 大きな唱和のあと、一斉にクラッカーの紐を引く。
 パーン、パパパーン、と鼓膜を衝く鋭い音が飛び散った。飛び出したのは色鮮やかな紙細工と、きらきら輝く星の滴――。
 星の形をした光の粒が小さな弧を描いてツリーに降りかかると、そのままくっついて煌々と瞬いた。これには皆がびっくりした。

「――こりゃたまげた! こんなの見たことがないよ。いや、面白い! 実に面白い! アタシゃ気にいったよ!」

 すっかり興奮してアビオンはぶん、と手を振り上げ、隣にいたアワードの背を力任せにぶっ叩いた。アワードは「ぎょえっ」と呻いてそのまま壁に激突。眼をまわし、ずるずると滑り落ちる。カルバロッサがあわてて駆け寄っていく。
 無論、紅緒も驚いていた。

 ……こんなことができるのは……。

 傍に立つリゼを無言のまま見上げる。
 リゼは紅緒の視線に、しどろもどろの態で応じる。

「あの……だって、ベニオ、ツリーが点灯したらきれいなのにって言ってたから……ちょっと細工をしてみたんだけど……ごめん、いやだった?」

 かぶりを振る。笑顔になる。

「……すごくきれい。ありがとう、リゼ。とても嬉しいよ……」
「よかった、喜んでもらえて」
 
 くしゃっと笑うリゼは子供のように無邪気で、紅緒は胸が熱くなった。
 思わず、背伸びして頭をなでなでする。

「さ、じゃあグラスを配ってシャンパンを注ごうかな。リゼ、手伝ってください」
「うん!」
「にー」

 クラッカーの音が嫌いなので、ちょっと避難していたのだろう。しばらく姿の見えなかったチビクロが、いつのまにか、足元にちょこんと座っている。
 ジーチェが柄の長い細いシャンパングラスを載せた銀の盆を手に控えている。
 紅緒は微笑みながら頷いて、大好きなゴスペル曲、“Oh Happy Day”を口ずさみながら、グラスを配りはじめた。
 低く、やわらかく、ゆっくりとした旋律が紅緒の唇から流れると、クリスマス・ツリーに群がってわいわいとざわついていた面々が口を噤んだ。

「……へぇ」と、カトレー。
「いい声だな……」と、ジーク。
「よーし、景気づけに皆で歌おうじゃないか。ほれ、元気よく声を出しな。ベニオに続くんだよ! アワード、いつまでのびているんだいっ。カルバロッサ、そんなへなちょこは放っておいてもいい。あんたはこっちへおいで、アタシと肩を組んで歌おうじゃないか!」と、アビオン。
 
 ちょっと音程の狂った“Oh Happy Day”が斉唱され――。
 笑顔また笑顔で、かくも賑やかに、乾杯!

 Merry Christmas!

<< 次の話 


追記を閉じる▲

【2016/08/10 05:48】 | 愛してると言いなさい
トラックバック(0) |
愛してると言いなさい
*小説家になろう様より移行しました。
<< 前の話

 空に一片の雲もない、よく晴れた夜だった。
 手に角灯をぶら下げて、整備された道をてくてくと歩きながら、紅緒が言った。

「別についてこなくてもよかったのに……笹なら午前中に届いたから、力仕事はないんだし。ひとりで大丈夫だってば」
「一緒に行く」
「でも、この間の熱実験の結果を資料整理中でしょう?」
「いいんだ。君のが大事」
「なんでそんなに意固地になるのかなあ……ちょっと夜市に顔を出してお供え用のお酒を買いに行くだけよ? チビクロもいるから平気なのに、ね?」

 と、左肩にちゃっかり陣取る愛猫に頬ずりする。
 リゼはぎしっ、と眼を据わらせて紅緒が滞在中のみ居候を決め込む黒猫を睨んだ。

「男(ムシ)よけだよ。決まっているだろう」

 声を尖らせ断固とした調子で宣言しながら、ひらいた掌にばしっと拳を打ちこんだ。
 眉間に熱が溜まるのがわかる。
 夜市だって? そんな場所に、紅緒をひとりで送り込む危険などどうあっても冒(おか)せない。
 まして――。

「そんなきわどい恰好をした君を……! 本当だったら外なんて歩かせたくないんだよ!?」
「だったらリゼが代わりにおつかいに行ってくれればいいのに」
「でも君をひとりで家に残すのもいやだ! なにかあったらどうすると!?」
「なにもありません」
「わからないだろう!? かわいい君を狙っての押し売りとか強盗とか痴漢とか……! 許せない……そんな不届き千万な輩は八つ裂きからあげぶつ切りにして……っ」
「怖いこと言わないの! もう、さっきからなんなんですか、今日のリゼはちょっと変です」
「だって、君がそんな、眼のやり場に困る、色っぽい仮装をしてくるから……っ」
 
 今日の紅緒はラミザイでもサラエンでもなく、向うの世界から持参した衣装を纏っている。
 生地が薄く風通しがよいと言うそれは、一枚布で仕立てられ、腰にきつく巻いた帯のせいもあって、身体の線があらわになる。紺地に白い花柄。加えて、長い髪を結いあげて襟足をさらし、ふっくらした胸元がちらりと見え、とどめは素足に履きものをひっかけるという、どこを見ても眼がちかちかして、けしからん妄想が掻きたてられるという始末だ。
 しかし紅緒はいつもの如く、なにもわかっていない様子で。

「仮装じゃありません。浴衣です。リゼが見たいって言うからわざわざ持って来たのに。なんで怒るの?」
「怒ってるわけじゃ……嬉しい、嬉しいんだけど。まさかこんなに脱がしやすそうな服だとは……それに帯に押さえつけられていい感じで胸も目立って、足なんて歩くたびに太腿まで見えそうじゃないか……まずい、まずいだろ。やっぱりいまからでも引き返して――」
「あ、流れ星!」
「え?」

 口をひらいて天空を指差し、見上げながら、にこっと笑う紅緒はやたらと愛らしく。
 リゼはたまらずごくりと唾を呑み、衝動的に細い腰を腕ずくで引き寄せ、潰さないよう力を加減して、後ろから抱きしめた。

 いい匂いがする……。

 柔らかくて、温かくて、優しくて……規則的な鼓動を近くに感じれば感じるほど安心する。守りたいと思う。傷つけたくないと。離れたくない、離したくない。
 そしてつい、本音がぼろっと口からこぼれた。

「……帰したくない……」

 紅緒はほんの束の間、真顔になってリゼをじっと見つめ、リゼはそのつぶらな瞳にどきっとした。

 どう反応されるか。

 緊張の一瞬。
 ところが紅緒は、よしよし、とリゼの額を撫ぜて言うことに。

「大丈夫、今回はばっちりごはんをつくっておいたから飢えることはありません」
「そうじゃなくてっ!!」
 
 まるで意思が通じ合わない。
 リゼはこの歯がゆさをなんともしがたく、もういっそ、このまま頭から覆いかぶさって唇が腫れるくらいキス責めにしてやろうか――と邪悪な下心に唆されそうになったとき、

「……星がきれい」

 紅緒が全身をリゼに預けてきた。
 つられて見上げれば、夜空には銀河がかかっている。
 澄み切った空気、満天のきらめく星。
 それを映す紅緒のきらきらした黒い瞳こそ、一番美しい。

「……君の方がきれいだ」
「はいはい」
「またそうやって茶化して……いったいいつになったら君は僕のこと……」
「ぶつぶつ言わないの。さ、お買い物して、帰ろう? 短冊書かないといけないし」
「“たんざく”?」
「短冊。自分の願い事を書くの。そうすると、願い事がかなうっておまじない。今日は七夕だから」
「七夕……?」

 紅緒はむずがるように身体を動かして、リゼの腕から抜け出した。華奢な背と細い足首が暗がりに浮き上がり、ほのかな色香を漂わせて、リゼを惑わす。

「星を祭る日。天の川に隔てられた恋人同士の伝説で、正しくは織女星(しゅくじょせい)と牽牛星(けんぎゅうせい)――一般には織り姫と彦星っていうんだけど、一年に一度、今日この日にしか会えないの。それも雨が降っていたらだめ。晴れてよかった」
「? でも、こちらとあちらでは、星座なんてまるで違うだろう」
「そこはそれ、イベントだからいいの。祈るだけだったらどこでも一緒でしょ。それに向うでは、特に私が住んでいるところじゃ、星なんて見えないよ……」
 
 その口ぶりが寂しげだったので、肩を抱いて慰めようとなにげなく腕をまわしたところ、

「に?」

 と、すっかり存在を忘れていた黒猫が、しゃきーんと爪を伸ばして、油断しきっていたリゼの手の甲をひっかいた。

「いっ……! このおっ、なにするんだ、クソバカチビ猫が――」
「にー!」
「問答無用! 覚悟しろ!」
「ににーっ」
 
 リゼは抵抗する黒猫を鮮やかな手つきで素早く掴み、握り潰そうとした。
 だが。

「喧嘩するなら、帰ります」

 紅緒の一言で、リゼは空中に黒猫を放り出した。

「喧嘩やめます!!」
「にー!!」
 
 そして、ひゅーっと垂直落下してきた黒猫を、紅緒が両手で受け止める。
 
 あとはおとなしく用事を済ませて家路に着いた。

















      おまけ





 昼間の内に用意した笹は飾り物で彩られ、更に、黒猫の足跡がポン、とひとつ捺された短冊と、紅緒とリゼの願いが書かれた短冊がそれぞれ吊るされた。
 しかし、紅緒の短冊はあちら側の文字で記されているため、リゼには解読不能だった。
 そこで訊いてみると、

「内緒です」
「なんで?」
「なんでも」
「ぼ、僕は、ちゃんと一番の願い事を書いたよ!?」
 

 君といつまでも一緒にいられますように――。

 紅緒はその意味するところをわかっているんだか、いないんだか、わからない、健全な眼つきで、後ろ手を組み、夜風にそよぐ笹と短冊を眺めて、すがすがしい表情を浮かべている。

「教えてよ」
「教えません」
「ずるい」
「ずるくないです」
「気になります!!」
「恥ずかしいから、だめです」
「はっ、恥ずかしい!? ちょっ、なっ、ど、どういうこと――ベニオ!!」
 
 必死で引き止める甲斐もなく、紅緒は愛猫を肩からおろし、撫でながら、家に入ってしまった。なぜかとても嬉しげな顔で。
 リゼはそれからしばらく茫然と突っ立っていたものの、ややあって、諦めた。
 
 いまは無理でも。
 いつか教えてもらえばいい。

 ふと衝動的に、リゼは紅緒の願いが書かれた短冊に手を伸ばした。角を指でつまんで引き寄せ、キスを落とす。

「……願わくば、君の願いが僕と同じであることを」

<< 次の話


追記を閉じる▲

【2016/08/10 05:43】 | 愛してると言いなさい
トラックバック(0) |
愛してると言いなさい
*小説家になろう様より移行しました。
<< 前の話

「雨、止まないね」

 向かいの席に座る紅緒が、お茶を啜りながら、窓の向こうを眺めて言った。
 リゼは遅い昼食の真っ最中で、紅緒がつくったフレンチトースト(食べやすいよう角切りにしたもの)をぱくついていた。

「こら、よく噛んで食べなさい」
「ふぁい」

 叱られたので、もごもごと返事をする。
 紅緒はまた窓の外に眼をやって、しとしとと降り続ける雨に溜め息をついた。
 
「この雨じゃあ、お買い物もいけないね。せっかく楽しみにしていたのに」
「でも、今すぐ欲しいものはないし……買い物は次の機会でもいいよ」
「違うの。私がリゼになにか見立ててあげたかったの。リゼにはいつもお世話になっているから、その御礼を込めて」

 リゼは真顔で否定した。

「……いや、どう考えてもお世話してもらってるよ、僕は」
「うん、それはそうなんだけど。でも、リゼには眼には見えないところで、たくさん助けてもらってるから……」
「ベニオ……」
 
 優しく微笑まれて、リゼはじーんと感動する。
 思わず手の止まったリゼの顔を見て、紅緒が笑い、「パン屑ついてる」と身を乗り出して布巾で口元を拭ってくれた。

「食べ終わって一服したら、ちょっと早いけどお湯を沸かそうか。髪を洗ってあげる」
「…………は?」
「お風呂で髪を洗ってあげるって言ったの」

 無邪気に過激な発言を直に聞かされて、つい、リゼは想像した。

「ぐはっ」
 
 と、呻いて椅子ごと後ろにひっくり返る。

「きゃあっ。大丈夫!?」

 リゼは思いっきり後頭部を打って非常に痛い思いをしたが、問題は頭よりも鼻だった。

「だ、だいぶじょ、だいぶじょう……いや違う、大丈夫、ううう、は、鼻血が……っ」
「鼻をぶつけたの?」
「ちがうけど……あのう、ほ、本当に一緒にお風呂に入ってくれるの?」

 慎重に確認する。期待しすぎは身体によくない、きっとなにかの間違いに決まっている、だけどもしかしたら――という淡い希望も捨てきれない。
 だが案の定、

「え? やだ、違うわよ。リゼが浴槽につかったままで、私が髪だけ洗って上げるの。でも別にしてほしくないなら――」
「洗ってほしいです! ぜひ!! ……ち。やっぱりだめか。くっそ、いっつもこれだもんな……人をぬか喜びさせてから叩き落とすって、どんなイジメだよ……」
「え? なにか言った?」
「なんでもないです……」
 
 それでも紅緒の甘い声を聞きながら、他愛のない会話を交わし、優しい手つきで丁寧に髪を洗われ、拭いてもらうと、かなりうっとりした気分になった。
 
 おまけに――。

「気持ちいい?」
「最高ですっ!」
「あ、動いちゃだめ。危ないでしょ」

 長椅子にリゼが横になり、紅緒に膝枕をしてもらいながら、耳かきをしてもらう。
 
 この至福の時間……!

「我が人生に悔いなしっ……」
「おおげさ」
 
 ちっともおおげさじゃない、とリゼは思う。
 紅緒が身体の力をすっと抜いた自然体で、自分の傍に寛いでいてくれることが嬉しい。警戒心のまるでない微笑を間近で見られることに幸せを噛みしめる。
 きれいだなあ、とつくづくみとれてしまう。
 そう言っても信じてもらえないところが哀しいが。

「はい、おしまい。もう動いていいよ」
「……ベ、ベニオ! あの」
「ん? かゆいところでもある?」
「じゃなくて!! き、聞いてほしいことが――」
「に」

 と、鳴いたのは毎度おなじみいいところを邪魔するチビ猫で。いつの間にどこから現れたのか、紅緒のふとももに擦り寄っている。

「チビクロ! 来ていたの? 元気だった?」
「にー! にー!」
「あはっ。うん、私も元気。会いたかった」
 
 ちゅ、と音を立ててチビ猫の額にキスする紅緒。
 リゼは、「わーっ」と騒ぐが、紅緒は既にリゼより愛猫に夢中になって、リゼを残し、厨房へと向かう。

「リゼ! チビクロにミルクセーキつくってあげるけど、リゼも飲む?」
「飲む」
「じゃ、つくってあげる」

















     おまけ


 数分後、食卓の席でリゼとチビクロは並んでミルクセーキを飲んでいた。

「おいしい?」
「にー」
「うん」

 すると、紅緒がにこっとして両手を伸ばして、なでなでと、リゼとチビクロを撫でた。
 リゼとチビクロはどちらも鼻の下を伸ばしてじっとした。
 紅緒に撫でられるのはとても気持ちがいい。

「……いつも優しいけど、今日は特に優しいね」
「今日は特別」
「なんで特別?」
 
 あ。ちょっと嫌な予感。
 なんだか、既視感を覚える……そうだ、前にもこれによく似た会話をしたような……。

「今日はね、向こうの世界では六月の第三日曜日で」
「うん」
「父の日といって、いつも家族のために働いているお父さんに感謝する日で――」

 ばたっ、とリゼは食卓に突っ伏した。ふるふるふる、と震える。カタカタカタ、とガラス細工のグラスと猫用のミルク皿が不安定に揺れる。

「ベニオッ!!!!」
「な、なに、急に大声出して」
「なにじゃないよ! なんっで僕が“お父さん”なの!?」
「え、だって」
「わーっ、わーっ。やっぱり聞きたくない――!! この前は子供の日で子供扱い、今日は今日で父の日でお父さん扱い、ベニオは、ベニオは、僕のことなんだと思ってるんだ!?」

 紅緒はきょとんとして、曰く、

「リゼはリゼでしょ」
「そうじゃなくって……っ。もっとこう、他にいくらでも甘い言い方があるだろう……!!」
 
 ぶつくさ文句言っても、はじまらない。
 だが膝に肘をたて、額を伏せて腐っていると、頭上で「さてと」と紅緒が傍を離れる気配がした。

「じゃあ私もお湯が冷めないうちに、お風呂に入ってこようかな」

 途端に、リゼの頭の中は桃色の妄想でいっぱいになって、胸がどきどきした。

「あ、うん。ゆ、ゆっくり、あったまってきて」
「ありがと。じゃあ行こっか、チビクロ、おいで」
「いってらっしゃ――って、はっ!? ち、ちょっと待ったああああっっ!!」
 
 リゼが素っ頓狂な声を張り上げたので、驚きのあまり、紅緒がぴょこん、と跳ねる。

「な、なんなの、さっきから」
「なんなのじゃないよっ!! なんでそいつをお風呂に連れていくの!?」

 すると信じがたい言葉が返ってきた。

「え? だっていつも一緒に入ってるし」

 リゼはその場で石になった。

「? リゼ、大丈夫?」

 リゼは爪を剥いて臨戦態勢を取っているチビクロをぎろりと睨んだ。

「…………表に出ろ、このクソバカチビ猫」

 むっとしたのは紅緒で、すかさずチビクロを抱き上げて懐に庇う。

「リゼ、口悪い」
「だって……!! そいつ、ベニオの裸を見たんだろ!? 許せん……っ!! 僕だってまだ見たことないのに……!! 今日という今日は勘弁してなるものかっ。猫鍋にして喰ってやる!!」
「にーっ!!」

 やれるものならやってみろ、と言わんばかりに紅緒の腕の中でチビクロがシャーッと唸って。
 
 かくして闘いのゴングは鳴った。

<< 次の話 


追記を閉じる▲

【2016/08/10 05:42】 | 愛してると言いなさい
トラックバック(0) |
愛してると言いなさい
*小説家になろう様より移行しました。
<< 前の話
    
「今日はリゼの好きなことをしてあげる。なんでも言って?」
 
 あちら世界から訪れるなり、紅緒がそう言って服を脱いだので、リゼの頭は一瞬にして薔薇色に染まった。

「えええっ。そんなっ。いいの!? 本当に!?」
「うん、なんでもいいよ? なにかしたいこととか、食べたいものとかある?」
「君が食べたいです!!」
 
 ついばか正直に口を滑らせたリゼは、手元をおろそかにしたばかりに、八時間かけて詠唱し構成した、哨戒魔法の元素を吹っ飛ばしてしまった。
 
 そんなものかまうものか。

 この失敗に加え、ここ五日間の研究成果をすべて放り出す。
 いまこのとき、リゼの眼には紅緒しか映っていなかった。
 長い指をひっかけ、ラミザイの襟元を弛める。緊張と興奮のため、既に息が上がりはじめた。
 あちこちにぶつかり、物をひっくり返したり、割ったりしながら、悪態を吐きつつ、一時も惜しみ、紅緒のもとへと急ぐ。狭い家のほんのわずかな距離でさえ、もどかしいことこのうえない。
 紅緒はオレンジ色の七分袖の上着から腕を抜いたところで、上半身は細い肩紐の薄物一枚を身につけているだけだった。
 窓から射す朝の透明な光に白いうなじが輝いている。傷ひとつないきれいな背中は、華奢で、艶やかで、とてもとても眼の毒だった。

「……ベ、ニオ」

 咽喉の奥が焼けるように熱い。気が昂って、心臓が破れそうだ。
 
 ……触れたい。
 ……抱きしめたい。
 ……それから……。

 リゼは紅緒の後ろにそっと近寄って、半ばくらくらしながら、小さな身体を囲うように両腕を伸ばした。
 そのときだった。

「キッシュ、っていつものホウレンソウもどきとひき肉とチーズと青トマトの? ……ホウレンソウもどき、あったっけ? それに生クリームもつくらないとだめかな」
「そう、いつもの…………は? ホ、ホウレンソウ? 生クリームって……」
「え? だっていま、『キッシュが食べたい』って言ったでしょう?」
「言ってないよ、そんなこと!! 僕は、君が――」
「『君が』?」

 と言いながら肩越しに紅緒が振り返ったので、リゼは本能的に万歳をした。

「わ、なんでこんな近くにいるの」
 
 脱いだものでぎゅっと胸元を隠し、紅緒が肩をそびやかして後ろに下がる。上目遣いに睨まれてしまい、リゼは慌てて回れ右をした。

「み、見てないよっ!? ちょ、ちょっとしか見てない! 本当! 大事なところは見えなかった! 胸の谷間が小さいな、とか、ふっくらやわらかそうだな、とか、きれいな鎖骨をなぞってみたい、とか、うなじを攻めてみたいなんて思ってないから!!」
 
 すると紅緒は呆れたような、おどけたような笑い声を洩らした。

「あたりまえでしょ。リゼがそんな危険人物だったら困るんだから」
 
 バカを承知でリゼは大声でわめいた。

「僕は危険人物です!!」
 
 だが案の定、紅緒はとりあってくれない。

「え? どこが?」
「ど、どこって……そりゃ、その、つまり、僕だって男で、あるものはあるわけで、いつだって我慢できるわけでもなくて、えーと……なんでもないです……」
「? 変なリゼ」
 
 リゼはそのまま頭を抱えて床にうずくまった。
 もう何年もこんなことを繰り返している。

「――――ッたく! くそっ。今日こそは、今日こそはと思ったのに……っ。ひどい、なぜだ。僕は弄ばれているのか……!? だって好きにしていいって、いや、好きなことをしてあげるって言ったのに。危険人物だったら困るって、そりゃないよ。だってさ男は普通、狼だろう!? それなのに、僕だけ、僕だけなんで……あーっ! むかつくっ、あんなにかわいい顔して人を誘惑しておきながら、完全放置、すっとぼけるなんて、むごい、むごすぎる。この僕が、この僕がいいようにあしらわれるなんてあっていいのか!? いや! よくない! ようし、今日こそは一言、言ってやる――」
 
 十指で頭皮を掻くように長めの髪を掻き上げながら、敢然と首を振り上げる。すっくと起立し、意を決して呼びかけた。

「ベニオ――」
 
 ところが、いない。
 庭に出たようで、裏口の扉が半分開いている。
 肩すかしをくらい、壁に手をついてがっくりするリゼの前に、網カゴにたっぷりと収穫したホウレンソウもどきを抱えた紅緒が戻ってきて、笑いかける。

「なにして欲しいか、決まった?」
 
 無条件で信頼しきった笑顔。
 手を出しにくい、憎らしいほど清楚なその瞳の前に、リゼは屈した。

「…………はあ」
 
 再び、床に四つん這いになる。
 紅緒はモスグリーンのラミザイに着替えていた。そしてその上から、いつもの白いエプロンをつけて、腕まくりをはじめる。

「キッシュは焼いてあげる。他には? なにかしてほしいことない? あるなら――やだ、どうしたの、床に座り込んで。立ちくらみ? 大丈夫?」
「……平気」
「そう? ならよかった」

 相変わらず大事な部分は通じていないものの、紅緒は親切で、優しい。
 
 …………まあ、いいか。
 
 紅緒の鈍感はいまにはじまったことではない。
 もう何年も待っているのだから、このままあと数年待ったところで、どうってことはない(たぶん)。
 
 …………君がこうして気持ちよく僕の傍にいて笑ってくれるなら、いまはそっとしておこう。気が置けない関係と言うのも、悪くはない。
 
 だけど、いつか――。
 
 リゼの視線の先で、紅緒は擦り棒でクルミもどきやナッツ類をカシカシと砕きはじめた。
 リゼはその穏やかで美しい後ろ姿に眼を細めながら、呟いた。
 
 いつか、必ず。

「僕を愛していると言ってくれ」












 おまけ



 小さな食卓に向かい合わせで席に着く。
 焼きたてのホウレンソウもどきとチーズとトマトのキッシュと冷たい甘茶をいただきながら、リゼは訊いた。

「ところで、なんで急に変なことを言いだしたの?」
「変なこと?」
「……ほら、さっきの、な、なんでもしてあげる、とか。あ、言っておくけど、間違ってもあんなこと、他の男には言わないでね?」
 
 ああ、と紅緒は合点がいったように口角を横に伸ばした。

「今日はね、向うの世界では五月五日、端午の節句の日で」
 
 リゼは甘茶のおかわりを紅緒と自分のカップにそれぞれ注いだ。

「? ふうん? それ、なにか特別な日?」
「子供の日なの」
 
 ちょうど、ぐい、と甘茶を口に含んだところで、それを聞いたリゼは、「ぶーっ」と盛大に吹いてしまった。

「きゃっ。リゼ! 汚い!」
「ご、ごめん! でも――君が悪いんだぞ!?」
「なんでよ!? ああもう、せっかく新しいクロスをかけたばかりなのに――」
「なんでもなにも、なんで僕が子供扱いされなきゃならないんだ!?」
「やることなすこと子供と一緒でしょ! 手がかかるったらありゃしない――ほら、脱いで。洗わなきゃ。びしょびしょじゃないの、もう……」
 
 ああ――。
 
 とリゼは絶望的に嘆息し、両手で顔を覆って(さめざめと泣きながら)テーブルの上に突っ伏した。
 
 両想いへの道はまだまだ険しい――。

<< 次の話 


追記を閉じる▲

【2016/08/10 05:40】 | 愛してると言いなさい
トラックバック(0) |